over shoes, over boots
「大佐。今度オレんち来ませんか?料理作ってご馳走しますよ。」
執務室で書類に埋もれるロイにハボックがコーヒーを出しながら言う。
「料理?なんだ、突然だな。お前、料理なんて出来たのか?」
ロイは書いていた書類から目を上げて尋ねた。これまでハボックが料理をするなんて話は聞いたことがない。
「まあ、そこそこっスけどね。実は新しい料理を覚えたんで誰かに食べて貰いたいんです。」
大佐ならいろんなもの食べてるし、審査員にはうってつけでしょ、と言うハボックにロイは首をかしげた。
「新しい料理?ちゃんと食べられるものなんだろうな。」
「大佐、それ、ひでぇっスよ。」
ハボックが情けない顔をするのにロイが言う。
「創作料理とか言って訳のわからんものを食わされたら堪らんからな。」
「大丈夫っスよ。ちゃんと有名シェフのレシピだから。それにオレ、結構料理上手いと思いますよ。」
自信満々に言い切るハボックにロイは笑って頷いた。
「なら、その自慢の腕前、じっくり拝ませてもらおうか。」
「そう来なくっちゃ。」
そうしてにっこりと笑うハボックとロイは食事の約束を交わしたのだった。
「大佐。ハボの手料理食べる約束したんですって?」
ロイのサインを貰いにやってきたブレダが声を落としてロイに聞く。ロイは書類にサインをしたためながら答えた。
「ああ、なにやら新しい料理を覚えたので味見役が欲しいと言うんでな。」
ロイの言葉にブレダが思い切り顔を歪める。ブレダは言うべきか言わざるべきか悩んだ末、口を開いた。
「大佐…アイツの料理。出されても食わないほうが身のためですよ。」
低い声でそう言うブレダにロイは不思議そうな顔をする。
「なぜだ?料理、上手いんだろう?自分で言ってたぞ。」
ブレダはため息をつくと言った。
「本人はそう思ってますけどね。アイツが作る料理は怪奇物体Xですから。」
「怪奇物体X?」
「そう、見た目もアレですが、口にしたら最後、次の日の朝日は拝めないってシロモノです。」
まじめな顔をして言うブレダにロイは眉を顰めた。
「だが、普通の料理だろう?いくらヘタだとしてもそれは大袈裟なんじゃないのか?」
そういうロイにブレダはチッチッと指を振る。
「オレはアイツとはガキの頃からの付き合いっすけどね、アイツが母親の誕生日に作ってやったメシを食って、
母親が死に掛けたとか、子ども会でクッキー焼いてそれ食った子供が救急車で運ばれたとか…。そうそう、
士官学校時代、アイツが食堂の厨房借りて作った豚汁食った連中が食中毒になる騒ぎがあって、1週間
食堂が閉鎖されたなんてこともあったんですよ。」
他にもいろいろと、と言うブレダの話を聞いて、ロイの顔から血の気が引いた。
「な、なにかヘンな材料を使ったとかじゃないのか?例えばほら、そうだ、期限切れの食材を使ったとか…。」
必死に原因を探ろうとするロイにブレダは言う。
「大佐。アイツのすごいトコはどんなに普通の材料を使っても、どれほどレシピに忠実に作っても出来上がるのが
すべて怪奇物体Xになるトコなんですよ。」
恐ろしいことを言うブレダにロイはごくりと唾を飲み込んだ。
「今からでもキャンセルした方がいいと思いますけど…。」
「そのようだな…。」
知らなかったとはいえ、迂闊に味見役など受けてしまった自分をロイは心底呪うのだった。
「大佐。明日の晩ですよね、オレ、腕振るいますんで。」
楽しみにしていてくださいね、とニコニコと笑うハボックから目を逸らしてロイは口を開いた。
「ハボック、そのことなんだが…。」
「なんスか?」
「いや、ちょっと都合が…」
「えっ?ダメなんスか?」
途端にしょぼくれるハボックの様子にロイは慌てて言い繕う。
「い、いや、ダメになったという訳じゃっ」
「じゃあ、予定通り?」
不安そうに上目遣いで見つめてくる空色の瞳にロイは胸がズキンと痛んだ。
「あ、いや、その…」
しどろもどろに答えるロイを見てハボックは悲しそうに俯く。
「オレ、大佐の為に一生懸命腕振るおうと思ってたんスけど…。」
