犬も喰わない  後編


夕方、家にやってきたロイを中に招き入れて、ブレダはとりあえず椅子を勧めると言った。
「メシ、大したもんありませんからね。俺は誰かさんと違って料理なんてようしませんし。それから、ベッドですけど
 シーツ替えときましたんで使って下さい。」
「少尉はどこで寝るんだ?」
聞かれてブレダはロイが座っているソファーを指差した。ロイは自分が座るそこを見下ろして言う。
「少尉には狭いだろう。私がここで寝るから。」
「大佐に風邪でも引かせたら、俺が殴られますから。」
だからベッドで寝て下さい、と言うブレダにロイは不機嫌そうな顔をした。そんなロイにブレダはため息をつくと言う。
「きちんと話をすべきだと思いますよ。」
言われてますます不機嫌になるロイに、ブレダはやれやれとため息をついてダイニングへと立ったのだった。

翌朝、ハボックが苛々とロイが出勤してくるのを待っていると、始業ぎりぎりになってロイがブレダと連れ立って
やってきた。無言で見上げてくるハボックと目が合うと、ロイはワザとらしく視線を逸らしブレダに話しかける。
「昨夜は色々話が出来て楽しかったよ、ブレダ少尉。」
「へっ?ああまぁ…」
妙に身を寄せてくるロイから少しでも離れる努力をしながらブレダはちらりとハボックの様子を窺う。その空色の
瞳が冷たく自分を睨んでいるのを見て、ブレダは背中を嫌な汗が流れるのを感じた。
「どこかの誰かさんと違って、少尉は人の話を親身になって聞いてくれるから嬉しいな。」
「いや、そんなソイツと俺と、それほど変わんないと思いますけどっ」
「そんなことはない。今夜もまた色々話をさせてくれたまえ。…な?」
「ははは…」
しっとりと見上げてブレダの腕にそっと触れるとロイは執務室に入ってしまう。ブレダは背中に食い入るような視線
を感じて、とても振り向く勇気が起きなかった。

それから毎日、ロイは夕方になればブレダの家に泊まりに行き、そのたび行われる陰湿なやり取りにブレダは
体重計の針が普段の位置より左回りに回転するという最近では滅多に見られない現象にお目にかかっていた。
「…ハボック。」
「なんだよ。」
「お前ら、いつになったら仲直りすんだよ。」
「…さあね。」
視線を泳がせてそう言うハボックにブレダは自分の机をバンッと叩いた。
「さあね、だあっ?!お前、いい加減にしろよっ!いい加減、大佐迎えに来いっ!!俺の安らかな暮らしを返せッ!!」
血走った目で自分を睨みつけるブレダにハボックは唇を突き出した。
「仕方ないだろ、避けられてんだから。」
「大体護衛の仕事まで回ってきてんだぞ。おかげで俺の仕事は山積みだっ、どーしてくれるっ!」
「だって、大佐はオレの護衛はいらねぇって言うし、だからって護衛なしってワケにいかないだろ。」
「お前らが仲直りすればすべては上手くいくんだよっ!!」
噛み付きそうな勢いでそう言うブレダを無視してハボックは時計を見ると立ち上がる。
「オレ、訓練の時間だから。」
「ハボックッッ!!!」
ハボックはブレダの怒鳴り声から逃げるように司令室を後にした。

ロイは執務室でブレダの怒鳴り声を聞きながらぼんやりと窓の外を眺めていた。あれから1週間、何度か説明しよう
としていたハボックも、あまりに頑ななロイの態度に流石にここ数日は話しかけてこなくなった。まともにハボックの
顔すら見ていない状況に、ロイの胸はきりきりと痛む。それでもハボックがエレンといた光景を思い起こす度、ロイ
は素直にハボックの言葉に耳を貸す気にはなれなかった。
「アイツなんてキライだ…」
心の内とは逆のことを呟いて、その言葉に傷ついて、ロイは震える吐息を吐き出す。ふと視線を向けた外の建物の
影にエレンの姿を見つけてロイはハッとする。そしてそのエレンの元へ駆け寄ってくる金髪の姿にロイは目を見開い
た。ここ数日、自分には向けられない笑顔をエレンに向けるハボックを見ていられなくて、ロイはずるずると窓の
下にしゃがみこんでしまった。

