第十五話


 そんな風にして穏やかな日を過ごしていく。ロイが窓辺の椅子に腰掛けて本を広げていれば、ハボックはビロード張りのトランクでゴロゴロしたりロイの足元でじゃれたりしていた。夜ともなればロイはハボックを連れて庭にでる。夜が好きなハボックは庭に出た途端、ロイの腕から飛び降りてタタタと駆けだした。
「何かいいものでもあるのか?」
 数歩先を行くハボックの後をゆっくりと歩きながらロイは尋ねる。そうすれば、ハボックはロイを紅い実をつけたラズベリーの木の下に連れて行く事もあれば、何もせずにロイの元に戻ってくる事もあった。
 その夜のハボックはそう尋ねられても足を止める事なく庭を走っていく。時折ロイがついてくるか確かめるように振り向く瞳がキラキラと輝いているのを見れば、この先にロイに見せたいものがあるのだと知れた。
 ハボックはロイを庭の片隅の小さな池に連れていく。ハボックが見上げる空には満月に近い月がかかって庭を明るく照らしていた。
「綺麗だな」
 ハボックの視線を追って空を見上げたロイは月を見つめて言う。月は確かに綺麗だがこれなら家の窓からでも見えるのにとロイが思った時、ハボックがロイの袖を引いた。
「なんだ?」
 ロイが視線を落とせばハボックが池の淵にしゃがみ込む。小さな池には空の月が降りていてキラキラと輝いていた。
「そうか、この時間でないと見えないんだな」
 ロイが言えばハボックがにっこりと笑う。小さな手で月を掬おうとすれば、水面(みなも)に月がキラキラと散って、天使のダンスのようだった。
 ハボックは月を踊らせながらほんの少し調子の外れた鼻歌を歌う。池の淵に腰掛けて、ロイは空の月と池に踊る月の欠片を見ながらハボックの歌に耳を傾けた。
 パシャンとハボックが両手で水を跳ね上げれば空の月と池の月の間にキラキラと光る掛け橋がかかる。それに向かって飛び跳ねたハボックの体がポンとかぁるい毛糸玉に変わった。小さな欠片の間をポンポンと、毛糸玉のハボックが歌いながら跳ねる。欠片がなくなり掛け橋が消えてなくなる寸前、ロイの手が池の水を掬って跳ね上げた。
「いい月夜だな、ハボック」
 ロイが話し掛ければハボックが答えるように歌う。
 月の光の中、優しい調子っ外れの歌声とパシャンと水を跳ね上げる音とが、いつまでもいつまでも響いていた。


2011/07/23


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