| psy 第五章 |
| それから数日。もうだいぶ夜も更けた執務室にハボックはコーヒーを持って入っていく。疲れた表情で最後の書類にサインをしたロイは首をぐるぐると回した。 「お疲れ様。それで最後ですか?」 コーヒーを差し出しながらそう聞くと、ロイはハボックを見上げて答える。 「ああ、やっとな。それにしても参った…」 そう言ってコーヒーに口を付けるロイにハボックが苦笑した。 「普段からマジメにやってないから中尉に怒られるんですよ」 「仕方ないだろう、締め切りの過ぎた書類が発掘されたんだから」 「発掘って、アンタ…。それっていかに書類を溜めてたか自分で言ってるようなもんっスよ」 呆れたように言われて、ロイはやぶ蛇だったかと口をつぐんでコーヒーを飲んだ。 「で、もう帰れるんでしょ?」 「ああ、これを中尉の机に置いたらな」 ロイはそう言うとトントンと書類をそろえて大型のクリップで留める。ロイが書類を手に立ち上がった時、開いたままにしてあった執務室の扉がバンッと大きな音を立てて閉まった。 「…風か?」 ぎょっとして扉を振り向いたハボックのすぐ横でロイが不思議そうに言う。そのままなんでもなかったように扉に近づいていくロイの腕をハボックが咄嗟に引いた。 「たいさっ!」 グイと引かれて数歩後ずさったロイが数瞬前立っていたところをゴオッと渦巻く空気のようなものが吹きぬけロイが手にした書類を撒き散らした。 「なっ…?」 何がなんだか判らずに目を丸くするロイに向けて壁にぶち当たったソレが戻ってくる。ハボックが抱きつくようにしてロイを床に押し倒すと、2人の上を通り過ぎたそれが机を巻き上げ床に叩きつけた。重厚な机がぐしゃりと歪み、木っ端を撒き散らす。 「なんだ、一体っ?!」 床に倒れ付した上体を起こして叫ぶロイを置いてハボックは扉に飛びついた。 「開かないっ?!」 ガチャガチャとまわすノブは鍵もかかっていないのに開く気配がない。ハボックが振り向いた視線の先ではロイが発火布を嵌めた指を鳴らそうとしているところだった。 パチン。 小さな音とともにソレに向かって焔が放たれる。焔に穿たれて中心に空洞を作ったソレは、一瞬苦しげな気配を漂わせたもののすぐに纏まるとロイに向かって襲い掛かってきた。 「大佐っ、危ないっ!!」 ハボックが突き飛ばすようにロイに飛びつき、諸共に床の上を転がる。振り向いた二人の目にソレが触れた床がぶくぶくと泡だっているのが見えた。 「なんなんだ、アレは?!」 叫ぶロイに答える言葉もなく宙を見上げたハボックは、そこに見えたものに目を見開いた。空中に浮ぶ一体の幽霊。燃え上がる焔に包まれたソレを見た途端、ハボックの心に数週間前に焔に焼かれて死んだテロリストの姿が浮かび上がった。 「アイツ…」 そのテロリストの幽霊はハボックが自分を見ている事に気がつくとニヤリと笑った。そうして手を差し出すと近くにいた幽霊の首根っこを掴み頭から飲み込んでしまう。 「食ってる…取り込んでるんだ…」 だから最近幽霊を見かけなかったのだと、ハボックはようやく気がついた。ソレが他の霊体を取り入れるたびソイツ自身の霊力が増大していくのがわかる。あまりの事に呆然としていたハボックは肩を強く揺さぶられてハッと我に返った。 「ハボック、どうした、何がいるんだ?!」 判らないまでも何かの気配を感じているのだろう、ロイがハボックに尋ねる。ハボックは一瞬迷ったものの宙を指差すとロイに言った。 「あそこ、この間アンタに燃やされたテロリストがいます。正しくはテロリストの幽霊っスけど」 ハボックの言葉にロイの目が丸くなる。ハボックは微かに苦笑すると言葉を続けた。 「信じられないでしょうけど、でも確かにあそこにいるんです。宙に浮いて他の霊魂を食ってる。たぶんアンタに 燃やされた恨みを晴らすために、来たんでしょう」 「幽霊…?」 ロイはハボックが指差した方を見つめる。