| 満開 |
| 「中佐っ、あれ、なんでしょう?」 車を走らせていたハボックがハンドルから片手を離して窓の外を指差す。後部座席のロイが指差す先に目をやれば、ほんのりと桜色に煙る塊りが見えた。 「雲、じゃないっスよね」 あんな低いところにあるわけないし、と首を傾げる年若い准尉にロイは言った。 「あれは桜だな」 「さくら?」 「春のこの時期に咲く花だよ。葉が出るより先に花が一斉に開く。東の国じゃ桜の木が何千本と植えられてそれこそ霞のように見えるそうだ」 ロイが物知りの部下から仕入れた知識を披露すればハボックが感心したように唸る。運転しながらもチラチラと桜の方へ視線をやる准尉にロイが言った。 「近くに行ってみるか?」 「えっ?いいんスかっ?」 「構わんよ。まだ時間はあるしな」 ロイはポケットから銀時計を出して時間を確認する。会議が始まるにはまだ小一時間あったから多少寄り道したところで影響はないと思われた。 「ありがとうございますっ、サー!」 まだ士官学校を出たばかりの若い准尉が興奮に声を弾ませてそう言うのにロイは薄っすらと笑う。車は司令部への道から逸れて空に浮かぶ薄桃色の塊へと進路を変えた。 10分ほども走ったろうか、川沿いに車を止めるとハボックはロイが車から降りるのをうずうずしながら待つ。車の傍らに立ってロイに視線を向けながらも、その全神経が背後の桜へと向いているハボックにくすくすと笑ってロイは言った。 「構わんよ、傍に言って見てくるといい」 「っ、はいっ、中佐っ!」 ロイの言葉にハボックは満面の笑みを浮かべてピッと敬礼するや否や、くるりとロイに背を向け桜の巨木目がけて走っていく。その姿がまるでリードを外されて飛び出していく犬のようで、ロイは笑みを深めるとゆっくりと桜に向かって歩き出した。 穏やかな春の陽射しの中、時間を掛けてハボックの傍まで歩けば、准尉がポカンと口をあけて桜を見上げている。その子供のような表情にロイは目を細めて言った。 「どうだ?近くで見た感想は」 「……綺麗っス」 至極素直な言葉にロイが笑えばハボックは照れたように顔を紅くする。 「だって他に言葉が出てこないんスもん」 「そうだな。確かに綺麗という以外にないな」 ちょっと拗ねたように言う言葉にロイが頷くと、ハボックが意外そうに目を瞠った。それから桜に視線を戻して言う。 「一本でこれだけ綺麗なんスから何千本もあったらそれこそ壮観でしょうね」 「そうだな」 そう答えてロイは川へと目を向ける。その川面に浮かぶ桜の花びらを見て言った。 「花筏だ、ハボック」 「え?」 「一本でも十分楽しめるな」 そう言って目を細めるロイの見つめる先を見れば散った花びらが川面に幾つもの塊りになって浮かんでいる。その隙間の水面に枝に咲く桜と晴れ渡る空を映し出す光景にハボックも目を細めた。 「本当、最高っス!」 ハボックは言って満開の笑みを浮かべる。笑う空色の瞳に浮かぶ桜を見つめて、ロイもまた満開の笑みを浮かべた。 2009/04/08 |
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| ちょっと若いハボックは仔犬みたいで降ってくる桜の花びらにワフワフいいながら跳びはねていそうだなぁ、と(笑)桜の花びらが水面に散ってるのって綺麗ですよね。あれにもちゃんと名前があるって事を初めて知りました(笑) |