迷惑だったんですね、と涙ぐむハボックを見てロイの口から言葉が滑り出た。
「迷惑なもんか!私だって楽しみにしてるんだ!」
「本当っスかっ?」
途端にぱあっと顔を明るくするハボックにロイはドキドキしながら頷く。
「じゃあ、オレ、はりきって作りますっ!」
よし、頑張るぞと言ってハボックは執務室を出て行った。
「こ、断れなかった…」
パタンと閉じた扉にロイは空しく手を伸ばしながらがっくりとうな垂れたのだった。
「ブレダ少尉、何か対策はあるだろうか。」
「…結局食いにいくんですね。」
あんなに言ってあげたのに、と呟くブレダにロイはムキになって言う。
「そんなことを言うがなっ、あんなしょぼくれた犬みたいな悲しそうな顔をされてみろっ、断れるヤツがいたら会って
見たいもんだぞっ」
ガウと牙をむくロイに、はいはいと手を振ってブレダは答えた。
「そうですね、口にしないのが一番なんですけど…あらかじめ胃腸薬飲んどくとか。」
「それは効き目があるんだろうな。」
「…気休め?」
「〜〜〜っっっ」
拳を握り締めるロイから距離を置いてブレダが言う。
「もしかしてほら、最近は少し腕があがってまともになってるかもしれないしっ」
「そういうからには根拠があるんだな。」
「大丈夫ですよ、愛があれば、ねっ」
へらへらと笑うブレダにロイの目が細くなる。
「少尉。せっかくだ、貴官も一緒にどうだね?」
「えっ遠慮しますっっ」
「査定に響くぞ。」
「っ!!」
一瞬迷って、だがブレダはキッパリと言った。
「査定より命の方が大事ですっ!」
「そこまで言うような食事を私が食べなくてはならないのを黙ってみてるのかっ?」
「ちゃんと断れってアドバイスしてあげたじゃないですかっ!」
「何騒いでるんスか、2人とも。」
ぎゃあぎゃあと言い合う二人の後ろから聞こえた声に、ロイとブレダはピタリと凍りついた。ゆっくりと視線を廻ら
した先に、不思議そうな顔をしたハボックが立っていた。ハボックはにっこりと笑うとロイに言う。
「じゃ、大佐、行きましょうか。あ、そだ、ブレダ、お前も来る?」
「いやっ、せっかくだけど、先約があるからっっ!」
「そうか、残念だな。」
じゃあ次の機会に、と言うハボックにブレダは引きつった笑みを返した。
「じゃ、また明日。」
ハボックはそう言ってロイの背を押して促す。振り向きざま恨みのこもった視線を向けるロイに、ブレダは手を
合わせるのだった。
「昨夜から頑張って仕込んだんですよ。」
家に着くなりそう言ってハボックはキッチンへと入っていく。ロイは薦められるままにダイニングの椅子に腰を
下ろして恐る恐る周りを見回した。男の独り暮らしにしては綺麗に片付いた部屋だ。ロイはキッチンに立つ
ハボックに向かって言った。
「今日のメインはなんだね?」
「子羊と根菜のチリトマト煮込みっス。」
「子羊…。」
「後は春野菜のカルパッチョサラダと…」
今夜のメニューを並べ立てるハボックの声を、だがロイは聞いていなかった。
(煮込みなら材料入れて煮るだけだろう?そんなに奇怪なものが出来るとも思えんが…)
大体男の手料理なんて大雑把なものだ。盛り付けが多少汚くても味はなかなか、なんて話もよく聞くではないか。
(そんなに心配することはないのでは…)
ロイが必死にそう自分に言い聞かせているうちにキッチンからはなにやら良い匂いがしてくる。
(お、なかなかいい匂いじゃないか。やっぱりブレダ少尉が大袈裟なんだ。)
明日の朝日が拝めないなどと恐ろしげな事を言うからビビッてしまったではないか。ロイが明日、ブレダに会った
らきっちり絞めてやろうと考えていると、ハボックがキッチンから出てきた。
「お待たせしましたぁ。」
にっこり笑ったハボックがデンとテーブルに置いたその皿の上には。
なにやら毒々しいオレンジ色の塊が野菜と思しき欠片と混ざって盛り付けてあった。
まじまじと見つめるロイの鼻に強烈なにんにくとチリの匂いが漂ってくる。
(なんだ、この禍々しい物体わっ!それにこの強烈な臭いはなんだっ!さっきまではこんな臭いじゃなかったぞ!)
