花嵐2


「じゃあ十二時に公園の桜んとこで」
「判った」
「本に夢中になってオレの事忘れないで下さいね」
「忘れるわけないだろう」
 肩を竦めて言うロイをハボックは疑わしそうに見つめる。こんな事を言っておきながら綺麗に忘れ去られたことがこれまで何度あったことか。ハボックがそう思ったことに気づいてか気づかないか、ロイはハボックの顔を片手で押しやると出かけていった。
「まあ、いいか」
 行くところは判っている。もし忘れられていたらいつものように迎えに行けばいいだけのことだ。ハボックはそう考えを切り替えるとキッチンへと入っていった。
 今日は図書館に調べ物に行くというロイと待ち合わせて公園でランチを食べることになっている。先週から咲き始めた桜は今日辺りきっと満開で、花を見ながら食べるランチはとても美味しいことだろう。
「さて、急いでサンドイッチ作んなきゃ」
 そう言いながらハボックは袖をまくり手を洗った。茹でて冷やしておいた卵の殻を剥き、フォークで潰してマヨネーズと少量の塩で和える。トマトをスライスしレタスを千切ってベーコンを焼いて余計な油を吸わせるためにキッチンペーパーの上に並べた。ハムやチーズを冷蔵庫から取り出し、生クリームを少しだけ泡立て苺もスライスする。具材をカウンターに用意すると朝からパン屋まで行って買ってきたサンドイッチ用にスライスしたパンを取り出し、一枚一枚薄くバターを塗っていった。
「大佐、卵の好きだよなぁ」
 ちょっぴり摘んで塩加減をみると、ハボックは卵のマヨネーズ和えをたっぷりとパンに挟む。他の具材より多めに卵のサンドイッチを作り、紙ナフキンを敷いたバスケットに入れていった。サラダ代わりに林檎と苺とオレンジを綺麗に剥いてミニトマトと一緒にタッパーに詰め、最後にポットにロイに合わせてカフェオレを作った。
「よし」
 出来上がったランチを前にハボックは満足そうに頷く。全部一緒に大きなバスケットに入れ家を出ようとしたハボックは、忘れ物に気づいて物入れの扉を開いた。
「これ持っていかないと」
 そう言いながら地面に敷くためのシートを引っ張りだしバスケットの隅に押し込む。今度こそ出かけようと玄関の扉を開けたハボックは、風に押されて開いてきた扉に顔をぶつけそうになった。
「すげぇ風」
 ロイが出かける時には穏やかだったのに、今では随分と吹き荒れている。ざわざわとざわめく庭の木々を見遣って、ハボックは眉を顰めた。
「桜が散っちまう」
折角綺麗に咲いているだろうにこんなに風が強くては、儚い花はあっと言う間に散り乱れてしまうだろう。
「勿体無い。収まんないのかな」
 ハボックはそう呟きながら公園への道を急ぐ。途中、図書館に続く曲がり角まで来るとハボックは足を止めた。
「大佐、まだ図書館だったりして」
 忘れる訳ないと言っていたが、どうにも本絡みのロイは信用がおけなくてハボックは眉を寄せて道の向こうを見通した。
「迎えに行ったら怒りそうだ」
たとえ忘れていたとしてもハボックが迎えに行けば絶対怒るに違いない。ハボックは息を吐くとそのまま公園へと歩きだした。
 風は相変わらず強く吹き荒れている。漸く公園に辿り着くとハボックは約束の場所へと向かった。大きな桜が満開の枝を広げるその中心にすらりとした姿が見える。ロイがもう来ているのを見て、ハボックがパッと顔を輝かせた時、一際強い風が吹いた。
 ビョオと音を立てて吹いた風がロイの周りに花びらを舞い上げる。薄色の花びらがまるで意志を持ったようにロイの周りを舞い踊ったと思うとロイの姿を花びらの幕の向こうに隠した。
「大────」
 その姿を見失ってハボックは心臓が冷たい手で鷲掴みにされたように感じる。己を導く光を見失う事への恐怖に、ハボックは飛び出すように駆け出すと花びらの中に手を伸ばした。
「大佐ッ」
 舞い散る花びらの中、ハボックはロイの腕を掴む。掴んだ腕を確かめるようにギュッと握ると、ハボックはホッとしたように笑みを浮かべた。
「大佐」
「…………どうした、ハボック」
 黒曜石の瞳がハボックを捉え、薄く笑みを浮かべる。何事もないように問われればハボックは困ったようにボリボリと頭を掻いた。
「や、なんか……大佐がいなくなっちゃう気がして」
「何を言ってるんだ、お前は」
 そう言われてハボックは益々困りきって笑顔をひきつらせて俯く。不意にロイの手が伸びてきたと思うと金色の髪をクシャクシャと掻き混ぜた。
「大佐」
「サンドイッチ、作ってきたんだろう?メシにしよう、腹が減った」
「あ、はいっ。大佐の好きな卵の、いっぱい作ってきたっスよ」
 いつものロイがいつものようにそう言うのを聞いて、ハボックは漸く安心してそう答える。桜の下にバスケットを置き、シートを広げて準備をしながらハボックは傍らのロイをそっと盗み見た。
 いつの時もロイはハボックの行く手を指し示す光だった。時折見失いそうになり、それでも必死に追いかけておいかけてここまで来た。これからもそれは変わらず、ロイがいる限り自分は前へと進んでいけるだろう。
「大佐、準備できたっスよ」
「ああ」
 声をかければ黒曜石の瞳が己を見る。それが嬉しくて笑みを浮かべた唇をロイのそれがそっと塞いだ。


2012/03/30


  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


ハボックにとってロイは目指すべき光なのかなーと。