Only…


「たい…」
さ≠ニ続けたかった言葉を途中でのみ込んだ。
三歩前まではロイしか見えなかったハボックの視界にもう一人映り込んだからだ。
ロイと楽しげに話す女性軍人の姿。軍人と言っても事務官なのだろう。ハボックの直属の上司である中尉のような精錬さはどこにもなく、柔らかな砂糖菓子のような笑みを零していた。そして、それに劣らない笑みをロイも。
時間にすれば数秒ほどだろう葛藤の末ハボックは、頭の中でこれは仕事だから仕方なく行くのだと必死に言い訳をしつつ二人に近づいて行く。
本当は近寄りたくなかった。
ロイは自分のものだとその砂糖菓子のような女性に言えればどれほど楽だろう。だけど、そんなこと出来はしないのだから。
大層なフェミニストであるロイは女性との会話の間に割り込むと怒るだろうか?ハボックはいっそ怒ってくれればいいと、ロイに言葉を投げた。
「大佐。お楽しみのところスミマセンが中尉が呼んでます…つか、氷のような微笑を…。」
そこでハボックは言葉を止めた。別に期待通りにロイが怒った訳でも、相手の女性が遮った訳でもない。
ただ、ロイが笑ったのだ。先程女性に見せていた綺麗な笑みよりも更に優しく。ただ自分を見て。


「あんた…絶対そのうち刺されますよ。」
「なぜだ?ハボック少尉。」
「…自覚なしなら別にいいっす。俺には関係ないんで。」
執務室を抜け出したロイをいつものように探し出し、一緒に並んで歩きながら窘めてみれば、ロイはわざとらしく、余裕たっぷりの態度である。
いつもいつも、探し出した先には女性の姿がある。なのに、この人は自分を見てやはり優しく笑うのだ。
「なあ、少尉。お前は何をそんなに怒っているんだ?私が仕事をサボるのも、女性にモテルのも、いつものことではないか。」
「さいですね。知ってますよ、そんなこと。だから、いつか刺されるって言ってるんですよ。それに俺怒ってません。」
ちゃんとロイはわかっている。ハボックの葛藤も嫉妬心も何もかも。でも、ハボックにだって知られている≠ニわかっているのだ。だから悔しい。
試されているとはハボックだって思っていない。ロイは知り合った時から何も変わっていないのだから。そう、何もかわらない…。
「ねえ、大佐。俺は…」
自然と口を開き、ロイに視線を流せば、優しく自分を見つめる黒い瞳にぶつかり、はっとしたようにハボックが言葉を止め、ぐしゃぐしゃと陽だまりのようなブロンドの短い髪を掻き毟った。
「ああ、何でもないっす。とにかく、仕事はサボらない。そして、恋愛沙汰の刃傷沙汰にだけはならないように気をつけて下さいね!」
「・・・・・。」
「大佐?」
ロイは何も言い返さず、ハボックをじっと見つめたままだった。ただ、その瞳が少し寂しそうに見えてハボックが水色の瞳を瞬く。ふとロイが瞳を緩め、ハボックに片手を伸ばすと、掻き毟って微妙に崩れたままだった髪を優しく梳いた。
「善処しよう。」
それだけ言って、辿り着いた専用の執務室にロイが消えた途端、残された廊下でハボックは頭をおさえこんで、真っ赤な顔をしてしゃがみこんだ。


中に入った執務室では、
「大佐。そろそろおやめになられたら如何ですか?」
そのうちハボック少尉に嫌われても知りませんよとホークアイ中尉が呆れたような声を漏らす。
「だって中尉、可愛いではないか。」
「ハボック少尉がですか?」
表情を驚いた風にも、嫌そうにも変えず、そう返され、ロイは苦笑する。
ジャン=ハボック少尉。普段は何事にも動じず、ロイの忠犬よろしく、無表情にどんなに位が上のものにも牙をむく。かと思えば、心を許したものには、同じ人とは思えないほど、無邪気な表情をさらす。
いつだってロイにはハボックは可愛くて堪らない存在だった。
この世で一人。ロイを陥落させた唯一の人。
「まあ、せいぜい釣った獲物に逃げられないように頑張ってください。それから、この束全て今日中にお願いします。知りませんよ?あなたの可愛い人がどうなっても。」
ロイはここまで来て初めて悟った。中尉の本気の怒りを。本気で殺されかねないと。
「わっ…わかった。」
「終わらなかったら、ただじゃおきませんよ。大佐?」
「わかったと言ったらわかった。」
「ではよろしくお願いします。私は隣の部屋にいますので。あなたの可愛い人と。」
わざとらしく、同じ節回しを使い、鮮やかに笑うというオプションもつけて中尉が去って行った扉を見つめ、ロイは冷や汗をかきながら、やっぱりハボックの方が可愛いと、しょうもないことを懲りずに考えていた。





