きゅんきゅん
「たいさぁ、礼服、もう出しました?」
ロイがソファーで本を読んでいると、リビングのドアからひょいと顔を出したハボックが言った。
「いや…」
「明日ですよ、士官学校の入学式。一応確認しておかないと。」
「…出たくない。」
「たいさってば。」
本で顔を隠して不貞腐れたように言うロイに、ハボックはため息をついた。
「またそんなワガママ言って…。仕方ないでしょ、来賓で呼ばれちゃったんだから。」
「なんで私が入学式で挨拶なんぞしなくてはいけないんだ。」
「そりゃ、焔の錬金術師である大佐に新入生を鼓舞して貰おうっていうんじゃないっスか?」
ハボックがそう言えばロイはぷうと頬を膨らませる。
「軍なんてロクでもないところだと言ってやる。」
「またそういうことを…。」
不機嫌を隠そうともしないロイに苦笑すると、ハボックは用意しておきますねとリビングを出て行こうとする。その背に
ロイは慌てて声をかけた。
「明日はお前も行くんだろう?」
「お供でね。たかがお供なのにわざわざ礼装しなきゃならないオレの方がよっぽど可哀相っスよ。」
そうぼやくとハボックは2階へと上がっていってしまった。
「ほら、大佐。さっさと食べちゃって下さい。間に合いませんよ。」
急かされてロイは眉間に皺を寄せながらパンにかぶりついた。
「やっぱり今日はやめにしないか?」
「往生際が悪いっスよ、たいさ。」
ハボックはそう言うと最後の一口を口に放り込んだ。がちゃがちゃと汚れた食器をシンクに突っ込みながら言う。
「もう時間ないっスよ、早く着替えて下さいね。」
そう言われて、コーヒーでパンを流し込むとロイは席を立った。
「ああ、めんどくさい…。」
「お願いですから新入生の気をそぐようなことは言わんで下さいよ。」
ハボックに釘を刺されてロイはむぅと唇を突き出すと、着替えるべく2階へと上がっていった。
「大佐、準備できました?」
軽いノックの音と共にハボックの声がした。がちゃりと扉の開く音がしたが、ロイはねじれてしまった礼服の肩飾を
直すのが忙しくて振り向きもしない。
「たいさ?」
「ちょっと待て。肩飾がねじれて…」
「ああ、見せて下さい。」
そう言われてロイはハボックの方を振り向き伏せていた視線をあげる。そうして。
「…っ?!」
目の中に飛び込んできたハボックの姿に息を飲んだ。普段より少し丈の長い上着は長身のハボックによくフィット
して、その鍛えられた体を引き立てていた。いつもはツンツン立たせている金髪をきちんと整えているその様は
まるで別人のようだ。そしてなにより、礼服の青色がハボックの空色の瞳とよくあっていて、背筋をピッと伸ばして
立つ姿は一幅の絵のようだった。
「はい、直りましたよ。」
ハボックはそう言うと、手の甲でロイの胸をぽんと叩く。途端、よろりとよろめいたロイに、ハボックは慌ててロイの
腕を掴んだ。
「…と、大丈夫っスか?」
心配そうに覗き込んでくるハボックにロイの心臓が跳びはねる。今まで止まっていたのではないかと思った心臓
が、すごい勢いでバクつくのに、ロイは慌ててハボックを押しやった。
「な、なんともないっ」
そう言うと、ロイは紅くなる顔を隠す。ハボックはそんなロイを不思議そうに見つめていたが、にっこりと微笑むと
言った。
「大佐、すげぇカッコいいっス。」
しげしげと見つめて言葉を続ける。
「それなら新入生もやる気満々っスよ。」
そう言ってにっこり笑うハボックをロイは正視できない。手放しでロイのことを褒めるハボックにロイはようやく口を
開くと言った。
「お前は礼装、似合わんな。」
服に着られてるぞ、とロイが言えば、ハボックはひでぇと顔を顰めた。
「どうせオレは大佐みたいに正装しなれてませんもん。」
着る機会なんてないっスから、と不貞腐れたように言うハボックをロイはちらりと見る。途端にばくばくと早まる鼓動
