SWEETS!

                                             by J.A.


 甘酸っぱいラズベリーを挟んだガナッシュケーキ。
 ふんわりと巻き上がったフルーツロール。
 しっとりと焼き上がったマドレーヌ。
 様々な形のチョコレート各種。
 薄い緑のピスタチオムースにふるふると揺れるカスタードプディング。
 そして、真っ白なクリームの上に飾られた真っ赤な苺が美しいショートケーキ。

 テーブルにこれでもかと並べられたそれらを前にしたハボックはこれ以上ない至福の表情でにんまりと笑った。
 その向かいに座ったマスタングは、今にも蕩けそうな部下の顔と目眩がしそうな甘い香りに胸焼けしつつ、投げやりに手を振る。
「食べて、良し」
「Aye,Sir!!」
 その言葉に、ハボックはお預けを解かれた犬のように猛然とスイーツの山を攻略し始めたのであった。





 事の起こりは、ある日の昼にマスタングが目撃したある光景だった。





「ハボック少尉、これ」
 人目を憚るようにその女性職員が差し出したのは、何の変哲もない紙袋だった。が、ハボックはこれ以上ないほど喜色満面の笑顔でそれを受け取った。
「いつも悪いな」
「気にしないで下さい。ついでですから」
「有り難う、今度お礼におごるよ」
「楽しみにしていますねv」
 そんな親しげな会話を交わし二人は手を振って別れた。
 その一部始終をマスタングはさぼって隠れていた資料室の窓から見ていたのである。
「ううぬ、ハボックの奴め、いつの間にあんな可愛いお嬢さんとっ!」
 しかも、嬉し恥ずかしこっそり密会とは!!
 マスタングは怒った振りをしながら我知らずにとほくそ笑んだ。しばらくは退屈せずにすみそうだ。





「たいさぁ、俺になんか怨みでもあるんっすか?」
 目の前に山のように積まれた書類に、ハボックはうんざりと肩を落として尋ねた。
 時間は午後10時。本日の夜勤、ロイ・マスタング大佐とジャン・ハボック少尉。つまり今彼らは二人っきりだった。
「心外だな。信頼する部下に仕事を任せようという親心ではないか」
「あんたみたいな手のかかる親を持った覚えはありません」
 にやにやと笑う上司に、またか、とあきらめのため息がこぼれる。大体マスタングがこんな表情をする時は何か嫌がらせを思いついた時なのだ。
「時にハボック少尉」
 そーら、来たぞー。
 ネズミを弄ぶ猫のような笑みを浮かべたマスタングの呼びかけに、ハボックは身構えた。
「君は、主計部のフライス准尉とは随分と親しいそうじゃないか」
 なかなか角に置けんな、と剣呑な笑みを浮かべる上司に、げっ、とハボックは青ざめた。この東部一とも言われるモテ男の上官は、人の恋路を面白がって引っかき回すのが大好きなのだ。
「べっ、別に、ヘレナとはそう言う関係じゃ!!」
「ほう、名前を呼ぶほど親しいのか。是非とも今度紹介してくれ給え。上司として可愛い部下の彼女に挨拶したいしな」
「だから、本当にそう言うんじゃ無いですってば!」
 実際問題、件の女性士官とはまったくそう言った関係は存在しない。まあ、ある意味、秘密の共有はあるのだがそれこそマスタングに知られたらどんなことになるのか、考えるだけでも恐ろしかった。
「大体、親しかったとしてあんたに何に関係があるんっすか?」
 絶対何かする気でしょう、と心底嫌そうにハボックは上司を睨みつけた。が、マスタングは自信満々に、「決まっているだろう。面白からだ」
 胸を張って言い放った。そして、ハボックの机の上に置かれていたコーヒーに添えられた一口チョコをひょい、と摘むとそのまま自分の口へと放り込んだ。
「あっ!!」
 突然上がったハボックの悲鳴のような声にぎょっとし、せっかくのチョコを噛む間もなく飲み込んでしまう。
「な、何だっ、いきなり」
「あっ、いえ、…ナンデモアリマセン」
 何故かひどくしょんぼりとしたハボックに、マスタングはそれ以上からかう気にもなれず仕事へと戻った。





「ハボック少尉、これ、良かったらどうぞv」
「これから、昼食ご一緒しませんか?」
「少尉、ちょっと付き合ってくれない?」
「少し教えていただきたいことがあるんですけれど……」