だが、ロイの目には何も見えなかった。とは言え、今目の前で起こっている現象を考えればソコに某かのものがいることは否定できない。何よりハボックがそんなウソをつく理由がない。ロイはハボックを見つめると言った。 「お前には見えるのか?」 聞かれてハボックは悲しそうに笑うと「はい」と答えた。きっとロイもこんなことを言う自分を気味悪がってもう側には置いてくれないだろう。そう思うとハボックは胸が張り裂けそうに痛んだが、緩く首を振ると今、なさねばならないことを考えようとした。これまで出会った霊たちにはこれほどまでの敵意はなかった。だが、コイツは明らかにロイの命を狙ってやってきたのだ。 (なんとかしなきゃ…) その瞬間、再び黒い渦が襲い掛かってくる。ソファーの後ろに飛び込んだ二人を掠めて凶風が吹き荒れた。 「くそっ!焔で…っ」 「ムリっスよっ、効きゃしませんっ!」 「だが焔で浄化するとか言うだろうっ?」 「だってアイツ自身が焔まとってんですよ?!」 ハボックの言葉にロイが目を見開く。 「アンタにやられた時のまんまの姿でそこにいるんです。あの時アイツ、焔で焼かれたけど今度は逆に焔がアイツを護ってんですよ」 「そんなことあるのか?」 「オレもこんなの初めてっスよ」 ハボックはそう言って唇を噛み締めた。確かにロイの言うとおり、焔には浄化の力があるはずだ。だが目の前の幽霊は確かに焔をまとっており、とてもロイの焔で浄化できるとは思えない。 (それだけ大佐に対しての恨みが深いってことかよ…) ハボックがどうしたものかと逡巡していると、胸元の貴石がチチと微かな音を立てた。ハボックは軍服の上から貴石を握り締めると幽霊を睨みつける。 (こんな小さいので敵うかわかんないけど…) やるしかない、ハボックがそう思った時、ソレからゴオッと熱波が押し寄せてきた。 「…ッ!!」 咄嗟にロイを突き飛ばしたハボックは背中をソレに焼かれて一瞬息が出来なくなる。熱さとともに自分の中の生への活力とも呼ぶべきものをごそっと持って行かれて、目の前が暗く霞んだ。 「あ…っ」 がっくりと手を床につくハボックの元へロイが駆け寄ってくる。 「ハボックっ!」 「来ちゃダメっ!」 2人に押し寄せてくる昏く熱い渦からハボックはロイを護る為にロイの前に身を投げ出した。 「あっああっっ」 グワッと、体の中のものを根こそぎ持っていかれたような錯覚に陥る。ぐらりと傾ぐ体をロイが咄嗟に支えた。 「しっかりしろ、ハボックっ!」 「う…」 『次は諸共だぁっ!』 ロイの肩に顔を埋めたハボックの耳に幽霊の声が響いた。ハボックはロイを突き飛ばすと襟元に手を入れて貴石の付いたペンダントトップを引き出す。鎖を千切って手に握り締めると、ハボックは床を蹴って宙に浮ぶソレに向かって手を伸ばした。咄嗟のことで身をかわしきれなかったソレを両腕でぐっと抱きしめると、手にした貴石を自分の拳ごとテロリストの中に突き入れる。 『グワアアアア―――ッッ!!』 幽霊の絶叫が響き、ソイツはハボックを引き離そうと自分の周りに残っていた思念のこもった昏い渦をハボックへと叩きつけた。 「あああっっ!!」 自分の中身が消えていくようなそんな感覚を覚えながら、それでもハボックは腕を緩めなかった。ぐいぐいと握った貴石を押し込んでいけばソレから上がる絶叫がボリュームをあげた。 『ガアアアアッッ!マスタ―――ングゥゥッッ』 ぐにゃりとその姿を歪めたテロリストの幽霊は次の瞬間パアンと砕け散った。抱きしめるものを失ったハボックの体は力を失うとドサリと床に落ちる。ぴくりとも動かないその体にロイは飛びついて抱き起こした。 「ハボックっっ!!しっかりしろ、ハボックっっ!!」 抱きかかえたハボックの血の気のないその顔をロイは両手で包み込む。冷たいその頬にロイの背をぞっとするものが走り抜けた。 「ハボックっ!ハボっ!!返事をしろっ!!」 