| すうぷ |
| 「ああくそっ、やっぱり戻って傘持ってくるんだった……っ」 オレは司令部の建物の中に駆け込みながら言った。今朝、家を出る頃はまだぱらぱら位だったので、着くまで持つだろうと考えて、傘をとりに戻らなかったのが失敗だった。あっという間に本降りになった雨のおかげで、司令部に着く頃には下着までぐっしょりになっていた。 「どわっ!お前、ぐしょ濡れじゃないかよっ」 廊下に水溜りを作りながら司令室にたどり着いたオレを見た途端、ブレダが叫ぶ。入ってくるんじゃねぇっという、冷たい親友にオレは引き出しの中の鍵を取ってくれるよう頼んだ。 「ロッカーのキー、引き出しに入れてあんだよ。」 オレがそう言うとブレダは引き出しの中をかき回し、キーを見つけて投げて寄越した。 「ったく、傘ぐらい差して来いよ」 「こんなに降ると思わなかったんだよ」 仕方ないだろう、と言って、ロッカーに向かおうと踵を返すと、ちょうど出勤してきた大佐が司令室に入ってきたところだった。 「……廊下の水溜りの犯人はお前か」 機嫌悪くそういう大佐にへらりと笑ったオレを大佐が睨みつけてくる。 「おかげで滑ったんだぞ」 そう言って執務室の中へ入っていく大佐の後姿を見ればお尻の辺りがちょっと濡れているようだ。悪いことをしたなあと思いつつ、こけた大佐を想像したらくすりと笑いが零れた。途端に大佐がおっかない顔をして振り返る。 「とっとと着替えて来い。風邪をひくぞ」 そういい残すと大佐は執務室へ入ってしまった。言われてみれば確かに何となく寒くなってきた。オレは急いでロッカールームへと行くとロッカーから着替えを出しシャワールームに入る。熱い湯を出し頭から被るとホッとため息が零れた。いい加減、体が温まった所でシャワーを止めて外へ出る。予備の軍服を着ると、その乾いた布の感触が気持ちいい。濡れた軍服を袋にぶち込みながらオレは独りごちた。 「早くクリーニングに出さないと、予備のヤツ、もうないじゃん……」 外に出る仕事が重なるとしょっちゅう着替えることになり、着替え用に置いておいた物があっという間につきてしまう。オレは取りあえず袋をロッカーに突っ込むと、休憩所へと向かった。本当ならシャワーを浴びたりしていたのだからさっさと仕事に就くべきだろうが、どうにも一服したい気分を抑えられなかった。ソファーに座って胸ポケットを探ってがっくりする。 「そうだ、煙草もダメにしたんだった……」 ぐっしょり濡れた軍服の上着のポケットに入れておいた煙草は、水を吸ってすっかりダメになっていた。机の引き出しの中に確か新しいパッケージが入っていたが、今ここで取りに行ったらそのまま仕事になだれ込むのは確実だ。 「コーヒーでも飲むかな……」 そう呟いて立ち上がろうとしたオレの目の前に、突然、カップに入ったスープが差し出された。びっくりして顔を上げればオレの前に大佐が立っていた。 「体の中から温まるぞ」 「たいさ……」 差し出されたカップを受け取って、オレは呆然と大佐を見上げる。 「どうしたんスか、コレ?」 「食堂で貰ってきた」 「え?でも、まだ開いてないっしょ?」 そう言うオレに大佐が自慢気にふふんと笑った。 「私が言えば作ってくれるのだよ」 その言い方に厨房のおばちゃんに愛想を振りまいてきたのだと知れる。 「それを飲んだら戻れよ」 大佐はそれだけ言うと踵を返して行ってしまおうとする。 「たいさっ」 オレの呼ぶ声に振り向いた大佐にオレは笑って言った。 「ありがとうございます」 大佐は微かに微笑むと、まだ濡れているオレの髪にそっと触れる。 「ちゃんと乾かしてから来いよ」 そう言って、今度こそ行ってしまう。オレはその背を見送ってカップに目を落とした。 わざわざ食堂まで行って、スープを貰ってきてくれた、その気持ちが嬉しかった。オレの為にあの大佐がわざわざそうしてくれたのが、本当に嬉しくて。 (後でコーヒー淹れてあげよう……) そう考えながらカップに口をつければ、体の中がほんわりと熱くなる。一杯のスープに身も心も温まるのを感じながら、オレは窓の向こうで降りしきる雨を見つめた。 2006/09/01 |