banana encounter


「やばいっ、遅刻するッ!」
 ハボックはそう叫びながら扉を叩き壊す程の勢いで寝室から飛び出す。洗面所に飛び込むと大慌てでまだ薄い髭をあたり冷たい水でザバザバと顔を洗った。シャカシャカと歯を磨きながら鏡に映る己の姿を見る。蜂蜜色の髪の毛がツンツンと跳ねているのが気にはなったが、とても整える時間はなかった。
 ハボックはこの春士官学校を卒業したばかりだ。今日はいよいよ配属になった東方司令部への初出勤で、夕べは今日に備えて早くにベッドに入ったものの興奮してなかなか寝付けず、結局明け方近くにウトウトした挙げ句寝坊して飛び起きたという訳だった。
「メシ食う時間ねぇ……」
 食事は生活の基本という母の教えに従って朝からちゃんと食事をとる習慣のハボックだったが、今すぐアパートを出ても間に合うか怪しいタイミングだ。ハボックはテーブルの籠の中からバナナの房を取り上げると二本ほどもぎ取った。真新しい軍服の袖に腕を通しながら軍靴に足を突っ込み玄関を飛び出す。ガンガンガンとアパートの外階段を駆け下り、一目散に司令部を目指した。
「遅刻する〜〜ッッ!!」
 初日から遅刻では上官の心証が悪くなるのは間違いない。それだけは避けたいとハボックは全速力でイーストシティの通りを走り抜けた。必死に走れば漸く司令部の建物が見えてくる。ここまでくればもう大丈夫と足を弛めたハボックは、握り締めていたバナナを目にしてニッと笑った。
「持ってきてよかった」
 そう言って皮を剥こうとするが、丁度司令部の門までくれば流石に人目が気になる。ハボックは警備兵ににっこり笑って門を潜るとまっすぐ入口には向かわず、壁に沿ってグルリと建物を回った。
「ここなら大丈夫だろ」
 ハボックはそう呟いて改めてバナナを剥きにかかる。黄色い皮を剥いて三口で食べたハボックは、もう一本を食べようと皮をポイと投げ捨てた。すると。
「うわッ?!」
 すぐ側で声がしてハボックは慌てて振り向く。そうすればサラリとした黒髪に黒い瞳の男がバナナの皮を頭に載せてハボックを睨んでいた。
「……貴様」
「ワッ、すんませんッ!!」
 どうやら丁度やってきた男に向かって皮を投げつけてしまったらしい。ハボックは急いで皮を取り上げるとペコペコと頭を下げた。
「ごっ、ごめんなさいッ!アンタが来てるの、気づかなくてッ」
 わざとではないとはいえ悪いことをしたと必死に謝れば男は一つため息をつく。ハボックを頭のてっぺんから爪先までじろじろと眺めて言った。
「今日から配属のぺーぺーか?ここでなにをしている?」
「え?あ、その……朝飯食う時間がなかったんで、ちょっと腹ごしらえを」
 ぺーぺーという言葉に若干の抵抗を覚えながらハボックは答える。男は上着を着ておらず、軍人だという以外なにも判らなかった。
(そっちだってぺーぺーと変わんねぇんじゃね?)
 白く整った顔立ちは自分とさほど年齢が変わらないように見える。ただ、鋭い眼光を放つ黒曜石の瞳が、少しだけハボックより経験があるように感じさせた。
「腹ごしらえもいいが、時間、いいのか?」
「え?」
 男に言われてハボックは慌てて腕時計を見る。間に合ったと思って油断していたが、気づけば思ったより時間が過ぎていた。
「やべッ、せっかく遅刻しないで済んだと思ったのに!」
 ハボックはそう叫んで男を見る。
「教えてくれてありがとう!よかったらこれ食って!」
「え?」
 手にしたバナナを男に差し出してハボックはニッと笑った。
「お詫びとお礼。それじゃ!」
 ハボックはバナナを男に押しつけると駆けていってしまう。その背の高い後ろ姿が建物の角の向こうに消えてしまうと男はため息をついた。
「お詫びとお礼ねぇ」
 ずっと握っていたせいかほんの少し温まって柔らかくなったバナナを手に男は首を傾げる。どうしようかとちょっと迷ったものの皮を剥いてパクリと口にすれば、甘い香りが口に広がった。もぐもぐと食べながらハボックが駆けていった後を辿るように建物を廻り入口に向かう。警備兵がピッと敬礼を寄越すのに頷いて、男は食べ終えたバナナの皮を警備兵に渡した。
「え、と……マスタング中佐?」
「悪いが捨てておいてくれ」
 ロイが言って笑えば警備兵が慌ててもう一度敬礼する。それに手を上げて答えるとロイは中へと入っていった。
「なかなか面白そうなのが入ってきたじゃないか」
 名前を聞くのを忘れたが、すぐに判ることだろう。ロイは楽しそうに呟くと司令室に向かうべくゆっくりと廊下を歩いていった。


2011/03/01


朝ごはんにバナナ食べてて浮かんだネタ。こんな出会いがあっても楽しいかなと(笑)