ロイは命を吹き込むようにハボックの冷たい唇に自分のソレを重ねる。何度も唇を合わせるうち、ハボックの金色の睫が震えて空色の瞳が覗いた。 「た、いさ…」 「ハボックっ、大丈夫かっ?」 「さむい…」 体の中にぽかりと空洞が空いたようで酷く寒い。ハボックは力の入らない腕をロイの背に回すと縋りついた。 「たいさ…すげー、さむ…」 縋りついてくる体をロイはぎゅっと抱きしめる。ロイの胸に顔を埋めるハボックにロイは聞いた。 「どうなったんだ?そのテロリストの幽霊とやらは」 「たぶん…もう大丈夫…」 ハボックはそう呟くと握り締めた手を開く。すっかり光を失った貴石が現れて、それを見たロイはハボックに聞いた。 「もう使えないのか、それ」 「や…それこそ浄化すればいいと思いますけど…」 そう言うとハボックはロイを見上げる。 「たいさの焔でやってくれます…?」 「さっきは私の焔じゃダメだと言ってただろう?」 「ええ、でも、これなら多分平気だと思うから…」 ね、と囁くハボックの手から貴石を取り上げるとロイは発火布を嵌めた手のひらの上に載せた。ポウッと膨れ上がる焔の中で、貴石が色を取り戻していく。焔が消えた後にはロイの手のひらの上で貴石が煌めいていた。 「ほら」 ロイがそれをハボックの手のひらに載せてやればハボックが「ありがとうございます」と小さく笑った。ハボックはロイの腕から体を離すとふらふらと立ち上がる。そうしてしゃがみ込むロイを見下ろすと言った。 「上手に護ってあげられなくてごめんなさい。側にいられなくなっても、大佐の側にヘンなのが近づかないように気をつけますから。今度はもう少し上手く護るから」 ハボックの言葉にロイは立ち上がるとハボックを睨みつけた。 「側にいられないとはどういうことだっ?」 「だって、気味悪いでしょ?」 ハボックは苦く笑うと言う。小さい時から幽霊が見えると言えば気味悪がられた。だからずっと隠してきたしロイにも言うつもりはなかったのだ。 「ごめんなさい」 そう言って俯くハボックの襟首をグイと掴むとロイは噛み付くように口付けた。 「…っ?!…んっ」 深く貪られる口付けにハボックはロイに縋りつく。ようやく離れた唇にハボックはロイを見つめた。そんなハボックにロイは薄く笑う。 「離れるなんて赦さないからな」 「でも…っ」 「私には見えないんだからな。私を護るというなら私の側でなくてどこでやるというんだ」 ロイはそう言ってハボックの頬に触れた。 「側にいろ。どこにも行かせん」 ロイの言葉にハボックがくしゃくしゃに顔を歪める。ロイは優しく微笑むとハボックを引き寄せて唇を重ねていった。 2007/3/20 |
拍手リクで「ロイハボで「幽霊が見えてしまうハボック」の話。ロイに、命も覚悟も忠誠も捧げたというのに、まだ一つだけ隠していることがあって…それは『幽霊が見えてしまう』という秘密で。人に言えば変な目で見られてしまうから子供の頃からずっと秘密にしてきて、幽霊を信じないロイに本当の事は言えないまま、ロイに危害を加えようとする幽霊を1人で対処していったり…。それはホークアイでもヒューズでもなく、自分だけが出来る『ロイを護る』ということだと思いながら頑張っちゃったり…。あと普段から彷徨ってる幽霊の話を聞いてやって眠らせてやったり…。そんな感じのハボックが読みたいと思います!」でしたー。いやもう、どうやって幽霊退治しようかと悩みました…。あんまりカッコよくできなくてごめんなさいです。タイトルもなかなか浮ばなくて最初に浮んだのが「ゴーストバスターズ」だったもんで、頭からマシュマロマンが離れなくって参りました(苦笑)psyはpsychicのサイです。こういう単語はないのですが、psychicにすると「心霊力に敏感な人」というよりエスパーっぽいイメージがあったものでpsyにしてしまいました。大変お待たせしましたがお楽しみ頂けたら嬉しいです。 |