misty rain
「えっ、うそっ!雨、降ってるんスか?!」
素っ頓狂な声を上げたハボックが司令室の窓から顔を出した。
「げーっ、降ってるよ…。」
そういいながらがっくりと肩を落としたハボックの隣から外を覗けば、明るい空から霧のような雨が降り注いでいた。
「雨が降るときって大体判るんだけどなぁ…。」
野生の勘の塊のようなことを言いながらハボックはしょんぼりと窓辺に懐いている。その後姿には垂れ下がった耳と
しょんぼりと揺れるふさふさした尻尾が見えるようだ。
「そういえばお前、洗濯物干してなかったか?」
出勤前の忙しい時間に洗濯物を抱えてどたどたと走り回っていたことを思い出して、ハボックに尋ねた。
「干しました、山ほど…。」
はあぁ、と大きなため息をつくハボックに苦笑すると、青い目を眇めて睨んできた。
「大体アンタが溜め込んだんでしょうが。ああもう、せっかく洗ったのに…。」
どこかの主婦が言いそうなことを軍服を着た大男が言うのだから笑ってしまう。空を見上げていたハボックは徐に
こちらを向くとへらりとして言った。
「今から家に帰っても―――。」
「バカか、お前は。」
「…ですよねぇ。」
洗濯物を取り込みに走って帰る軍人なんて聞いたことない。まったくどうしてコイツは生活臭しまくりなんだ。もう少し
スマートにいけないのだろうか。
「…アンタ、今オレのことバカにしてたでしょ。」
こちらの考えを読んだように言ってくるハボックに軽く笑ってごまかした。
「焔であぶってやろうか?空気中の水蒸気を調節して…」
「この間そんな事言ってオレのシャツ、ダメにしましたよね。」
畳み掛けるように言うハボックに一瞬口ごもる。
「ちゃんと代わりのシャツを買ってやっただろうが。」
「気に入ってたんス。あのシャツ。」
「うるさいな、散々文句言って高いシャツ買わせたくせに。」
「アンタ高給取りなんだから屁でもないでしょ。」
全くもって可愛げがないと睨みつけてやれば、煙草をくわえてぷかりと煙を吐き出した。
「天下の焔の錬金術師様に洗濯物乾かさせるわけにいかんでしょ。」
大人しく洗いなおしますから、と言いながら席に戻っていく。ハボックが席について仕事を始めるのを見届けて、肩越しに
窓の外を見やればまだ尚雨は降り続いていた。雨というより霧に近いそれは、街を覆い尽くして水のベールの中に
閉じ込めているようだ。ぼんやりと見つめていると背後から腕が伸びて、開け放たれた窓を閉めた。
「アンタ、湿ってますよ。」
ハボックが呆れたように上から見下ろしていた。その青い瞳に引き寄せられるようにして軽く口付けると、ハボックが
ぎょっとして身を引いた。
「ちょ…っ」
真っ赤になってごしごし唇を擦っている。ハボックの肩越しにブレダ少尉がウンザリした顔をしてこちらを見ているのと
目が合ってにやりと笑ってやれば慌てて目を逸らしていた。
「コーヒー、持って来てくれ。」
ハボックの肩を叩いて執務室に入っていく。後に残されたハボックとブレダ少尉のやり取りを想像して、自然と笑みが
零れた。
暫くして執務室に入ってきたハボックは、ちゃっかり自分の分もコーヒーを注いで来て、窓から外を見ながらカップに
口をつけている。
「おい…。」
仕事はどうした、といえばちょっと休憩などとほざいて窓枠に寄りかかった。その仕草にどきりと跳ねた心臓をごまかす
様に
「仕事しろ、仕事。」
と言えば
「アンタに言われたかないです。」
と即答する。ちっ、と舌打ちするとハボックが苦笑する気配がした。
そのままお互い何も言わずに、自分はペンを走らせ、ハボックはコーヒーを啜りながら窓の外を見ていた。音もなく
降り注ぐ雨に二人だけ閉じ込められた気分になる。そうしていつまでも閉じ込められたまま、薄く溶けあってしまえたら
それはそれで幸せかもしれない。
らしくもなくそんな事を考える、雨に煙る午後―――。
2006/6/21
拍手御礼として載せていたものです。もともとこういう短いのを書くのが好きで、書いてたはずなんですけど…。個人的にはこういう話をもっと書きたいと思っています。