ざくざく

「まったくもう、寒がりのくせしてどうして外に出てくかなぁ」
 ハボックはそうぼやきながら司令部の中庭を歩いていく。その大きな靴の下では数日前に降った雪がザクザクと音を立てた。
 気候のよいときは昼休みや休憩時、人の出てくる中庭も、この寒空の下ではわざわざ出てくるのはよほどの酔狂人だけらしい。おかげでハボックは逃げ出した上司の後を追うのに苦労せずに済んだ。
 自分より少し小さい足跡をハボックは目で追いながら歩いていく。支給されている軍靴は皆同じだから多少の歩き方の癖や靴の減りの違いはあろうと、靴跡はどれもさして変わらない。それでもハボックは目で追っている足跡がロイのものだと信じて疑わなかった。
 ザクザクと音を立ててハボックはロイの足跡を辿る。決して迷うことのなかったその足取りは、だが不意に消えてしまった足跡にピタリと止まった。
「あれ?どう言うこと?」
 ハボックは空色の目を見開くときょろきょろと辺りを見回す。だが、足跡はそこで途絶えたきりどこにも続いてはいなかった。
「変だなぁ、どこ行っちゃったんだろう」
 ハボックはそう呟いて、消えてしまった足跡の先へと歩き出す。ザクザクと新しい足跡を雪の上に刻みながら暫くうろうろと歩き回ったがロイの姿は見つからなかった。
「おっかしいな、大佐の足跡じゃなかったのかな」
 それにしたって戻った形跡もなく途中で足跡が消えてしまうのはおかしい。何より自分がロイの足跡を間違えるなんてハボックにはとても納得できなかった。
 ほんの少し考えていたハボックの空色の瞳が僅かに見開いたと思うと、ハボックはくるりと振り向き自分がつけた足跡を逆に追って走り出す。ザクザクと大きな音を立てながら走れば見えてきたスラリとした姿に向かって声をかけた。
「大佐!」
 そう呼べば、ギクリと強ばった体がゆっくりと顔を上げる。しまった、と言う顔をするロイの傍へ駆け寄るとハボックは言った。
「やっぱり、隠れてたんスね」
 そう言うハボックにロイは肩を竦める。
「気づくのが早かったな」
「だって足跡がないなんておかしいじゃないっスか。足跡がないならそこから先へは行ってないと思うのが普通でしょ」
「パッと消えたと思うとか」
「思いませんよ、アンタは錬金術師であって魔法使いじゃないんだから」
 呆れたように言うハボックにロイは残念そうに口を尖らせた。
「フュリー曹長あたりだったら騙せたのにな」
「生憎アンタを探すのはオレの役目なんで」
 ハボックは嬉しくもなさそうに言うとロイに尋ねた。
「木に登ってたんスか?」
「ああ、枝の雪を下に落とさないようにするのが大変だったんだぞ」
 落としたらすぐばれてしまうからな、と自慢げに言うロイにハボックはため息をつく。
「普段はすげぇめんどくさがりのくせにこう言う時だけ…」
「後はお前の姿が見えなくなったら下に降りて、お前の足跡を辿ればいいと思ったんだが、後ろ向きに足跡を辿って歩くのは思ったより難しかったな」
 おかげで時間がかかって見つかってしまった、とロイが言えばハボックはがっくりと肩を落とした。
「ホントくだらないところに労力裂きますね、アンタ」
「くだらないとは何だ、失礼な奴だな」
 一生懸命考えたのに、と言うロイにハボックが言う。
「一生懸命考えるなら中尉への言い訳を考えた方がいいと思いますよ」
 ハボックの言葉にロイが顔を顰めた。
「そんなに怒ってたか?」
「ええ、とっても」
「ヤバイじゃないか」
「しりませんよ、オレは。でも少しでも早く戻った方がいいとは思いますけどね」
「そういう事は早く言え」
「アンタがあんまりくだらん事やってるから言いそびれました」
 シレッとして言うハボックをロイが睨む。
「行くぞ」
「アイ・サー」
 言って二人はザクザクと雪に足跡を残して駆けていった。


2009/02/03


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いつも素材をお借りしている「柘榴石」さんでこの写真を見つけて思わず「かわいいv」と思って浮かんだのがこのお話です。新しい雪に足あとつけるのって楽しいですよねー。残念ながら私が住むところではこの冬はそれほど雪が積もりませんでしたが…。来年は一度くらい足あと残せればいいなと思います。