(なんかますます機嫌悪くないか…?)
ブレダは家のソファーで膝を抱えて座り込むロイを見てそう思う。ロイは夕飯も取らないままじっとソファーの上で
縮こまっている。そんなロイになにか話しかけるのもはばかられて、ブレダは重苦しい空気に耐えられずにそっと
ため息をついた。その時、コンコンと軽く扉をノックする音が響き、ブレダは立ち上がると玄関へと向かった。
「はい?」
扉を開けずに言えば外から女性の声が聞こえた。
「ハイマンス・ブレダ少尉のお宅ですか?私、総務のエレン・カシュナーと言います。」
その声に慌てて扉を開けたブレダの前にブロンズの美人が立っていた。
「こんばんは。夜分に申し訳ありません。こちらにマスタング大佐がいるとうかがったものですから。」
「ああ、確かに来てるけど…」
なにか、と尋ねるブレダにエレンはにっこり笑うと答えた。
「よかった。これを大佐に渡していただけますか?」
そう言うとエレンは小箱をブレダに差し出す。
「ハボック少尉から預かってきたんです。」
エレンの言葉にブレダはハッとすると慌てて言った。
「ちょっと待って。今、大佐呼んでくるから、説明してくれないかっ?」
ブレダの様子にエレンは目を丸くしながらも頷いてくれる。ブレダはホッと息をつくと中へ飛び込み慌ててロイを
呼んだ。
「大佐っ、ちょっと玄関に来て下さい。」
ブレダの言葉にロイは怪訝そうな顔をする。
「総務のエレン・カシュナーが来てるんですよっ」
ブレダが口にした名前に、途端ロイの体が強張る。
「話すことなんてない。」
「大佐っ、いつまでそうやってるつもりなんですか?そんなことしてたって何の解決にも――」
「あのぉ、すみません…。」
ソファーから動こうとしないロイをブレダが必死に説得しようとしている所に遠慮がちな声がかかった。ハッとして
2人が声の方へ顔を向けると、エレンが部屋の入り口で困ったように立っていた。
「お話し中すみません。でも、これをお渡しした方がいいと思って…。」
エレンはそう言ってロイの前に立って手にした小箱を差し出した。ロイはふいと視線を外すと囁くように言った。
「受け取る理由がない。」
「マスタング大佐。」
不貞腐れたようなロイの態度にエレンは子供に言い聞かせるように優しく言う。
「ハボック少尉から貴方にと預かったものです。中を見るだけでも見てくれませんか?」
エレンはそう言うと辛抱強くロイの前に箱を持った手を差し出し続けた。ロイは横目で睨むように箱とエレンを
交互に見つめていたが、やがてそっと手を伸ばすと箱を手に取った。古いビロード張りの小箱を暫く見つめ、
ロイはそっとその蓋を開く。息を詰めるロイの目に飛び込んできたのは凝った火蜥蜴の紋章を刻み込んだ古い
銀製の指輪だった。呆然と指輪を見つめるロイの耳にエレンの声が聞こえた。
「偶然、錬金術の本でこの指輪の写真を見つけたそうです。私の伯父は骨董品店をやっているので何とか探せ
 ないだろうかって相談を受けてました。」
エレンはそこで言葉を切るとロイを見つめる。指輪から視線を上げたロイの目を見つめながらエレンは言葉を
続けた。
「この間ようやく指輪が手に入ったと伯父から連絡を受けたので、ハボック少尉に伝えました。あんまり喜ぶから
 よっぽど大切な人にあげるのねって聞いたんです。そしたら。」
エレンの緑色の瞳がロイをまっすぐに見つめた。
「とても尊敬していて、誰よりも大切な人に自分の側にいてくれることへの感謝を込めて贈るんだって。それは
 幸せそうに。」
エレンの言葉が乾ききったロイの心に染みこんでいく。ロイはエレンを見返すと口を開いた。
「ハボックは今どこに?」
聞かれてエレンは困ったように答えた。
「それが…指輪を買い取るには少々お金が足りなくて…この1週間ほど、ホストクラブでバイトを…。」
「ホストクラブ?!」
ロイはソファーから飛び上がるように立ち上がるとエレンに聞いた。
「どこのっ?!」
「確かアムールって言う…」
ロイはエレンの言葉を最後まで聞かずに部屋を飛び出していく。エレンは呆然とその背を見送って呟いた。
「ホストクラブって言っても厨房なんだけど…」
そうしてエレンは困ったようにブレダに笑いかけたのだった。

