傍観者の俺
〜 ワン・ハボック大型犬少尉とロイ・マスニャング黒猫大佐 〜


by 葉月なおみ




「あっれーブレダじゃん うっわまさかこんな場所で会えるなんてな!」
 全開の笑みという表現にふさわしい笑顔で、尻尾をブンブン振って挨拶してきたのは、大佐がスカウトしてきたという、大型犬だった。

 犬でありながら犬が大嫌いだというジレンマを持った俺は、現在の猫率が高い職場を気に入っていたのだが、その心の平穏はフサフサの尻尾を持ったハボックと名乗る者によって破られた。
 …フュリー?ああ、あれは新種の猫だ。その証拠に俺より小さいしワンとではなくキャンとしか鳴かないし…欺瞞といわば言え。とにかくあれは、俺の中では新種の猫だから、問題はない。

「うわ久しぶり 俺覚えてる?」
「おお覚えてるとも」
 俺が犬嫌いになった根本はお前だと告げてやりたいのを堪えて、嫌悪を顔に出す真似だけはすまいと、一歩下がる。
 我ながら大人気ない対応だとは思うが、まだ幼い頃『あなたと同い年の仔が遊びに来るのよ 仲良く遊んでね』と言われ、訪れてきた奴が成長早い大型犬で、俺の二倍の体格はあったくせに中身は無邪気な子犬そのもので『遊ぼっ!』と飛び掛ってきて潰されたトラウマが、記憶の底から拭いきれないのだから、仕方がない。

 確かに同い年ではあったが、大型犬の自分と中型犬の俺とのデカさの差というのを、こいつはまったく考慮していなかったのだ。

「ワン・ハボックだろ覚えている 改めてだが俺はハイワンス・ブレダだよろしく」
 ジリジリと後退し、細い目の哲学者風貌したファルニャンを盾になんとか挨拶をした俺を、ハボックは不思議そうに見詰め返していたが、元々細かい物事にこだわらないのだろう、すぐに『こちらこそ』と返して頭を下げた。

 この室内で、この大きな犬と机を並べる破目になってしまい毎日をどうやり過ごそうかの俺の心配は、懸念だった。
 童顔で俺より年上なクセ、いつまで経っても仔猫にしか見えない顔立ちの黒猫上司が、少しでも目を離すといつのまにか逃亡するのはいつもの事。
 だが、今度入ってきたハボックはその猫の鈴ならぬ、居場所探知機としての能力が抜群で、よく外を駆けずり回されているのだ。

 金網越しといった、自分では越えられない場所で大佐がサボっていればわざわざ中尉を背中に乗せて戻ってくるというのだから、そのやり方は過去に大佐の逃亡に困らされていた俺達にとって清々しい程なのだが、大佐もさる者で、さらにその裏をかこうと外を歩き回っている。

 見つかれば見つかったで、どうやらハボックが年下に甘いらしいと見取った大佐は、自分の童顔を徹底的に利用して、叱られればいとも哀しげにニャウンと小さく啼いて俯いて動揺を誘い、昼寝に巻き込みたい時は黒い毛玉みたいに丸まってハボックの腹部にくっついてミャ?とお誘いしてくるというのだから、…アイツも色々大変だろうとこちらが察するぐらい、ハボックは机前に座っていた事がない。

 ……俺はやはり犬が嫌いだが、大佐が後ろ首を咥えられ逃亡犯よろしく運ばれてくる姿や、大好きなお外の散歩ならぬ市内視察で、大型犬の背中に乗ってる黒猫の図というのは微笑ましくもなくもない。
 さらに仮眠中、生き物にとって弱点である腹部を真上にさらけ出してハボックの足先を枕に前脚と後ろ脚の間で熟睡している大佐の姿、というのは周囲にとっても癒し効果になるらしく、他の部隊とのコミュニケーションもおかげさまで上々になっている。

 ……あいつのおかげで、マスニャング組の仕事に協力者が増えスムーズになった事や、大佐のお目付け役を見事にこなしている事、そして何より胸元で眠る大佐を見守る優しいハボックの目線から来る安心感。
 
 ――俺の犬嫌いは、ほんの少し薄まりそうだった。




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月とサカナとココナッツ」の葉月さまのワンニャンハボロイの続編です。
「犬嫌いのブレダは犬なのか猫なのかどっちでしょう」と伺ったところ
「犬嫌いのブルドッグ系わんこ」というお返事を頂き、
例によってそんなお話読んでみたいーっと騒ぎ立てましたらこんなステキなお話に!
仔犬のクセにでっかいハボにバフンと圧し掛かられるブレダを想像するとおかしくてタマリマセンvv
ワンニャン東方司令部、可愛くって楽しくって最高です!!
葉月さま、いつもステキなお話を読ませてくださってありがとうございます!!