第十六話


「ハボック、開けるぞ」
 ロイはいつものように鎧戸を開ける前にハボックに声をかける。ビロード張りのトランクの中で小さく丸まって眠っていたハボックは、ロイの声に閉じていた目を開けた。だが、すぐには暗がりに隠れようとはせず、トランクの中でウーンと伸びをする。以前はロイが声をかけると即座にベッドの下に飛び込んでいたハボックだったが、最近はトランクの中でぐずぐずしている事が多かった。
「……お前、私がすぐには開けないと思っているだろう」
 声をかけてもハボックが隠れるまで、ロイは鎧戸を開けない。ハボックはそれを判っていてわざとのんびりとしているようだった。
「ハボック」
 ロイは促すようにもう一度声をかける。だが、相変わらずビロードの感触を楽しむようにゴロゴロとしているハボックを見てロイは眉を顰めた。
「判った。私はちゃんと声をかけたからな」
 ロイはそう言って鎧戸に手をかける。ガラッと言う音と共に開いた鎧戸の隙間から明るい陽射しが射し込めば、ハボックが飛び上がった。わたわたとベッドの下に潜り込むハボックにロイは笑い声を上げる。開け放った窓から身を乗り出すようにして、ロイは空を見上げた。
「いい天気だぞ、ハボック」
 そう声をかけるが反応はない。ベッドの下を覗けば、ハボックが恨めしげにロイを見た。
「怒るな、悪かった」
 ロイは言って金色の頭をわしわしと掻き混ぜる。すぐには出てこなさそうなハボックをそのままに、ロイは寝室を出て階下におりていった。
 いつもそうしているようにロイは新聞を片手に朝食を済ませる。汚れた食器を片付けていると、漸くハボックが降りてきた。ロイは足元に纏わりつくハボックをヒョイと抱き上げる。嬉しそうに尻尾を振るハボックにロイは言った。
「今日は調べものがあるから出かけるが一緒に来るか?」
 ハボックの瞳と同じ色の空は所々に雲が浮かんでいるものの綺麗に晴れている。風は爽やかでこんな日に散歩に出かければさぞ気持ちよいだろうと誘ってみたが、ハボックは答える代わりにロイの腕から飛び降りてダイニングのテーブルの下に潜ってしまった。
「行かないのか?」
 ロイはこちらに尻尾を向けているハボックに声をかける。だが、ハボックは小さく丸まって尻尾すら振らなかった。
「なら一人で行ってくるよ」
 ロイはほんの少し残念そうに言って玄関に向かう。扉を開けて外へと出ようとしたロイがふと振り返れば、ハボックが廊下に座っていた。
「一緒に行くか?」
 ロイはもう一度尋ねてみたがハボックは嫌だと言うように廊下に伏せてしまう。ロイは手を伸ばしてハボックの頭を撫でると一人だけで外へ出た。
 以前同じようにハボックを外へと誘った事があったが、その時もやはりハボックは外へ出ようとはしなかった。
「もしかして出られないのかもな……」
 ロイが住み始めた当初からハボックはあの家にいた。ロイの様子を窺うようにチョロチョロと姿を現し、ロイの為にその姿を変えた。ハボックは一体なんなのだろう。考えてもロイには想像もつかなかったが、その存在が今のロイにとって慰めとなっている事は確かだった。
「何かお土産を買って帰るか」
 願わくばいつまでもこの優しい時が続きますように。
 ハボックの瞳と同じ色の空を見上げて、ロイはそっと願ったのだった。


2011/07/30


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