sweet nothings


「ジャン」
「なんスか、ロ、ロイ。」
黒い瞳に見つめられてどぎまぎしながらもなんとか返事を返したハボックにロイは不満げな顔をする。
「なんで、お前はいつも私の名を呼ぶ時どもるんだ?私はロロイという名前じゃないぞ。」
「いやだってその、呼びなれないし…」
それになによりひどく恥ずかしいとハボックは思う。ロイといわゆるデキている関係になってから、二人きりの時は必ず
ロイはハボックのことをファーストネームで呼んだ。当然のごとく自分のこともファーストネームで呼ぶよう、ハボックに
言っているのだが。
「ねぇ、これまでどおり『大佐』って呼んじゃだめっスか?」
「『大佐』は私の名前じゃない。」
「そりゃそうスっけど…」
「そんなに私の名前を呼ぶのがイヤなのか…?」
悲しそうに眉を顰めるロイにハボックは慌てた。
「いやっ、別にイヤとかそういうんじゃなくて…っ」
ハボックはため息をつくとロイをそっと抱きしめてその髪に顎を埋めた。
「ちょっと恥ずかしいだけだから…」
そう言って小さく「ロイ」と囁く。その声にロイは幸せそうに笑った。

「久しぶりだな、少尉。」
「いらっしゃい、中佐。コーヒーどうぞ。」
「おお、サンキュ。」
久しぶりにセントラルからやってきたヒューズはどっかりとソファーに腰掛けてハボックが淹れてきたコーヒーを受け取る。
「大佐。」
「ああ、ありがとう。」
ロイの執務机の上にコーヒーを置いたハボックは目の前のロイの頭に手を伸ばした。
「ゴミ、ついてますよ。」
「えっ、そうか?」
慌てて髪に手を伸ばすロイの指とゴミを取ろうとしたハボックのそれがロイの頭の上でぶつかる。小さく「あ」と声を漏ら
して手を引っ込めようとしたロイの指を僅かに追うような動きをみせたハボックのそれを何気なく二人を見ていたヒューズ
は思いがけず目にして、首を傾げた。ハボックはすっとロイの髪から糸くずをとると「ほら」とロイに差し出す。唇を尖らせて
ゴミ箱を指差すロイとくすりと笑うハボックにヒューズは更に首を傾げた。
(…?えーと?)
何となく違和感を感じるものの、ヒューズにはそれがなんなのかわからない。それを確かめる間もなくハボックは執務室
を出て行ってしまった。ヒューズは黙ってコーヒーを飲むロイを見つめる。
「あのさ、ロイ。」
ヒューズの声にロイが顔を上げる。その表情はよく知るロイのもので特に変わったものは見受けられない。それでも
どうにも気になって言葉を続けた。
「お前らさ、何かあった?」
「お前らって私とハボック少尉か?別に何もないが?」
逆にどういうことだと視線で問われてヒューズは言葉に詰まる。
「ああいや、それならいいんだけどよ。」
そう言うヒューズにロイは「ヘンなヤツだな」と笑う。その笑顔にヒューズはぽりぽりと顎を掻いた。

「家で飲むんスか?」
「その方がゆっくり出来るしな。お前も寄って行け、ハボック。」
「オレがいない方が水入らずでいいんじゃないんスかね。」
「構わないさ、なぁ、ヒューズ。」
司令部の入り口につけた車に乗り込もうとしてロイがヒューズを振り返って言う。ヒューズは肩を竦めると言った。
「俺は全然構わないぜ。」
むしろワンコがくるとつまみが豪勢になりそうだしな、とニヤリと笑うヒューズにハボックが苦笑する。上司二人を乗せると
ハボックは運転席に回って車を出した。夕闇の街をぬけてロイの官舎へと向かう。10分ほどで到着すると先に二人を
降ろしてハボックは車を裏へ回した。家に入るとキッチンへと入り、冷蔵庫の中から材料を取り出していく。ヒューズは
ハボックの後ろから冷蔵庫を覗き込み言った。
「へぇ、ロイのうちの冷蔵庫とは思えないほど色々入ってんじゃないか。」
「昨日買出ししたんで。」
そういいながら料理を始めるハボックをヒューズはじっと見つめた。
「護衛官ってのは冷蔵庫の中身の面倒までみるのか?」
「あの人、ほっとくと飯もまともに食わないの、中佐も知ってるでしょ?」
なんかほっとけなくて、と言うハボックにヒューズが何か言おうとした時。
「ヒューズ、先に始めよう。」
とロイが呼ぶ声がした。ヒューズは何か言いたげな顔をしたが、結局は何も言わずにリビングへと向かった。

