結 実
〜エピローグ〜

亮水瀬


 そのままロイに抱かれて寝室に移動し、二人は夜半まで何度も睦み合った。
 途中でいい加減こんなに続けざまに欲しくなってしまうのは、いくら際限ない自分でもおかしいと気付いたロイが、ばつが悪そうにシャワーを浴びる事を提案し ─── そう言えばあの白い果汁は媚薬だったのだとハボックは今更ながら思い出した。埋め込まれた実の大半は潰れてどろどろになって流れ出したが、まだハボックの中にもそこに何度も突き入れたロイ自身にも、もったりとその残滓が纏わり付いている状態だった。道理で、熱が治まらないはずだ。
 結局バスルームで洗い流される間も我慢が出来ず、二度ほど強請ってしまった。苦笑しながらロイは求めに応じてくれ、ようやくハボックの躯の熱も引いたのだが。
 媚薬の効果が薄れると酷使され続けた身体はがたがたで、自力では歩けないほどに消耗してしまっていた。
「…すまんな。随分と無理をさせた」
 そう言って謝る男に、彼はほわりと微笑んで口付けた。
「いっすよ。俺、あんたのものだもん」
「…ハボック」
 泣きそうに眉を下げて苦笑するロイの首に、きゅっとしがみつく。
「愛してる」
「俺もっス」
 バスルームからベッドに移動する間も、二人は時を惜しむように口付け合った。
 ツインの寝室のもう片方のベッドに雪崩れ込むと、そのまままた肌を求め合う。何かに駆り立てられるように激しく悦楽を貪るセックスではなく、今度は互いの温もりを確かめる為の交歓だった。
 穏やかに高まっていく官能に任せて、その身深くにロイを受け入れる。
「 ─── あぁ…っ!」
 満たされ、疲れ果てて、彼はロイの腕の中で眠りに就いた。