にロイはちっと舌打ちした。
(別にいつもの格好とそんなに変わらんじゃないか。何をこんなに動揺してるんだ、私はっ)
ロイは必死に自分に言い聞かせるが、そうすればする程速まる鼓動をどうすることも出来ない。ロイが一人で悩んで
いると、ハボックがロイの背中を押した。
「さ、行きましょう。遅刻なんてしたら中尉に怒られちまう。」
そう言って微笑むハボックをカッコいいと思ってしまった自分をロイは叱り飛ばした。
士官学校の敷地内に車を止めると、ハボックは運転席から降りて後部座席の扉を開ける。ロイがハボックを連れて
建物の中に入るとすぐに教官と思しき人物が駆け寄ってきた。
「マスタング大佐!今日はわざわざ起こしいただきましてありがとうございます。校長がお待ちしておりますので、
どうぞこちらへ。」
ロイは頷くと教官について歩き出した。入学式を控えた学内はざわざわとざわついており、新入生を迎える準備に
忙しい教官やら在校生やらが足早に行き来していた。自分たちの作業に忙しい彼らが、だが、ロイたちが通り
過ぎるとその手を止めてロイたちの姿を視線で追う。コソコソと囁きあう彼らの姿にハボックがロイの耳元で言った。
「たいさ、相変わらず注目の的っスね。みんな見てますよ。」
そう言って能天気に笑うハボックをロイは横目で睨みつける。
(なんでこう、鈍いんだ、コイツはっ!)
普段他人から見られる事に慣れているロイは、それが自分に向けられているものなのか、好意か悪意なのか、
それぐらいはすぐに判る。今、自分たちに向けられている視線の半分――いやもしかしたら半分より多いかもしれ
ない――は、ロイではなくハボックに向けられたものだ。
(くそーっ!不躾にハボックのことをじろじろ見るんじゃないっ!!)
ロイはムカムカする気持ちを抑えきれず心の中で叫ぶ。
(お前もお前だっ、そんなニコニコして辺りを見回すなっ)
微笑むのは自分に対してだけでいいんだと思い、ロイはそんなことを考えてしまった事に一人慌てる。目元を染めて
足を速めるロイにハボックが笑った。
「あれ、照れてるんスか?珍しいっスね。」
(…バカ―――ッッ!!)
心の中で思い切り叫んでハボックを睨みつければへらりと笑う顔に、ロイは殴りつけそうになるのを必死に押さえた
のだった。
ロイを誉めそやす校長を適当にいなして入学式に望んだロイだったがはっきり言ってサイアクだった。来賓の挨拶
を求められて上がった壇上からふと視線を落とした瞬間に目に入ったハボックの姿に動揺し、振った手に当たった
マイクスタンドを壇の下まですっ飛ばして会場中に嫌なハウリング音を響かせてしまった。その所為で更に動揺した
ロイは、正直何を話したか覚えていない有様で、挙句の果て恥ずかしさのあまり急いで降りようとした階段を踏み
外して。
「危ないっ!!」
滑り落ちそうになったロイを伸びてきた腕が咄嗟に支える。慌てて縋りついたロイだったが、次の瞬間シンと静まり
かえった会場の様子を不審に思ってあけた瞳の目の前に、ハボックの顔があった。
「大丈夫っスか、大佐?!」
そう言ってぐっと自分を支えてくれる力強い腕に瞬く間に顔に血がのぼる。ハボックはロイの体をひょいと抱き上げて
壇の下まで下ろすと、踏み外した拍子におとした帽子を拾ってパタパタと埃を払い、はい、とロイの頭に載せた。
「っっ!!」
そのハボックの手をバッと振り払って来賓席に戻るロイの耳に、騒めきともため息ともつかぬものが届いたのだった。
入学式を終えて、話をしたいという校長を振り切って、ロイは足早に士官学校の建物を出た。ハボックが車を回して
いる間、所在なげに立っていたロイの気分は最低だった。こんなみっともない姿を曝したことなど初めてだ。今まで
どんな時でも人前で失態を曝したことなどないというのに。
(それもこれも全てハボックのせいだ…っ)
