びしょびしょ


「なにをしてるんだ、アイツはっ!」
ロイは机にバンッと両手をつくと勢いよく立ち上がり、窓から空を眺める。昼間だと言うのにまるで夕方のように
暗い空からは滝のような雨が降り注いでいた。1時間ほど前、まださほど雨脚が強くない時分、ハボックは
煙草を買ってくるといって家を出たきり帰ってこない。煙草を買うだけなら往復15分もあれば足りる。この雨の中
足止めを食っているのかとも思うが、ハボックだったら多少の無理はしても帰ってきそうな気がする。そもそも
ロイが家にいるのを判っていて帰ってこないハボックではないはずだ。
「何をしてるんだ、まったく…。」
叩きつける雨の音が、家の中にいてすら轟音となって響いている。心配してぼそりと呟いた自分の言葉ですら
よくは聞こえないほどだった。いい加減、こうして待っていることも苦痛になり、豪雨だろうがなんだろうが探しに
行こうかとロイが思い始めた時、がちゃがちゃと音がして玄関の扉が開いた。
「ハボックっ?!」
ロイが慌てて玄関に飛び出していくと、はたしてそこには全身ぐっしょりと濡れそぼたれたハボックが立っていた。
「何やってたんだっっ?!」
無事だと思った瞬間、怒りがこみ上げてロイは大声で怒鳴りつける。ハボックがそれに答えるより先に、ハボック
のシャツの前がムクムクと動いたかと思うと、そこから小さな猫が顔を出した。ビックリしたロイは怒っていたのも
忘れて、真っ黒な毛糸の塊を覗き込む。金色の虹彩がロイを見つめたかと思うと、黒い仔猫は小さくニャアと啼いた。
「川を流れてたんです。」
猫の声に促されるようにして説明するハボックにロイは視線を向けた。
「木切れにつかまって、今にも溺れそうで…」
「助けに川に入ったのか?」
聞かれて頷くハボックにロイは思わず大声を上げる。
「バカか、お前はっ!水かさの増した川に入ったりして、何かあったらどうするんだっ!」
「だってほっといたら溺れちゃうじゃないっスかっ」
「だからってな…っ」
ぎゅうっと仔猫を庇うように抱きしめたハボックの腕から血が出ているのに気がついたロイは、慌ててその腕を
掴んだ。
「切ったのか?」
「泳いで岸に戻る時、壊れた看板が流れてきたから…」
「おま…っ」
再び怒鳴りつけようとして、ロイはハボックの体が震えている事に気がつく。見ればすっかり冷え切った体は
細かく震えて唇の色も蒼みがかっていた。
「ちっ」
ロイは小さく舌打ちすると、ハボックの腕をグイと引いて浴室へと連れていく。浴槽のカランを思い切り捻って
どぼどぼと湯を張るのと同時に、シャワーから熱い湯を出す。ぼうっと立っているハボックに舌打ちすると、
ハボックのシャツのボタンを外していった。
「さっさと脱げ、バカがっ」
そうして濡れて張り付く服を強引に剥ぎ取ると熱いシャワーを頭から注いだ。ハボックの腕に抱かれたままの
仔猫が抗議の声を上げるのも構わずざあざあと湯をかけ続ける。最初はぼーっとしたままシャワーに打たれて
いたハボックは小さく笑うと言った。
「大佐もびしょ濡れっスよ。」
「うるさい。」
ロイはそう言うと、シャワーを止めてハボックを湯船に押し込んだ。
「たいさぁ、乱暴っスよ。」
「うるさいと言っているだろう。」
ロイはそう言うと、タオルを一枚持って来てハボックの腕を簡単に止血した。
「温まったら出てこい。腕は動かすな。」
ロイはそう言い捨てると浴室を出て、濡れた服を脱ぐ。ざっと体を拭いて新しい服を見につけるとキッチンへと
入っていった。鍋に牛乳を入れると弱火で温める。沸騰寸前で火を止めると、カップに注ぎしょうがの搾り汁と
蜂蜜を垂らした。まだ鍋に少し残っている分は小皿に入れて卵の黄身を溶いた物を少し混ぜてやる。
「生まれたてというわけじゃなさそうだからこれでいいだろう。」
ロイがそう呟いた時、バスローブに身を包んだハボックがキッチンへと顔を出した。
「たいさ。」
「ちゃんと温まったか?」
そう言ってハボックの頬に手をやればホカホカと温かい事にロイはホッと息をつく。カップと皿を持ってハボックを
リビングに促すと、ソファーに座らせハボックにはカップを、仔猫には皿を差し出した。それからロイは救急箱を
持ってくると手早くハボックの腕を治療していく。ハボックは片手に持ったカップに口を付けながらその様子を
見ていたが、やがてポツリと呟くようにごめんなさい、と言った。
「そう思うのなら今度からはもう少し考えて行動しろ。」
ロイはそう言うと救急箱のふたを閉じる。
「それを飲んだら少し横になってろ。」
そう言われてハボックは何か言いたそうにしたが、なにも言わずに頷いた。そうして飲み干したカップをテーブル
に置くと、仔猫を引き寄せてソファーに身を横たえる。引き込まれるようにすうっと眠ってしまったハボックに
ロイはホッとため息をつくと、ブランケットをかけてやった。
「まったく、世話の焼ける。」
ロイは呆れたように、だが愛しそうに呟くとハボックの少し濡れた金色の髪を撫でる。ハボックの腕の中で
仔猫が小さな欠伸をするとくるんと丸くなった。ロイは優しく微笑むと、ソファーの側に座り込み、ハボックの
髪を撫でながら目を閉じる。二人と一匹をいつの間にか弱くなった雨音がそっと包んでいた。


2007/6/1


なんかもう、雨ネタにこだわりすぎて自滅してる気がします〜(汗)でも、ついつい拍手と思うと勝手に頭が雨ネタを探り出すっていう(苦笑)
御礼になっているのか若干疑問ではありますが、愛だけはこもっておりますのでっ!