 以上、この1週間にハボックが女性士官から掛けられたセリフの抜粋だ。
 今まで気がつかなかったが、気をつけて耳をそばだててみれば、ハボックは意外と女性士官との接触が多かった。
と言うか、マスタングよりもよっぽど人気があるように見えた。
「おのれ、ハボックのくせに生意気な!」
 最初こそはからかう気満々で面白がっていたマスタングであったが、その現実を見るにつれむらむらと対抗心が燃え上がる。私を差し置いてお嬢さん方と仲良くするなど許せん!!と言うわけだ。
 どうしてくれよう、とマスタングが思案している時だった。
「皆さーん、ヒューズ中佐からの差し入れですよ」
 ちょうど仕事が一段落した午後と言うこともあって、フュリーが先日中央からヒューズが持ってきた菓子箱を持って声を掛ける。三々五々、司令部のメンバーが彼の周りに集まった。
「オイ、1個あまって居るぞ?」
 それぞれに菓子を取った後、箱を覗いたブレダが言う。
「ああ、ハボック少尉の分です。ちょうど人数分なんですよ」
「どうせ、あいつは甘い物なぞ好まんだろう。もったいないから、私が食べてやろう」
 八つ当たりも込めてそう言うと、フュリーが止める間もなくマスタングはハボックの分の菓子を取り上げた。
 他の部下達が呆れたような非難の眼差しを向ける中、マスタングは菓子をぱくつく。
「さすがヒューズのお薦めだな。美味美味v」
 と、そこへ外回りからハボックが戻ってきた。そのどこか楽しげな足取りに、また誰かと密会してきたな、とマスタングはむっとする。が、
「おせーぞ、ハボ。お前の分の菓子、大佐が食っちまったぜ」
「えっ!?」
 ブレダの一言に、ハボックが血相を変えた。
「何で人の物まで食うんですか、あんたは!!」
「どうせお前な食べないんだろう?代わりに私が食べてやったんだ、ありがたく思え」
「ひでぇっ!大佐の人でなし!!」
 涙目になってマスタングに食って掛かるハボックに、フュリーが一言呟いた。
「ハボック少尉、よっぽどお腹が空いていたんですね」
「っていうより、取られたことが悔しいんだろ」
 あほらし、と肩を竦めたブレダを筆頭に、皆は仕事へと戻っていった。





「うう、たいさの馬鹿やろー……」
 楽しみにしていたのに、とハボックはがっくりと肩を落として嘆いた。
 先日ヒューズが持ってきたのは、セントラルでも名の通った菓子店の物で、食べるのをとても楽しみにしていたのに。
 悄然と中庭に座り込んだハボックの耳に、くすっと笑う声が届く。振り返れば、知り合いの士官が苦笑しているのと目があった。
「ヒース大尉」
「どうしたの、ハボック少尉。まるで捨てられた子犬みたいよ?」
「ひでぇっすよ、大尉」
 相手の軽口にこちらも苦笑し、けれどまたすぐに俯いてため息を吐く。そんなハボックの様子に、女性士官は少し心配そうに首を傾げた。
「本当に、どうかしたの?あなたに元気がないって、みんな心配しているわよ?」
 どうやら、一人しょげている様子を気に掛けて代表して様子を見に来てくれたようだ。その優しさにハボックは縋りついた。
「〜〜〜聞いてください、大尉!!大佐ってば、ひどいんッスよ!俺が楽しみにしてたヒューズ中佐のおみやげ、食べちまったんっすっ!!パティスリー・フランのマカロン!季節毎の限定フレーバーだったのに!!」
「まぁ、」
 話の内容にかハボックの勢いにか、大尉は驚いたように目を瞠る。
「こないだだって、夜勤の時に食べようと思っていたチョコ食っちまうし、何か最近変な嫌がらせしてくるし〜〜」
「可哀想に。いいわ、慰めてあげる。いつもの店に行きましょう?」
「た、大尉、」
「アイリーン、よ。名前で呼んでっていったでしょう?」
 赤らむハボックの頬に女性士官がそっと手を添えた、その時だ。
「ちょーっと、待ったーっ!!」
 いきなり茂みから飛び出してきたのは、話題の主、マスタングだった。
「上司を差し置いて美女とデートなど、断じて認めんぞ!」
 実は、ひどくしょげ返っていた部下になけなしの罪悪感を刺激されたマスタングはこっそりとハボックの後を付け、茂みに潜んでいたのである。そして、目の前で繰り広げられるやりとりに我慢出来ずに飛び出したのであった。
 が、突然のマスタングの登場に度肝を抜かれたのはハボックだけだったようで、
「っ!確保!!」
 鋭い号令の元、四方から銃口がマスタングを狙う。さりげなく身を隠していた女性達が一斉に銃を構えたのだ。
「え、ええと?」
「ハボック少尉を泣かせた罪は、重いですよ、マスタング大佐」
 女性士官達に鋭く睨まれ、訳も分からずマスタングはHOLD UPするしかなかった。