ロイは唇を噛み締めるとまるでそこにハボックがいるかのように宙を睨みつける。
(ああ、くそっ、ムカツクっっ)
一発殴ってやらなければ腹の虫が収まらない、ロイがそんな物騒なことを考えていると、目の前に車がすっと
止まってハボックが降りてきた。
「お待たせしました。」
そう言ってにっこり笑うハボックに、殴ってやろうと握り締めていた手の力が抜ける。
「たいさ?」
不思議そうに名を呼ぶ声にボーッとハボックを見つめていたロイは、ハッと我に返ると慌てて車に乗り込んだのだった。
「大佐、家に戻る前にちょっと川沿いの方、回っていきません?」
車を走らせるとすぐそう言うハボックにロイは聞いた。
「川沿い?何かあるのか?」
「ちょうど今、アーモンドの花が満開なんですって。」
「花見か?でもこれから着替えてすぐ、司令部に行かなきゃならんだろう?」
「ちょっとだけ、ね?」
ルームミラー越しにロイにおねだりするハボックの甘えた顔に、ロイは目元を紅く染めながらチッと舌打ちした。
「仕方ないな、ちょっとだけだぞ。」
いかにも仕方がないと言う風に返事をしながらも、ロイはハボックの礼装姿をもう少し眺めていられることに、心が
うきうきとするのを止められない。だが、顔にはそれを出さずにそ知らぬ顔でいると、ハボックが嬉しそうに言った。
「デートっスねー。それも礼装姿の大佐となんて、すげー嬉しいかもっ」
そう言われてロイは「バカ…」と呟いたのだった。
車から降りて川沿いの道をゆっくりと歩く。時折はらりと花びらが落ちてくるのを手の平で受け止めて、ハボックが
満面の笑みを浮かべた。
「ほんとに満開っスね。」
そう言って枝を見上げたハボックは、一歩後から付いてくるロイを振り返ってにっこりと笑った。
「たいさ、すげぇきれいっス。」
カメラ持ってくりゃよかったなぁ、などとぼやくハボックを見つめるロイはハボックの方がよほど綺麗だと思う。
青い空とそれに浮ぶ薄紅色の花を背にしたハボックは青い礼服にその空色の瞳が映えて、きらきらと陽の光を
受けて輝く金髪と相まって、ハボックをより一層魅力的に見せていた。時折行きかう人々が2人を見ては囁き
あったり、不躾にならないよう気を使いながら何度も見返したりしている。ロイは自分が他人の注目をどれほど
集めているのか全く気がついていないハボックを好ましく思うと同時に、そんなハボックを自分のものなのだと
叫びたい衝動にかられた。これは自分だけのものだと、だからそんなにジロジロ見るなと叫びたい。でも、実際
そんなことが出来る筈もなく、ロイが唇を噛み締めて視線を落としながら歩いていると、不意にロイの手を暖かい
物が包んだ。それがハボックの手だと気づき、驚いて見上げる視線の先でハボックが微笑んだ。
「手、繋いでいいっスか?オレのだーって叫ぶ代わりに。」
ふざけた口調で、でも真剣な光を湛えて蒼い瞳が笑う。ロイは少しの間その瞳に見惚れていたが、やがて小さく
笑うとそっとその手を握り返した。嬉しそうにロイの手を引きながら歩き出したハボックが囁く。
「今日はこのままサボっちまいましょうか。」
「中尉に撃たれるぞ。」
「うー、それはイヤかも…。」
残念そうに顔を顰めるハボックにロイは楽しそうに笑うと、頭上を覆う薄紅の花を見上げた。
2007/2/6
拍手リク「礼装ハボックを見てきゅんきゅんするロイが読みたいです…。乙女ロイでもいいんですけどツンデレロイなら尚オイシイと思います」でした。
軍部の礼装がどんなだったか忘れちゃったんですけど(←確認しろっ)確か丈が長かったような気が…。まぁ、えー、イマジンして下さいってことで(殴)
ハボ、わらいすぎだから。いやきっと、礼装ロイと一緒に歩けるのが嬉しいですよ。ツンデレロイというご希望だったのですが、ス、スミマセン、どうも
苦手でー(汗)少しでも楽しんでいただけたら嬉しいですぅ。