「さ、大佐。熱いうちに食べて下さい。」
そう言って取り分けてくれようとするハボックにロイは慌てて言った。
「ハボック、この料理、味見はしてるんだろうな。」
「やだな、当たり前じゃないっスか。味見もしないで出すわけないでしょ。」
ハボックの答えにロイは胸を撫で下ろす。
(味見をしているなら大丈夫だ。少なくとも食べられるシロモノと言うわけだし)
味が好みかどうかはこの際別問題だ。とりあえず食べられる物であれば文句を言う気はない。
「自分で言うのもなんですけど、結構美味かったですよ。」
そう言われて皿を受け取ると、ロイはごくりと唾を飲み込む。手元に来た料理からは更に強烈な臭いが漂って
きた。
「さ、どうぞ。」
期待に満ちた目でロイが食べるのを待っているハボックを前にして、ロイはフォークを取り上げた。バクバクと
音を立てる心臓を宥めてロイはフォークを突き刺す。目の前まで持ち上げた物体をじっと見つめた後、ぎゅっと
目を瞑ってパクリと口に放り込んだ。
「……ッッ」
「どうですか、大佐?」
にっこりと笑ってハボックはロイの答えを待つのだった。
翌日。
「なあ、ハボ。昨日大佐、どうだったよ。」
結局は見捨ててしまった上司に多少気持ちが咎めながらブレダはハボックに聞いた。するとハボックは嬉し
そうに答える。
「それがさ、大佐、オレの料理完食してくれたんだぜ。」
「完食っ?マジっ??」
「そ。オレの料理全部食ってくれたのって大佐が初めてでさ。」
すげぇ嬉しいと笑うハボックにブレダは聞いた。
「お前、料理できるようになったの?」
そう聞かれてハボックがムッとする。
「なんだよ、それ。オレは前から料理出来るってぇの。」
それにしても完食とは、ハボックの料理の腕もまともになったのかもしれないと思いつつ、ブレダは言った。
「で、今日、大佐は?姿見えないけど、会議か何かか?」
ブレダに聞かれてハボックは僅かに眉を顰めて答えた。
「うん、それがさ、昨夜のうちに入院したんだって、大佐。」
ハボックの言葉にブレダの動きがピタリと止まる。
「救急車で運ばれたらしいんだよ。どうしたんだろうな。」
悪い病気じゃなきゃいいけど、などと心配するハボックを前に、九死に一生を得たブレダは行かなくてよかったと、
心底思ったのだった。
2007/3/10
拍手リク「もしもハボックの料理の腕 前が下手どころでなく怪奇物体Xを作り上げるような腕前だったら。みたいな話」でした。なんだか久しぶりに
ワンシーンss的なものを書いた気がします〜。終わりはベタと言えばベタですが(苦笑)ハボロイなんだかロイハボなんだかよく判らない話ですが、
というより、デキてるかも怪しい感じですね。でも、たまにはこんなのも良いかと思ったのですが…。タイトルの「over shoes, over boots」は
「毒を食らわば皿まで」という意味です。お楽しみ頂けたら嬉しいです。