「東都甘味研究会?」
 EastCity-sweets-association、通称スイーツ倶楽部。
「スイーツをこよなく愛し楽しむ同志の集まりです」
 マスタングの問いかけに、アイリーン・ヒース大尉はしかつめらしく応えた。
 ここは、イーストシティでも評判の高いカフェテラス。女性士官達に半ば拉致されるようにマスタングとハボックはここにいた。
「つまり、ハボックはその倶楽部のメンバーだと?」
 マスタングの物言いたげな視線に、ハボックはばつが悪そうにそっぽを向いた。
「だって、俺みたいな大男が甘い物が好きだなんて言ったら、みんな引くじゃないッスか……」
 だから知られたくなかったのだ、とハボック。確かに、マスタングに知られたら恰好のからかいのネタになっただろう。事実マスタングを始め司令部の同僚達は、ハボックが甘い物を好まないと認識している。
「スイーツ倶楽部は、心から甘い物を愛し、その知識を研鑽する集まりです。確かに女性会員が多いのは事実ですが、
 志を同じくするのであれば男性にも門戸を開いているんです。ただ、入会審査はかなり厳しいですけれど」
 そう、第三代会長であるヒース大尉が説明する。
「なるほど」
 これだけ女性が多い組織だ。ナンパ目的で近寄ってくる不心得者もあるのだろう。
「どんな資格試験があるんだね?」
「ます、甘味基礎知識問題100問と質疑応答、実技があり、これらを合わせて80%の正解を出した者だけが正会員 になれますが、男性の場合はこれらに加えて特別審査が行われるんです。また、65%正解者は準会員として甘味通信が季節毎に送付されます」
 その中で、ハボックはほぼ満点の成績で資格試験をクリアしたのだという。意外な才能である。
 ちなみに、マスタングがたびたび目撃した女性士官とハボックのやりとりは、情報交換や菓子の差し入れの場面であった。
「そうならそうと言えばいいだろうが」
「言ったら絶対馬鹿にしたでしょう、あんた」
 気を揉んで損した、とマスタングが言えば、怨みがましくハボックがにらみ返す。
「ヒューズ中佐のおみやげ〜〜(T^T)」
 楽しみにしていたのに、と再び涙目で睨め付けられてマスタングは音を上げた。
「ああああ、判った!私が悪かった!!ここは私が持つから、好きな物を好きなだけ食え!」
 もちろん、君たちも好きな物を頼み給え、と周りにいる女性士官達に笑顔を振りまくと一斉に歓声が上がった。

 そして、冒頭のシーンへとなるわけである。





 ものすごい勢いでケーキの類を片付けて行くハボックを見るとも無しに眺め、ふとマスタングは傍らのヒース大尉に尋ねた。
「倶楽部の結束が堅いのはよく判ったが、どうも君たちがハボックをかまう様子が過剰なような気がするのだが」
 声を潜めたその質問に、ヒース大尉はくすり、と笑った。
「あら、それはあれをご覧になればおわかりになると思いますが?」
 そう言って彼女はハボックを指さした。
 一生懸命に甘味を食するハボックは―――

 クリームを口に入れ、ふにゃぁ、と相好を崩し、スポンジを噛み締めてはほわぁ、と笑む。ゼリーの喉ごしにこれ以上ない至福の表情でうち震えたかと思えば、フルーツの甘さに蕩けそうな顔でにっこりと微笑んだ。

