banana encounter 2


「おい、ハボック、バナナを買ってきてくれ」
「えーっ、またっスかぁ?」
 執務室の扉が開いたかと思うと顔を出したロイが言うのにハボックが思い切り顔を顰める。ロイは顔中に“不満”と書いたハボックをジロリと睨んで言った。
「何か不満があるのかね、ハボック准尉」
「……別にないっスけど」
「だったらバナナを買ってきたまえ、准尉」
 下唇を突き出して表情でも“不満”と訴えていながら一応口では“不満はない”という部下にロイはにっこりと笑って言う。ハボックが今度は答えなければ、ロイは笑みを深めて言った。
「返事は?」
「アイ・サー!」
 ハボックはガタンと席を立ち上がるとヤケクソのように答えて敬礼する。それを見てロイはニヤリと笑って執務室に引っ込んだ。
「おい、ハボ」
 責めるような呆れるような声がしてハボックがそちらを見れば、向かいの席に座るブレダがハボックを見ている。
「お前、中佐に対してそんな態度とってるとそのうち不敬罪とか言われかねないぜ?」
「だってバナナ買ってこいだなんて」
 同期で士官学校を卒業して同じように司令室に配属になった幼なじみの男にハボックは唇を尖らせた。
「まあ、気持ちも判らないでもないけど、不満があるなら俺が後で聞いてやるからあんまり顔に出すなよ」
「んー」
 子供の頃からとても素直でそれは確かにハボックの美点ではあるが、いい加減腹芸も覚えろと言われてハボックはボリボリと頭を掻く。
「とにかくバナナ買ってくるわ」
「ああ」
 ハボックはそう言って司令室を出た。
 この春士官学校を卒業したハボックは、東方司令部に初出勤という日の朝遅刻しそうになってアパートを飛び出した。朝食代わりのバナナを握り締め全速力でイーストシティの街を駆け抜けたおかげでほんの少し出来た時間に、司令部の建物の陰でバナナを食べていたハボックは丁度その時居合わせたロイにうっかりバナナの皮を投げつけてしまったのだ。謝るのに必死で時間を失念していたハボックにロイが時間を教えてくれ、詫びと礼の代わりにと残ったバナナをロイに渡したハボックだったのだが。
「まさか上官だったなんて……」
 ハボックは司令部の建物を出て足早に歩きながらそう呟く。シャツ姿のロイをてっきり自分と変わらぬ年だと思い込んでいたハボックは、配属先の司令室にのっそりと現れたロイが告げた言葉に度肝を抜かれたのだ。
『ロイ・マスタング中佐だ、以後よろしく頼む』
 居並ぶ新兵を前にそう言ったロイをあんぐりと口を開けて見つめるハボックにロイはにっこりと笑って続けた。
『さっきはバナナをありがとう、准尉』
 と。
「あの見てくれで中佐だなんて詐欺だ、しかも焔の錬金術師……」
 知的な顔つきはむしろ学者として通りそうだ。とても第一線で戦ってきた軍人には見えず、ハボックは騙された感でいっぱいだった。
「すんませーん」
 司令部に程近い果物屋の入口でハボックは声をかける。そうすればちょっとぽっちゃりとした女店主が顔を出した。
「あら、ハボックさん。またバナナ?本当に好きねぇ」
「はは、まあ……」
(好きなのはオレじゃないんだけど)
 三日に一度はバナナを買いにくる若い軍人に、女店主はにこにことしながらバナナを一房袋に入れてくれる。更に小さな房を入れた袋をハボックに差し出しながら言った。
「はい、オマケしておいたから」
「ありがとうございます」
 ハボックは顔を赤らめて袋を受け取る。金を払って店を出ると急いで司令部に戻った。
「中佐ぁ、バナナ買ってきたっス」
 ノックの返事を待たずに執務室の扉を開ければ書類を書いていたロイが顔を上げる。紙袋片手に立つ長身の部下を見上げて言った。
「ノックをしたなら返事を待つべきだ、准尉」
「でも、バナナ早く食いたいっしょ?」
 あの日以来一日も欠かさずバナナを食べる上官にハボックは言う。なんにせよお礼にバナナは最適だったのだと思いながら、ハボックはバナナを袋から取り出した。
「はい、中佐」
「ずいぶん沢山だな」
「オマケしてくれたんスよ」
「バナナスタンドにかからん」
 いつの間にやら机の上に置かれるようになったバナナ専用のスタンドに大きな房を四苦八苦して掛けながらロイが言う。房の重みで前に倒れかかるスタンドの足を書類の束で押さえたロイは、小さな房からバナナを一本もぎ取ってハボックに渡した。
「ほら、お前も食え」
「サンキュー、サー」
 ハボックは遠慮なくバナナを受け取り皮を剥く。あの日以来こうして執務室でバナナを食べるのが二人の日課になっていた。なにも言わず、向き合ってもぐもぐとバナナを食べる。バナナに食いつく顔を互いに見つめあっていた二人は、不意に浮かんだ同じことを口に出していた。
「「バナナ食べる顔、エロいな(っスね)」」
 ほぼ同時に言って互いにじっと見つめあう。次の瞬間、残ったバナナを一気に食べ終えて怒鳴った。
「私のどこがエロいんだッ!」
「オレのどこがエロいって言うんスかッ!」
 同時に怒鳴って一瞬の間を置いて互いの顔を指さす。
「「顔が」」
 そうすればまた互いにキーッとなって怒鳴りあっていると、執務室の扉が軽いノックの音と共に開いてホークアイが顔を出した。
「どうされたんですか、二人とも。部屋の外まで聞こえてます」
「「少尉」」
 綺麗な眉間に皺を寄せて言うホークアイに二人は一斉に目を向ける。
「「だって」」
 と先を争うように言い出す二人の話の内容のあまりのくだらなさに、ホークアイの銃が火を噴くのにさほど時間はかからなかった。


2011/03/02


「banana encounter」の続き。カプ未満のふたり。まあ、よくあるネタですが(苦笑)