秋の雨、秋の花


「そんなに私のやる事が気に入らないなら放っておけばいいだろうっ!別にお前に面倒を見て欲しいなんて言った覚えはないぞ!」
 最近のロイの生活ぶりを見かねたハボックがその体調を案じて何かにつけて口を挟んできた事に苛ついて、ロイがそう怒鳴ったのはほんの30分ほどの前のことだった。結局その後ハボックは何も言わずに家を出て行ってしまい、ロイが言い過ぎたと後悔したときにはその姿はどこにも見えなかった。

 窓越しに低く垂れ込めた空を見上げてロイは何度目かのため息をつく。するとそれに答えるかのように空から細かな雨粒が落ちてきた。
「降ってきたな…」
 こんな空模様の日、ハボックなら必ずロイに傘を持っていけと口うるさく言う。
 ―― 帰りは絶対雨が降るっスよ。濡れて風邪引いたら困るでしょ ――
 そう言って差し出された傘を、頭上に開いて帰ってきたことが何度あったことか。だが出て行ったハボックが傘を持って行ったとは到底思えず、ロイはウロウロと部屋の中を歩き回った末傘を手に家を出た。
「別にハボックを迎えに行くわけじゃないぞ。ちょっと散歩に出ただけだ」
 誰にともなく言い訳めいた事を口にしてロイは通りを歩いていく。だがいくら行ってもハボックの姿はどこにも見当たらなかった。
「あのバカ、どこに行ったんだ…ッ」
 灰色の空は相変わらず雨を落としている。垂れ込めた雲が自分の大事な空色まで覆い隠してしまったかのように思えて、ロイは雨の向こうの雲を睨みつけた。
 散々に歩き回ったロイがもう探す場所を思いつけずに途方に暮れた時、ふとハボックの言葉が頭に浮かぶ。仕事だ仕事だと根をつめていたロイにハボックは言ったのだ。
 ―― ねぇ、秋桜が咲いている所を見つけたんスよ。ほらいつか一緒に歩いたでしょ、川べりの。息抜きに行きましょ ――
 そう言って優しく誘う言葉をロイは無下に断わった。そんなものを見に行く時間があるならさっさと仕事を片付けて読書でもした方がましと、冷たくハボックを追い払った。その時のことを思い出して、ロイはハッとすると傘を手に走り出していた。

 あれはまだ暑い時期、夕涼みにと出かけた川べりにロイはやってくるときょろきょろとあたりを見回す。すると雨の中、色鮮やかに咲き誇る秋桜の間に一際輝く金髪が見えた。
「何をやってるんだ、お前はッ」
 雨に打たれて秋桜の中に佇むハボックに向かってロイはそう声を上げる。ポケットに手を突っ込んで俯きがちに立っていたハボックがハッとして顔を上げるとロイを見た。
「たいさ」
 ロイを見てハボックはにっこりと笑う。それから視線を秋桜に移して言った。
「雨の中の秋桜もいいっスね」
 そんな事を言うハボックにロイは舌打ちすると近づいて傘を差し出す。ハボックは両手をポケットに入れたまま尋ねた。
「どうしてここに?」
「来たがってただろう?違うか?」
 そう言えば驚いたように見開いた瞳が嬉しそうに細められる。
「覚えててくれたんスか」
 そう言われて照れたようにそっぽを向くロイの耳にハボックの声が聞こえた。
「ごめんなさい、大佐。勝手なことばっか言って」
 その声にロイは弾かれたようにハボックを見る。キッと睨みつけると言った。
「何故お前が謝るっ?悪いのは私の――」
「だって大佐には大佐の考えややり方があるのに、自分勝手な考え押し付けて…。結局しんどそうなアンタ見てるのが嫌で、休めなんてアンタのためじゃない、自分の為に言ってたんスよ」
 だからごめんなさい、と謝るハボックの濡れた髪をロイは思い切り引っ張る。イテテと喚くハボックの耳元にロイは言った。
「いつもお前が謝るなッ、このバカ犬っ!」
 そう言えば再び謝ろうとするハボックの鼻をロイは摘む。
「お前が先に謝るから、だからいつも私は謝れないんだっ、私がごめんと言えないのは全部お前の所為だっ!」
 そう言って睨んでくる黒い瞳が傷ついて揺らぐのを見てハボックは目を瞠った。ついまた「ごめん」と口走りそうになって、唇を噛み締めるとロイに手を伸ばす。そうすればロイはその手をグイと引いてハボックの唇に己のそれを寄せた。
 ほんの一瞬重なった唇はすぐに離されロイはハボックに背を向ける。言葉より雄弁にロイの気持ちを物語る口付けにハボックは嬉しそうに笑った。するとその時、雲の合間から陽が射して秋桜を照らし出す。急速に晴れていく空にロイは手にしていた傘を閉じた。
「やんだっスね」
「そうだな」
 柔らかな風の中、雨に濡れた花びらを揺らす秋桜を見つめながら、二人はそっと手を繋いだのだった。


2008/10/01

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コスモスの中のハボはさぞ綺麗だろうと(笑)
ちょっぴり素直になれないロイと甘やかしーのハボ