* * *

 翌朝気が付くと、床にぶちまけられた薄緑の未熟果はひとつ残らず真っ黒に変色して萎んでいた。ハボックは微妙な気持ちでそれを籐籠に拾い集める。
 散々突き上げられ、太い凶器で掻き回された蕾はまだロイを呑み込んでいるかのように違和感が取れなくて、歩く度に軽く足を引きずってしまうのが情けなかった。休暇は後二日しかない。しかもそのうち一日は、移動で殆ど潰れてしまうだろう ─── さすがにこれ以上しつこく求められたら、休暇明けの仕事に響いて拙い。
「今日明日は、何が何でも勘弁してもらわなきゃ…っ!」
 二人して10日も休んだ挙句に遣り過ぎで腰がいかれてたりしたら、ホークアイに何と言われるかわかったもんじゃない ── いや、そもそも叱責の前に射撃の的にされてしまうのがオチだ。ぞっとしてハボックは肩を竦めた。
 その時。
「 ─── あ。」
 椅子の下に転がっている物体を見咎めて、彼は眉を顰める。
 それは昨日散々彼を苦しめた、緑色の凶器だった。表面に付着した未熟果の果汁は真っ黒く変色してしまっていたが、完熟した鞘の方は見たところ変化がないようだった。
「………」
 そのまま放置しておくわけにもいかず、彼は恐る恐るその実を摘み上げた。だが身体の奥深くに埋め込まれたそれに泣いて喘いだ記憶が鮮明に蘇ってきて、一瞬すうっと血の気が引いてしまう。
「あっ」
 するりと指の間をすり抜けた蔦の実は、再び床に落ちた途端、パンと乾いた音を立てて弾けた。
「…えっ?!」
 元がキメラだけにまた怪しい変化があるのかと身構えるハボックの肩を、後ろからぽんと叩く手があった。
「ひっ……!!」
「どうした?」
 飛び上がって驚く部下に、ロイは苦笑した。
「鞘が弾けて種が零れただけだ。それはもう、何の害もない」
「………あ。そ、そうッスか…」
 まだショックの抜けないハボックは、うろうろと落ちつかなげに視線をさまよわせる。かなり動揺しているようだ。
 ロイは床に屈みこんで、無造作に鞘を取り上げた。皺が寄って反り返ったそれに軽く鼻を鳴らして、手袋の指先を擦り合わせる。パシッと発火布特有の音が響いて、蔦の実の成れの果ては消し炭になってしまった。同じように、籐籠に拾い集められた黒い未熟果も燃やしてしまう。
「これでいいだろう?」
「は、はい…っ」
 温室の蔓に生っていた実も、今朝見ると全て枯れ落ちていた。もう、あの甘い毒を孕んだ果実はどこにも存在しないのだ。
「………あれ?」
 その時ハボックは、フローリングの床にきらりと光る青い物を見つけた。
「これ……石?」
 まるで磨き抜かれたトルコ石ターコイズ天青石セレスタインのような、滑らかな表面の青い石だった。
「あれの種だよ。花と同じように、取り込んだ遺伝情報をそのまま色に反映させるんだ」
 ハボックの瞳と同じ色の種の傍らにもう一個、こちらはジェットのように艶やかな漆黒が零れていた。ロイはそれを大事そうに拾い上げると、二つ並べて掌に乗せた。
「………っ」
 ハボックはひゅっと息を呑んで、それを凝視した。もし種が発芽すれば、またあの厄介な生き物がこの世に増殖してしまうのだ。10年に一度の発情期とはいえ、増殖したそれに毎回つき合わされたのではたまったものじゃない。
「脅えなくとも、これは発芽せんよ。元々あれは、私が錬金術で弄り倒して創り上げた擬似生命体だからな。自然繁殖など、ありえない」
 それは直径4センチほどの、奇妙に歪な形をしていた。潰れた球体に、太くて短いしっぽがくるんと生えているとでも表現すればいいのか ─── 少なくともハボックには、そう見えた。
「変な形っすね…」
「そうか? 勾玉に穴が開いていない状態に近いと思うんだが、そもそも勾玉自体を知らんのか…」
 奇妙な種を、ロイは愛しげに掌の中でしゃらしゃらと弄ぶ。微妙に濃淡のあるブルーと艶やかな黒が日の光を受けてキラキラと輝く様はとても美しかった。
「シンには大極図と言って、この世の陰と陽、黒と白、負と正をシンプルに表した図があるんだが ─── それが丁度、白と黒の勾玉が抱き合って互いの尻尾を呑み込むような形になっているんだよ。この種も、鞘の中で黒と青が噛み合って、円を描いていたようだ」
「……よく、わかりません」
 眉間に皺を寄せて考えて込んでしまった恋人に、男はふっと悪戯っぽく笑った。
「そうだな、こう言えばお前にもわかりやすいだろう ─── 」
 引き寄せた項に唇を寄せて、直接耳朶に囁く。
「あれの先端が、雁首のように太くなっていたろう?…お前を散々啼かせた部分だ。あの中に、丁度この間の私達のように ─── 6 9 シックスナインの形に青と黒の種が組み合わさって納まっていたんだよ」
