第十七話


「遅くなってしまったな……」
 ロイはずっしりと本が入った袋を抱えて古書店の扉を開ける。通りに出て空を見上げれば、綺麗に晴れ渡っていた空はうっすらとオレンジがかってきていた。
 家を出た後、真っ直ぐ図書館に向かったロイは昼を挟んでずっと調べものをしていた。その後必要な本を探して古書店を渡り歩いているうち、すっかりと遅くなってしまったのだった。
 ロイは重い袋を抱えて夕方の通りを歩いていく。通りはその日の夕飯の材料を買い求める人や、仕事を終えて一杯飲みに出かけようとする人々で賑わっていた。人の流れを縫って歩きながらロイは横目で店先に並ぶものを眺める。何かハボックにと思ったが、甘い香りを放つ桃も茶色い髭をつけたトウモロコシも、ハボックの土産には向かなかった。
「クッキーでも買うかなぁ」
 そう呟いたもののクッキーばかり買うのもつまらない。今日は気の利いたものがなさそうだと、ロイが家へと足を向けようとした時。
 店先に置かれたガラスのポットの中に色とりどりの小さな星が入っているのが目に入る。側に寄ってみれば、それはとげとげも可愛らしい金平糖だった。
「珍しいな」
 子供の頃、大好きだった事を思い出してロイは目を細める。ハボックもきっと気に入るだろうと、ロイは早速店主を呼んで金平糖を包んで貰った。
 ハボックの手のひらにも乗るような小さな包みを手にロイは家路を急ぐ。空の色が綺麗なオレンジに染まる頃、ロイは家にたどり着いた。鍵を開けて扉を開いたロイは、玄関前の廊下を見て目を瞠る。廊下にはロイが出かけた時そのままに、ハボックが伏せていた。
「ハボック」
 ロイの声にハボックの耳がピクリと動く。ハボックは閉じていた目を開けてロイを見上げた。その途端ハボックはパッと身を起こしてロイに飛びつく。ロイの脚に頬を擦り寄せるハボックを見下ろしてロイは言った。
「もしかしてずっとここで待ってたのか?」
 そう尋ねればハボックがパタパタと尻尾を振る。ロイはハボックを促して中へと入った。
 リビングのソファーに荷物を下ろし、ロイは隠しから金平糖の小さな袋を取り出す。手のひらに載せてやれば不思議そうな顔をするハボックを見て、ロイは袋の口を縛る紐を解いてやった。小さな包みの中から覗く淡い色合いの金平糖にハボックは目を瞠る。そっと一粒取り出して高く翳してハボックは目をキラキラと輝かせた。
「気に入ったか?」
 ロイの声が聞こえているのかいないのか、ハボックは袋を逆さにして金平糖を床に広げる。散らばった金平糖を一つずつ丁寧に並べると、床に寝そべり間近から金平糖を眺めた。
 ロイはハボックの頭をぽんぽんと叩くと浴室に向かう。シャワーで汗を流したロイは、濡れた髪をタオルで拭きながら手早く食事の支度を整え簡単に夕食をすませた。買ってきた本のうち二冊だけ残して残りは書斎に運び、既に積んである本の上に更に積み上げる。机の抽斗から手帳を取り出し今日の成果を簡単に書き留めて、少ししてリビングに戻るとハボックは金平糖と共に姿を消していた。
「ハボック?」
 ロイはハボックを呼びながらリビングを出る。他の宝物と一緒にトランクにしまいに行ったのかと、ロイは二階の寝室に向かった。
「ハボック」
 寝室に入ればハボックがベッドの上に座り込んでいるのが目に入る。なにをしているのだろうと近づいたロイは、枕の上に金平糖が綺麗に並べられているのを見て目を見開いた。
「ハボック、ここは宝物置き場じゃないぞ」
 そう言えば空色の瞳がロイを見たがハボックは金平糖をどけてくれようとはしない。どうやら白いカバーの上に淡い色の金平糖を並べるのが楽しいらしく、ロイはやれやれとため息をついてハボックを抱き上げた。
「これじゃあ枕を使えないじゃないか」
 ロイは言いながらベッドに腰を下ろす。そうすればロイの腕から抜け出たハボックが、ロイが腰掛けた拍子に転がった金平糖を枕に並べ直した。綺麗に並べてハボックは満足そうに笑う。それを見れば金平糖を片づけろとはロイには言えなかった。
「仕方ない奴だ」
 ロイは苦笑混じりに言ってベッドにゴロリと転がる。
 その夜、ロイとハボックは金平糖を蹴飛ばしてしまわないように、ベッドの隅で二人して丸くなって眠りについたのだった。


2011/08/04


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