baby blue typhoon  後編


「ジャン、ちょっと資料運ぶの、手伝って頂戴」
「は?あのね、そんなの、オレに頼むなよ」
「手伝いなさい、ジャン」
「クリス〜っ」
 司令室で書類と格闘していたハボックを無理矢理連れて行こうとするクリスに、ハボックはウンザリしてホークアイを見やる。ホークアイが苦笑すると軽く頷くのに、ハボックは渋々と席を立つとクリスの後について司令室を出た。

 何だかんだと雑用を言いつけてくるクリスにハボックの苛々も募っていき。
 ハボックが気持ちを静めようと中庭の木陰で煙草をふかしていると、ロイがやってきた。
「ハボック」
「大佐、いいんスか、こんなトコ来てて」
「私も息抜きだ」
 ロイはそう言うとハボックの頬に触れる。くすぐったそうに目を細めて、ハボックはロイに言った。
「すみません、あの、不愉快な思いさせて…」
「別にたいしたことじゃないさ」
 ロイはそう言ってハボックを引き寄せる。煙を吐き出したばかりの唇に自分のそれを重ねようとした瞬間、びゅっっとロイの頭のすぐ後ろをこぶし大の石が通り過ぎた。慌ててロイの体を自分の体で庇って、ハボックは石が飛んできた方を見る。
「クリス!」
「ジャン、その男から離れなさい!」
「あのねっ」
 クリスはずかずかと歩いてくると、ハボックをロイから引き離した。
「私の弟に触らないで頂戴」
「クリス!」
 そう言うとハボックを引き摺るように連れ去るクリスをロイはあっけに取られて見送ってしまう。
「冗談じゃないぞ」
 このままでは本当にハボックを南部に連れて行きかねない勢いのクリスにロイは頭を抱えるのだった。

 その後も遠慮のないクリスの妨害は続き、キスをするどころか仕事の打ち合わせすら儘ならない。ロイの眉間に皺が増えていくのを見るにつけ、ハボックは居た堪れない思いに駆られた。夜も、家に帰ることを許そうとしないクリスにハボック自身の眉間にも皺が増える。言い合いの末、結局またクリスのホテルにやってきたハボックはいい加減ロイに触れられない事に、そろそろ我慢も限界だとどさりとその身をベッドに投げ出して、深いため息をついた。

「いい加減にしろよっ!!」
 ハボックはクリスの顔の脇の壁をダンッと殴ると姉を睨みつけた。自分と同じ空色の瞳が怒りを湛えて睨んでくるのをものともせずに、クリスはハボックを見返す。
「オレはあの人の部下で護衛官なんだよ。仕事の邪魔しないでくれ」
 吐き捨てるように言うハボックにクリスは平然と答えた。
「いいわよ。アンタがあの男と別れるって言うんなら」
「クリス!」
 クリスはハボックの顔をじっと見つめると問いただした。
「大体、どうしてあの男なの?確かに若くして出世して軍人としての能力があることは認めるわ。でも、色々話を聞いて回ったけど、恋人としてどうなの?とてもアンタを任せる気になんてなれないわ」
 どうして、と言われるとハボックとしてもどう答えていいか判らない。敢えて言うならロイだから、だ。でも、きっとそれをクリスに言った所でわかってはもらえないだろう。
「とにかく、仕事の邪魔、しないでくれ」
 ハボックはそういい捨てると司令室へと入っていった。

 司令室に入ったハボックを待っていたのは緊張したフュリーの声だった。
「爆弾テロです!」
 受話器を置いたフュリーがメモを片手に読み上げる。
「西地区のエルベ川の橋が爆破されました。まだ詳しい状況は判っていませんが、死傷者が多数出た模様。『蒼い獅子 の紋章』と名乗るテロリスト集団から犯行声明がありました」
「大佐」
 部屋に入ったハボックがロイに呼びかけるのに頷いて、ロイは口を開いた。
「ハボック少尉、ブレダ少尉は小隊を率いて現場へ。負傷者の救出に当たってくれ。フュリー曹長は引き続き情報の収集を。ファルマン准尉は犯行声明を出したテロリスト集団について調べてくれ」
「「「Yes, sir!」」」
 ハボック達は敬礼を返すと司令室を飛び出していく。
「ジャンっ!」
 入り口のところから中の様子を窺っていたクリスが出て行くハボックに呼びかけたが、ハボックはちらりとクリスを見ただけで走り去ってしまった。
「中尉、この橋は鉄道も使っているのか?」
「はい、サウスフッドからの路線が通っています」
「鉄道会社への連絡は?」
「連絡済です」
「どの程度の損傷なのかな…」
「まだはっきりは判りませんが、もし大きいようですとかなり影響がでますね」
 ロイは少し考えていたがコートを掴むと部屋を出て行こうとする。
「大佐」
 厳しい声で引き止めるホークアイににやりと笑うとロイは言った。
「ここで待ってるより現場に行ったほうが早く判るだろう?」
「ハボック少尉達がすぐ連絡を入れてくれます」
「人命救助に忙しくて忘れるかもしれない」
「大佐っ」
 ロイはホークアイの怒声など気にも留めずに出て行ってしまう。入り口で2人のやり取りを驚いて見つめていたクリスにすれ違いざま笑いかけると、ロイはそのまま走り去ってしまった。
「まったくもう、あの人は…」
 ホークアイが呆れたため息を洩らすのに、クリスはホークアイに話しかけた。
「マスタング大佐はいつもあんな感じなの?」
「いくら止めても現場に行くのが大好きなんです。後ろで見ているのは性に合わないとか言って」
「だって、司令官でしょ?」
「普通は行かないでしょうね」
「だったら…」
 信じられないと言う顔をするクリスにホークアイは微笑んだ。
「でも、あれがロイ・マスタング大佐です。それを補佐するのが私やハボック少尉の役目」
 それに、とホークアイは囁くように続けた。
「大佐が現場に行きたがる一番の理由は、そこに大切な人がいるからだわ」
 ホークアイの言葉にクリスは空色の目を大きく見開く。ロイが走り去った廊下の先を見つめてクリスは唇を噛み締めた。