(かっ、可愛いっ!!何なんだ、このかわいらしすぎる生き物は!!)
 あまりにも意外な部下の姿に手にしたコーヒーを口に運ぶことも忘れ見とれていたマスタングの耳に、周囲の女性達の
「やーん、可愛いーv」
「ホント、幸せそうv」
「癒されるわぁv」
 と言った声が入ってきた。見回せば、会員達全員、ほんわかした表情でハボックを眺めている。
 唖然とするマスタングにヒース大尉はくすくすと笑いながら言った。
「男性会員の審査基準が厳しい理由、ご理解いただけました?」
「――――納得したよ、大尉」
 ついでに、これだけの女性陣に囲まれて何故かそう言った雰囲気が存在しないことも。
 つまりは、ハボックはスイーツ倶楽部の愛玩物なのである。そりゃぁ、恋愛事にはならないわけだ。
「つまり、君たちは、コレを独り占めにしていたいわけだ」
「もちろんv」
 にっこりと笑って肯定する大尉に、マスタングは完敗とばかりに白旗を揚げた。
 その間もふにふにとハボックがケーキを食し、女性達を癒し続ける。
「時に、ヒース大尉」
 暫くそれを眺めた後、こほん、と咳払いをし、マスタングは居住まいを正すと女性士官に声を掛けた。
「何でしょう、マスタング大佐」
 ヒース大尉もまた、背筋を伸ばしてマスタングに向き直った。
「今後の活動にパトロンは必要ではないかな?」
「我々の活動に賛同くださる方でしたら、大歓迎ですわ」
 申し出た者と受けた者は、それぞれにっこりと共犯関係を結んだ。
 そして、ハボックは、幸せオーラ全開でさらなる甘味の攻略に勤しみ、クラブ会員達をほんわかさせるのであった。





 EastCity-sweets-association、通称スイーツ倶楽部。
 別名をスイーツを(食べてるハボック少尉を)愛でる会。





「大佐、フルーツパフェ、追加してもいいッスか?」
「いいとも、好きなだけ食べたまえ」
「Aye,Sirv」
「「「やっぱり、かわいーvv」」」
「……あれ、持って帰ってもいいだろうか?」
「マスタング大佐。スポンサーといえども会則第26条に基づき、紳士協定は守っていただきますから、ご了承くださいね?」
「う、うむ、……」
「少尉は我が倶楽部の共有財産です」
 にっこり、と笑う東都甘味協会の会長の目は、鷹の目もかくやと言う鋭さであったという。


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ERIA-K9のJ.A.様から頂きました。きっかけは私が日記で「うちのサイトのロイは甘党だけど、ハボは甘いもの苦手」と書いたところ、J.A.さまから「甘党のハボの話が浮んだんだけど書いてもいいですか?」というありがたいお申し出を頂いたこと。勿論即答で「お願いします!!!」って(笑)
そんなわけで甘党ハボのお話です。
いや〜〜んvハボってばカ〜ワ〜イイ〜〜〜っっvvv私もハボに癒された〜いvvもー、絶対スイーツ倶楽部に入りますよっ!!ケーキ食べてほわんとするハボも可愛いけど、大佐に意地悪されてしょげるはぼもまたカワイイっvvああもう、カワイイハボてんこ盛りでサイコーです!
ところでこの話には裏設定がありまして。
「スイーツ倶楽部、転勤など で東部を離れた会員達によって各支部が存在しますv北の砦の あのお方も実は特別会員だったり、中央の子煩悩愛妻家は準会 員だったりします(笑)奥様は特別顧問(笑)お菓子の作り方を甘味通信に掲載してたりしてv←それが読みたいが為だけの準会 員(笑) 甘味通信はタブロイド判4ページで会員特別価格250センズ 、年間購読を申し込むと今ならハボック少尉と行く魅惑の甘味 食べ放題ツアーチケット応募券付き!(限定50名、応募者多 数の場合抽選となります)」
だそうです。
はい!私、甘味通信、年間購読申し込みます!! 息子とダンナにも購読させて応募券は私の物。絶対ツアーチケットゲットを狙います!!(笑)
J.A.さま、かわいいハボをありがとうございましたvv
追記: スイーツ倶楽部の概要がERIA−K9さまのブログに掲載されています。入会ご希望の方は是非ご一読を!(笑)
追記2: 会報に掲載されているという「ひみつのはぼっくん」のお話をJ.A.さまに押し付けてしまいました。ありがたい事になんとはぼっくんイラストつきでERIA−K9さまに載せて頂いてます。カワイイはぼっくんのイラストを是非ご覧になって下さい!