「少尉、今夜私の家へ寄って行きたまえ。」
それは泊まっていけのサイン。
ここ暫く、テロだ、出張だとバタバタしていて二人でゆっくりする時間がもてていなかった。お互いにお互いが不足していてリミットいっぱい。
「了解っす。」
だから、ハボックも迷うことなくOKを出した。ロイが自分を必要としてくれていると感じることが出来て嬉しかった。
「では、私は執務室で待っているから、お前の仕事が…」
「マスタング大佐!」
割り込んだのはソプラノの鈴のような声。実はハボックは嫌な予感はしていた。向かい合うロイの背後から近づいてくるその女性の姿がハボックには見えていたからだ。
「なにかな?お嬢さん。」
くるりと振り向き、にこやかな笑みと爽やかな声。それはロイにとっては癖…条件反射のようなものであって、しまったと思った時にはもう遅い。
もう一度ガバッと振り向いたロイの目に入ったものは、間違っても上官にはしないであろうはずの、背を向けたまま手を振るという部下…恋人の姿であった。
一方ハボックはというと、
あんにゃろう。大佐の大馬鹿やろう′には出せない気持ちを、銜えた煙草のフィルターをギリギリと噛み締める行為で無理やり昇華させようとしていて、その形相は『触らぬ神に祟りなし』とブレダあたりが零しそうなものだった。


「おい。」
「何すか?」
女性の誘いを断り、ハボックの後をダッシュで追いかけ、大部屋では出来ない話しなのをいいことに、自分の執務室へと連れてきたまではよかった。
しかし、ハボックは拗ねてしまったのか、先程の話しなんかなかったかのよう。
また、それを顔に出してくれれば、まだロイだって切り出しやすかったのだが、ポーカーフェイスの得意な…と言うより、こういう時は表情の読み難い男であった。
「悪かった。」
「何がっすか?」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
「悪かった。」
「はあぁぁぁぁぁ。」
ハボックが大きな大きな溜め息を一つ吐く。それにロイが目を嬉しそうに細めた。
最後の最後まで怒りっ放しになれない、優しくて強いハボック。
ロイには失くしたらもう二度と手に入れることは出来ないであろう、稀有な魂。
本当は女性になんて今は興味ない。いつだって一人が側にいればいい。ただ、無下に出来るほど人非人にはなれなくて、ついつい。
それに、そんなロイに妬いてくれるハボックを見れることが嬉しかったのも事実。
ただ、自分から誘いをかけているときに、ハボックを後回しにしてしまった形になってしまったのはいただけない。
「私はお前しか見ていないよ。」
自分の執務机の椅子に腰かけていたロイが、そう言ってチョイチョイと指でハボックを招く。
まだ、感情の読めない表情を崩していないハボックが机を挟む形で暫しの後身体を倒すと、ロイの腕がその首に回り勢いよく引き寄せる。
「本当にすまなかった。」
囁きと共に二人の口唇が重なった。
触れるだけのそれが自然と深くなるころ、どちらともなく机を回り込むように移動すると、ハボックがゆっくり後ずさりソファへと腰を下ろす。そんなハボックに少しだけ口唇を離し至近距離でロイがクスリと笑むと、ソファの背に手をつきハボックに覆いかぶさるようにもう一度口唇を奪った。
「っん…たい…さ。」
深い口づけの合間にハボックがロイの背を叩く。
「うん?」
口づけを浅く戻し、それでも完全に離れることは許さず、戯れのようなキスを続けながらロイが先を促す。
「俺はね…かまいません。」
「・・・・・。」
「だけどね…」
そこで、ハボックはロイの首に自分からギュッと腕を回し、一度深く口づけると、真摯に真っ直ぐロイの瞳を見つめてから綺麗に瞼を落とした。

「ちゃんと見極めて。誰があなたの一番かを。」

その姿があまりに綺麗で優しくて、ロイは柔らかく微笑むと、ハボックの頭を壊れ物を扱うように優しく胸に抱き寄せ、愛しくて愛しくて堪らないその男をソファへと押し倒した。





「ハボック少尉!少尉!!待て、誤解だぞ?誤解!!」
司令部の廊下を大佐位の人とは思えない言葉をはきながらロイが駆け抜ける。その数メートル先には長身の部下の姿。
怒っているのか上司のセリフに振り向きもせず、足早に去っていく。
各部署の窓からはまたか≠ニ呆れ声と溜め息が…。
そして、二人が入って行ってパタンと閉じられた部屋の扉はロイの…二人だけの執務室。
「ハボック。お前がいつだって一番だよ。愛してる。」






―― 本当は、ちゃんと知ってます。いつだって見てる。俺だけのあなた。――



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

BLUE EYES GARDEN」の夢路秋さまに書いて頂きました!
ちょうどクリスマスの時期、リク募集をされていたのでもうウキウキしながらリクしてしまいました。クリスマスプレゼント〜♪
リク内容は「ロイのことが大好きなのに女性にモテるロイを見てつい意固地になってしまうハボと、そんなハボが可愛くて仕方ないロイの甘甘ロイハボ」です。
いや〜〜ん、もう、ハボックってばカワイイ〜〜〜〜っっvvv いやあ、期待以上にカワイイハボックで読んでいて顔がニヤニヤしっ放しでした!
ロイが自分の事好きだって判っていてもヤキモチ妬いちゃうんだ、ふふふ、もー、カワイイったらvv そしてそんなハボックが可愛くて仕方ないくせに、女性に話しかけられると条件反射でニッコリしてしまうロイが堪んないです(笑) 思いがけず最強の中尉も登場で凄く楽しかったです。リクの「チュウ」も入れて下さったし、うふふふふふv
とってもかわいいハボックとモテモテ大佐の甘甘vv 書いて頂けただけでも嬉しかったのにお持ち帰りもOK頂いてとっても幸せですv
夢路さま、素敵な二人を本当にありがとうございました!