繁華街のほぼ中央にある会員制のその店の扉を開けると、ロイはずかずかと中へ入っていく。きょろきょろと
店内を見回すロイに店の支配人と思しき男が近づいてきた。
「お客様、当クラブは会員制になっておりまして…。」
「ジャン・ハボックという男がいるだろう。」
「は?ジャン・ハボックですか?」
「そうだ。すぐここへ呼べ。」
「そう言われましても…。」
「ここへ呼べ!今すぐだ!」
ロイが苛々とそう怒鳴った時、店の奥からハボックが顔を出した。
「やっぱり大佐!なんでこんなところに…。」
驚いたようにそう言うハボックは油で汚れたエプロンを身に着けている。ロイはそんなハボックの格好に目を
見開くと聞いた。
「お前、なんでそんな格好…。」
「だってオレ、裏方ですもん。」
尚も言い募ろうとロイがした時、咳払いと共に2人に声がかかった。
「ハボックっ、そんな格好で店に出られちゃ…」
「ああ、すみません!大佐、ちょっと飲んで待ってて下さいよ。オレまだ仕事途中なんで。」
ハボックはそう言うと勝手にボトルを注文してロイを奥まったテーブルにつかせる。
「少し酒飲んで待ってて下さい。」
ハボックはそう言うと見上げるロイの髪をくしゃりとかき混ぜ、足早に店のキッチンへと入っていったのだった。

夜更けの道を先を歩くハボックの後についてロイは歩いていた。酔いに上気した頬につめたい風が心地よい。
ロイは暫く考えた末、口を開いた。
「カシュナー准尉からこれを貰った。」
そう言って立ち止まるとビロードの小箱をハボックに差し出す。数歩先で立ち止まったハボックは振り向くと
困ったような顔をして笑った。
「随分前にアンタがソファーの上に置きっぱなしにしてた錬金術の雑誌でそれを見つけたんです。」
そう言ってロイを見つめると続ける。
「一目みてアンタにあげたくて、でもどこ探しても見つからなくて、そんな時、エレンの伯父さんが骨董屋をやって
 るって聞いて、探すの頼んだんです。で、やっと見つかったって連絡貰ったまではよかったんスけど、金が
 足りなくて…。」
それであそこで裏方のバイトを、と言うハボックにロイは聞いた。
「どうして正直に言わなかったんだ?」
聞かれてハボックは照れたように頭をガシガシとかく。
「いや、その…驚かせたかったし、それに」
カッコ悪いでしょ、と笑うハボックにロイは目の奥が熱くなるのを感じた。
「ちゃんとお前から渡してくれ。」
ロイはそう言って俯くと箱をハボックに差し出す。ハボックは小さく笑うとロイの手から箱を取り上げ指輪を手にした。
「たいさ…愛してます。」
そう囁くとハボックはロイの手を取りそっと指輪をはめる。ポロリと涙を零すロイを抱き寄せると、ハボックはそっと
口付けていった。


2007/2/8


拍手リク「日記に書かれてたみたいなハボロイのケンカ云々なssが読みたいですー!きっと両者からとばっちりをくうであろうブレダ氏が目に
浮かびます……」でした。ss書くときはいつも行き当たりばったりでやってますが(←おい)ハボが夜中に出かけた理由も、エレンが何を持って
きたかも、書く寸前までまるで考えてなかったと言う…。ハボとロイとブレダが勝手に動き回ってたって感じです。はっきり言ってロイが乙女ですね、
いつにも増して(苦笑)楽しんでいただけたら嬉しいですぅ。