 夜もだいぶ更けた頃になって、ハボック達は司令室にもどってきた。幸い、橋そのものが落ちてしまったわけではなかったので、思ったより被害は小さく済んだと言えたが、そうは言っても一日や二日で全てが片付くわけでもなくこれからまた過重労働の日々が待っている事は明らかだった。
「あー、もう、今日は帰るわ」
 ブレダがそう言って出て行くのにハボックは手を振る。執務室の扉を軽くノックすると、ハボックは中へ入っていった。
「大佐」
「ご苦労だったな、ハボック」
「アンタ、また現場に来てたでしょう」
「中尉に絞られた」
「当然っスよ」
 眉を顰めて自分を見下ろすハボックにロイは笑いかけるとハボックの腕を引いた。
「先に帰って休んでりゃよかったのに」
 腕を引かれるままロイに体を寄せてハボックが言うのに、ロイはふぅとため息を洩らす。
「労ってやろうと思ってな」
 そう言うとロイはハボックの頬に軽く唇で触れた。
「それに、こっちの方が疲れが取れる」
「たいさ…」
 僅かに目元を染めるハボックの頬を撫でてロイはハボックを引き寄せる。そのまま唇を合せようとして、唇が触れるか触れまいかと言う所でロイは口を開いた。
「今度は止めないのか?」
 ロイの言葉に答えるように、扉の影からクリスが姿を現した。ハボックは姉の姿に慌ててロイから離れようとしたが、ロイはハボックの体をぐいと引き寄せたまま離さなかった。
「気に入らないんだろう、私が」
 ハボックを抱きしめたまま、うっすらと微笑んでそう問うロイにクリスは口を開いた。
「貴方、ジャンのことをどう思ってるの?」
「どう?」
「ただの遊びなら…」
「遊びで男に手を出すほど相手に不自由はしてないつもりだが」
 ロイの言葉にクリスは口を噤む。
「誰よりも愛している。今までの恋がどれほど薄っぺらなものだったのかと思うほどにね。誰にも渡したくないし、正直ハボックが誰かに笑いかけるたびその相手を燃やしてやりたいほど嫉妬してる」
「たいさ…」
 あけすけなロイの言葉にハボックは真っ赤になってロイの袖を引いた。そんなハボックにクリスは問いかける。
「アンタは?アンタはどう思ってるの、ジャン?」
 そう聞かれてハボックは一瞬言葉に詰まったが、恥ずかしそうに、だがキッパリと言った。
「ごめん、オレも大佐のことが好きだ」
 その言葉にクリスは深いため息をついた。
「アンタって昔からそう。大事なことはひとつも言ってくれないの。士官学校に入る時だって勝手に決めちゃって…」
「あの時、クリスはもう結婚して家にいなかったじゃないか」
「それでも、相談くらい出来るでしょう?私がどれほど心配してるか、ちっとも知ろうとしないじゃない」
 そう言ってクリスは唇を噛み締める。
「ごめん、ごめん、クリス。でも、オレ…っ」
「もう、いいわよ」
 クリスは謝ろうとするハボックを遮って言った。
「どうせ、私の言うことなんて聞きやしないんだから。好きにしたらいいのよ」
「クリスっ」
 悲しそうに自分を呼ぶ弟をちらりと見ると、クリスはロイを睨んだ。
「でもね、ロイ・マスタング、これだけは言っておくわ。ジャンを悲しませたりしたら絶対に赦さないわよ。ジャンの手を取るって言うなら、その覚悟はしておきなさい」
「悲しませたりなんてするもんか」
 ハボックと同じ空色の瞳で睨んでくるクリスに、ロイは微笑みながらそう答える。クリスは一瞬泣きそうに顔を歪めたかと思うと吐き捨てるように言った。
「嫌な男。大ッ嫌いよ、アンタみたいな奴」
 クリスはそう言うとくるりと背を向けヒールの音も高く司令室から出て行った。「クリス…」と呟くハボックを引き寄せるとロイはその目元に口付ける。
「たいさ、オレ…」
「あれが彼女の精一杯の譲歩だろう。有難く受け取らなくては」
 そう言うとロイは悲しそうな顔をするハボックに笑いかけた。
「それとも、彼女と一緒に南部へ行くか?」
 そんなロイにハボックはむぅと唇を突き出す。
「意地悪っスね、アンタ」
 拗ねたように答えるハボックを抱きしめると、ロイはゆっくりと唇を重ねていった。


2006/12/18


拍手リクで「ロイハボでハボの兄弟が軍部にやって来て、ロイと付き合っていると知り、色々邪魔するお話が読みたいです。」でした。自分で書いていながら、クリス姉さんに許して貰えないのではとか思ってしまいましたよ(苦笑)偶然つけたクリスティーヌという名前だったのですが、アメリカ版ハガレンでイズミの声を当てている方のお名前がクリスティーヌだと知り、これは絶対神様のお導きと(笑)ロイハボのハボは大勢の姉さんがいる末っ子の長男がいいと、以前メールを頂いた方と盛り上がったことがあり、今回はそれでいかせて頂きました。一応、ハボとクリス姉さんは10歳違いを設定してます。クリスの上に2つ違いの姉がいて、クリスの下にも2歳おきくらいに2人。少し歳が離れてハボが生まれたってカンジがいいなぁと妄想しております。長らくお待たせしてしまいましたが、リク主様、楽しんでいただけたら嬉しいです。