旨い酒と美味しいつまみと楽しい会話と。瞬く間に時間は過ぎ去っていく。ヒューズはロイとハボックの向かいに座って
二人の様子を見て考えた。以前から上司と部下というよりは気の置けない仲間同士という観の強い二人だったが
どうも前とは違う感じがする。
(どこがどうとは言えねぇんだけどなぁ)
敢えて言うならロイの纏う空気が柔らかいという感じだろうか。ヒューズは昼間からどうにも気になる違和感に尻が落ち
着かずもぞもぞと何度も座りなおした。ロイと話していたハボックがふと時計を見るとヒューズに問う。
「中佐、泊まっていかれるんでしょう?だったら、寝室の用意しときますね。」
そう言って、ロイに聞くこともせずに2階へと上がっていく。ハボックの背を見送っていたヒューズは不意に立ち上がると
ハボックの後を追ってリビングを出た。
「ヒューズ?」
訝しげなロイの声にも耳を貸さず、勢いよく階段を上がると客用の寝室へと向かう。そこではハボックが窓を開けて風を
通しながら寝具を整えていた。
「勝手知ったるって感じだな。」
ヒューズがそう言えば。
「何かほっとけなくてついつい世話焼いてるうちに覚えちゃったんですよ。」
と答えるハボックの横顔をヒューズは見つめた。ハボックは外したカバー類を手に部屋を出て行く。
「もう少し飲むでしょう?」
そう言って階段へと向かうハボックの後ろからヒューズは声をかけた。
「お前さん、ロイのことどう思ってるんだ?」
「えっ?」
「どうも、昼間っからな、気になって仕方ないんだよな。」
お前さんたちの様子がさ、と真顔で言われてハボックは歩きながら背後のヒューズを振り返った。その時。
「えっ!?」
がくん、と振り返った拍子に階段を踏み外したハボックは。
ダダダダダ――――ンッッ!!
大音響と共に滑り落ちた。
「少――」
「ジャンっ!」
ヒューズが声をかけるより早くリビングから飛び出してきたロイが叫んだ。目を丸くして階上から見下ろすヒューズの視線
の先で、駆け寄ったロイがハボックを助け起こす。
「ジャンっ、大丈夫かっ?」
「…ってぇ…っ」
「ちょっと見せてみろ。」
ロイがハボックのシャツを捲くって背中を見るとかなり赤くなっていた。
「早く手当てを…」
「ちょっと打っただけっスから大丈夫っスよ。」
「でも、ジャン。」
その時、2階からゆっくり下りてきたヒューズが口を開いた。
「へぇぇ、ハボックでも少尉でもなく、ジャン、ねぇ。」
その声にぎくりとして二人がヒューズを見上げる。しまった、という顔をするロイをヒューズは目を細めて見つめた。
「…そうか、そういうことか。」
昼間から二人の醸し出す雰囲気に妙に違和感を感じたのは、それが恋人同士のものだったからだ。そう気づいて
ヒューズはまじまじと二人を見つめた。その瞳をロイがきつく見返して言う。
「軽蔑するか、ヒューズ。」
そう問うロイの瞳をじっと見つめて、ヒューズはため息をつくと首を振った。
「まさかお前がワンコとねぇ…」
そう言うと天井を見上げてヒューズは眉間を揉んだ。

リビングへ戻るとハボックは片づけをするからとキッチンへと入ってしまう。ソファーに座ってハボックの入れたコーヒーを
飲みながらヒューズはロイに聞いた。
「いつからだ?」
「ん、ひと月くらいまえかな。」
そうか、と言って見つめてくるヒューズの視線にロイは決まり悪げに目元を染めて目を逸らした。ヒューズは暫く何も
言わずにロイを見つめていたが、静かに口を開いた。
「本気なんだな?」
そう言われてロイは真っ直ぐにヒューズを見つめて頷く。ヒューズはソファーに身を沈めるとやれやれという顔をした。
「まったくねぇ、誰にも落とせなかったお前を本気にさせたのがあのワンコとは…」
どんなにいろんな女性と付き合っていても、ロイのそれはいつも表面的なものばかりだった。恋愛劇を演じていると
いうか、相手の女性が喜ぶ恋人役を務めているという、そんな感じ。だから、ヒューズはいつも心配だったのだ。自分が
グレイシアというたった一人の相手とめぐり合ったように、ロイにも心から一緒にいたいと思える相手に出会えることを
ずっと願っていた。だから、それが女であれ男であれその時は祝ってやろうと思っていたのだが。
(ハボック少尉とは盲点だったな…)
言われてみれば確かに今の所ロイに一番近い所にいるのはあの男だ。だが、ロイにしろハボックにしろどちらかと
いえば女性が好きで、男なんてとんでもないという感じだと思っていたのに。
(世の中ってのは判らないねぇ。)
ヒューズはそっとため息をついてコーヒーをすすった。

ロイが2階の寝室へと引き上げた後、ヒューズはハボックを捉まえると玄関のポーチへと出た。何を言われるのだろうと
身構えるハボックにヒューズはくすりと笑った。
「ま、ロイは本気だって言うし、俺に反対する理由はないけどよ。でもな。」
そう言ってハボックを見つめる。真っ直ぐ見返してくるハボックにヒューズは言葉を続けた。
「これだけは言っておく。アイツを泣かせるようなことがあったら許さないからな。」
きらりと光る眼鏡のレンズにハボックは瞬いた。
「アイツはな、俺にとって家族みたいなもんだ。アイツには幸せになって欲しいんだよ。」
そう言うヒューズにハボックはにっこりと笑った。
「言われなくても、泣かせたりしませんよ。オレにとってあの人の笑顔は特別なんで。」
あの人の笑顔を守るためなら何でもします、と言いきるハボックにヒューズはげんなりした顔をした。
「そいつは結構なこって…」
心配することなどないのかもしれない。この男にならロイを任せても大丈夫だろう。ヒューズはニヤリと笑うとひらひらと
手を振って家の中へと入っていった。


2006/8/8


「ロイに『ジャン』ってうっかり呼んでほしいです!それがもとで2人のこと がヒューズにバレて…みたいなvv」ってリクをいただきました。ジャ、ジャン〜〜っっ!!
…知ってました?うちのハボとロイ、ハボロイでもロイハボでもファーストネームで呼び合ったことないんですよ。ロイハボssの中でハボが「ファーストネームで呼ぶのも呼ばれるのも恥ずかしいからヤダ」って言ってるのがあるのですが、まさしくソレ。私が恥ずかしくて書けないんです〜〜〜っ。で、でも、せっかくリク
いただいたのでチャレンジしてみました。あああ、やっぱり恥ずかしい///今回限りのファーストネームネタ、いかがでしたでしょうか?