傘かしげ


今日の昼飯は外で食べようと出かけた帰り、店を出ようとドアを開ければ明るい空からはしとしとと雨が
降っていた。
「傘、持ってきたか?」
「や、降るなんて思ってなかったっスから。」
互いに顔を見合わせ、走って帰るかと暗黙の了解のうちに店を飛び出ようとすれば背後から声がする。
「お兄さん達、これ持っていきなってとうさんが。」
振り向いたそこには店の子供が傘を1本持って立っていた。
「1本ですまないが使っておくれ。」
夫婦で店を切り盛りしている店主が厨房からそう言う。
「ありがとう、助かります。」
ハボックはそう言って、店主に向かって笑うロイの背を押して店を出た。
「いい店だったな。」
「ええ、料理も人も、とっても。」
美味いらしいという噂を聞いてやってきた店はこじんまりして、だが店の雰囲気は暖かく、出される料理も
心の尽くされたものだった。そうして帰る間際にも店主の優しい心遣いに触れて腹だけでなく心も満たされ
ていく。満足した二人はポツポツと言葉を交わしながら細い路地を歩いていた。すると向こうから60過ぎの
初老の女性が歩いてきた。ようやく人が行きかうことが出来るような狭い路地、ハボックはロイを前に行かせ
自分は後ろから傘を差しかけて歩いていく。すれ違いざまハボックは女性と反対の方向へ傘を傾げた。
それと同時に女性もまたハボック達とは反対の方向へ傘を傾げる。互いにふんわりと微笑んで3人は狭い
路地をすれ違った。女性が行ってしまうと、ハボックはまたロイと並んで歩き始める。暫く歩いたところでロイが
思い出したように言った。
「傘かしげと言うそうだ。」
「え?」
「今、お前がやったやつ。傘がぶつからないように外側によけただろう?あれ。」
「傘かしげ、っスか?」
確認するように繰り返すハボックにロイが頷く。
「そう。人が首を傾げるさまに似ているからそう言うのかな。」
そう言って微笑むロイにハボックの顔にも笑みが浮んだ。
「綺麗な言葉っスね。」
「ああ、そうだな。」
ハボックはロイが濡れないようにその肩を抱いて引き寄せる。1つ傘に身を寄せ合って入りながら、二人は優しい
気持ちに包まれて、家への道を歩いていったのだった。


2007/8/30


以前、何かの番組で「すれ違う時互いの傘がぶつからないよう外側によける仕草のことを傘かしげといいます」というのを聞いて、日本語って
いい言葉だなぁって思いました。いつかネタに使おうと思っているうち肝心の言葉を忘れてしまい「あれ、かさかしぎだったかな〜」などと悩んで、
結局ネットで調べなおしたという(苦笑)こんな仕草にも名前がついているなんて、日本語っていいなぁと改めて思った次第。