「……っ…っ!! あんた、ねっ…!」
 ハボックは真っ赤になって絶句した。
「何だ。もう忘れたとは言わさんぞ? 口と舌で高め合っているうちにお前が先に焦れてしまって、終いには早く挿れてくれと泣いてせがんだじゃないか」
「……も、頼んますから、それ以上言わんでくださいッ…」
 最中で理性が飛んでいる時ならともかく、正気の時に事細かく説明されたい話題ではないのだ。わかっていてセクハラする上官を、ハボックは涙目で睨む。
「そう言えば、ちょっと不思議に思ったんですけど……取り込んだ遺伝情報で色が決まるって言いましたよね? じゃあ、何で片方黒いんです?」
 彼の精液を搾り取って咲いた花々は、全て青かった ─── だからよしんばこれが金色の種だとしたら、髪の毛の色を映したのだろうと納得できるのだが。
「ああ、それはだな」
 ロイはまた楽しげに笑った。
「あれの蔓を繁殖期の触手に変化させるのに、最初に私の精子を与えたからだよ。そう言えばこの種の生った部分は、直接精液が掛かったところだったな ─── 前の発情期に比べてやたら反応が激しかったから首を傾げていたんだが、もしかして相手がお前だったからなのか…?」
 今更ながら、ロイはその理由に思い当たった。キメラは彼の遺伝情報だけでなく、彼のハボックへの執着まで取り込んでしまったのだろう。
「実が完熟したのは今回が初めてだ。前の時は、全て丸い未熟果のままで終わったからな。」
「そ、それって……」
 では散々自分を苛んだあの一番凶悪な触手を生み出したのは、目の前の男の欲そのものだったのだ。
「ある意味、この種子はお前と私の遺伝子の掛け合わせだな……ふふ。そう考えると、妙に愛しく思える」
「………」
 複雑な思いで、ハボックはロイの言葉を聞いた。これが実るまでの間に自分が受けた恥辱と苦痛の数々を思うと、とても素直には喜べない。
「そう、嫌そうな貌をするな」
 苦笑いを浮かべながら、ロイは懐から取り出した手帳にさらさらと簡単な構築式を描いた。ピッと紙片を破ると、テーブル上に置いたそれに金貨を一枚と二個の種を載せる。
「 ─── っ」
 発火布を外した両手をテーブルに突くと、眩い青い錬成光が辺りを照らし出した。
 光が消えた後には、金色のワイヤーワークを施された青と黒の種子が、それぞれ細いチェーンと共に置かれていた。
「黒は私、青と金は ─── お前の、色だ」
 ロイは満足げにそれを手に取って、片方を無造作に放り投げた。
「う、わ…っ」
 反射的に手を伸ばして、ハボックはパシンとそれを受け止める。間近で見た黒い種子は、植物というより金細工を施されたパワーストーンのようだ。
「持っていろ」
 強張った表情のまま立ち尽くす部下に構わず自分の襟元を寛げると、ロイは引き出したドックタグに青と金のそれを装着してしまう。
「大佐、俺…っ」
「私はこれドックタグと一緒に身に着ける。だがお前の分はお前の自由だ ─── 強制はしない」
「………。」
 ハボックはきゅっと唇を噛んで、天井を振り仰いだ。それから意を決したように、胸元を寛げる。
「へ、へへ……お揃いっスね」
 照れたように笑いながら、黒と金に彩られたドックタグを持ち上げてみせる。
「無理しなくていいんだぞ」
 それに良い思い出など、ひとつもないだろうに。
「 ─── 平気っス」
 甘えるように擦り寄ってくる金髪を胸に抱き止めて、ロイは満足げに微笑んだ。

−FIN−


あらゆる機会を利用して、セクハラしまくるマスタングでした!(笑)。
本当はもう少し沢山種が採れて、後日それで悪戯仕掛けるロイなんてのも妄想してみたんですが。ハボが色々思い出して本気で嫌がりそうですし、万が一中で発芽しちゃったり、着床(!?)しちゃったら困るので(爆)ボツりました。あ、いっそこの種からプランツドールが生まれたら、ばっちり循環しますよね! 正義さん!(笑)。

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水瀬さん、ステキな萌えをありがとうございました!
実は最初に「緑青の腕」を書いた時には、最後のシーンでロイが温室を燃やしちゃう筈だったんですよ。実際そこまで書いてエンドマークもつけて、でもそれだとロイがハボを差し出したことをうまく消化できなくて変えたんですよねぇ。今思えばきっと萌えの神様が私を引き止めてくれたのだと…!ホントに燃やさなくてよかった!!!(笑)
正義さまのステキ絵から始まって、たっぷり萌えを味あわせて頂きましたvお二方、本当にありがとうございましたvv