少尉の君と大佐の私
〜 ワン・ハボック大型犬少尉とロイ・マスニャング黒猫大佐 〜


by 葉月なおみ




 逃亡しそこねた黒猫が、後ろ首を咥えられ背中を丸めた姿で自分の執務室へと、金の毛並みを持つ大型犬に廊下を連行されて行く姿は既に東方司令部での、日常茶飯事の一部となっている。


「はにゃせ バカ犬っ!上司に対して失礼だと思わんのかっ」
「…興奮して猫訛りになってますぜ 大佐」
 器用に牙の端にロイの襟をひっかけ、咥えたまま話すハボックは上司の罵倒などどこ吹く風で、一向に脚を止める様子がない。このままでは、部屋に連れ戻されてしまうと懸念したロイが、良い案を思いついたとばかり顔を輝かせ、後ろ上方に振り返った。

「視察に行くぞ ワンッ!」
 念の為に解説しておくが、ここでのワンとはハボックの名前である。ロイがいきなり犬訛りになった訳ではない。
「…昨日も行きましたよ?」
「一昨日も一昨昨日(さきおととい)も行ったな だが市井の生活に触れ合っておくというのは重要だぞ」

 宙ぶらりんの状態で、ぱたぱたと長い尻尾でハボックの鼻先を軽く叩いてくるロイは、もう心は外に飛んでいるようだ。
 本来であれば、ハボックとて外が好きだ。
 いやむしろロイに従うなんて思わなければ、たとえ雨風が避けられるとしても四方壁に囲まれた部屋の中にいるより、太陽や風、土や緑といった自然に直接触れ合えるままの生活を望み、続けていただろう。

――正直、軍に入ったとしても上役の目を盗んで気儘に逃亡しようとすら企んでいたのだが――

 自分が逃げるより先に、上司が逃亡してしまってはどうしても追いかける側にならざるをえない。これってどういう理不尽だと、吐息をつくハボックの内心なぞ気付く様子も無く、「外だ外」と上機嫌に繰り返すロイを、ハボックは一度地面に下ろした。

「…中尉に怒られるとき責任取ってくれるんスか?」
「お、お前も一緒に外に出るんだから共同責任だ」
「そんなのゴメンです さ、部屋に帰りますよ」
「…ワンは外に行きたくないのかね」
「行きたいですとも 大佐が書類をキチンと片付けて処理してくれてから心置きなく気持ちよくね」
「………」
 しょんぼりと背を丸め、俯きながらハボックの後をほたほた付いてくるロイに、ハボックは今度は傍目からもはっきり解る大きな溜息を洩らした。

「ホラ大佐 しっかり歩いて…ちゃんと書類処理終わらせたら今日の視察 頭に乗っていいっスから」

 本来部下を乗り物がわりに使うなと、抗議されて良い事実ではあるが足並みの都合と、部下当事者であるハボックの「護衛ならこっちの方が楽ですし」の言葉と、なにより見た者が和むといった諸事情によりロイの市井視察は、ハボックの背中にロイがおぶさる形での巡回が常となっている。

 だがロイ当猫は、普段自分では味わえぬ視点の高さを味わえるなら一番高い場所がよいと、ハボックの頭上にしがみつくのを気に入っていた。しかし頭上にロイが来ては、幾らロイの体重が軽いといっても流石に首が疲れると拒否されることが多く、滅多にその位置での巡回は許されておらず、今のご褒美としてのハボックの言葉はロイにとって嬉しいものだった。

「よしっ 早く片付ける!」
 笑顔を浮かべ、早足になるロイをゆったりと追うハボックは、不自由で拘束が多くて、首輪こそ免れたが代わりに義務付けられたドッグタグがウザくて仕方ないのに、どうしてだろう毎日が楽しくて仕方がないと、無意識に尻尾を振りながら執務室へ戻って行くのだった。




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月とサカナとココナッツ」の葉月さまのわんにゃんハボロイの続編です。
前回わんにゃんハボロイを拝読した時に「かわいいーーッ、欲しーッ」と喚きたてましたところ
持ち帰りを許可くださったばかりか
「続きを書きましたので宜しければ」などと嬉しいお言葉を頂き、感激して早速頂いて参りましたっv
ハボに襟首咥えられて連行されるロイっ!想像するとメチャクチャかわいいっっ!!
ハボの背中に乗ってるときはきっとすっごい偉そうで楽しそうなんだろうなぁv
逃げ出す算段をしていたはずがすっかり居ついちゃったハボも
「なんでかな」と首を捻ってる姿を想像すると可愛くてタマリマセンっvv
こんな犬猫東方司令部、覗いてみたいですよv
葉月さま、ステキなお話をありがとうございました!!