色眼鏡



「あれ、ハボック少尉、どうしたんですか、サングラスなんてかけちゃって」
 フュリーの驚いた声に振り向くと、丁度ハボックが司令室に入ってくるところだった。普段から、高い背を少し屈めて咥え煙草の部下はやる気も威厳もあるようには見えなかったが、今日は更にサングラスを掛けているものだからガラが悪いことこの上ない。全く、あの様子でアパートから歩いてきたとなると、軍の品位をかなり下げてきたこと間違い無しだ。
「いや、ちょっとな」
 頭を掻きながら、だがごまかす気満々で自分の席に着こうとしたハボックの前に立ちはだかれば、思い切り嫌そうに眉を顰めた。
「おはよう、ハボック少尉」
「…はようございます、大佐」
 わざとらしくニッコリ微笑んで腕を組むと問いかける視線を投げる。だがハボックは気がつかない振りで書類に手を伸ばそうとするからその手をがっしり掴んでやった。
「どうしたんだ、サングラスなどして」
 掴んだ私の指を一本一本外しながらハボックは、えー、ちょっとーなどと口ごもっている。
「そのなりでアパートから歩いてきたのか?」
 と聞くと
「そうっスけど」
 それが何か、と首を傾げた。
「お前な、そんなガラの悪い格好で歩いていたら軍の品位はがた落ちだろうが」
 そういうとすごく不満そうな顔をする。
「とにかく外せ」
 そう言いながらサングラスに手を伸ばせば思いっきり顔を背けた。
「おいっ」
「ヤですよっ」
「ハボックっ」
「イヤですったらイヤですっ」
 あんまりごねるので胸ポケットから発火布を取り出して嵌めた。
「ハボック?」
 言うことを聞かないと燃やすぞと言外に匂わせれば
「きったねぇ!」
 とそれでもサングラスを押さえて外そうとしない。いい加減腹が立って強引にサングラスを引っぺがした。
「いてっ」
 サングラスを取ったハボックの顔を見ると、右目の淵に赤黒い痣が出来ている。
「…どうしたんだ、それ?」
 そっと手を伸ばして触れようとするとびくりと体を竦ませた。
「だから、イヤだったんスよ」
 そう言いながら私の手からサングラスを奪い返すともう一度掛けなおした。
「どうしたんだ?」
 もう一度問い直すとハボックは渋々答えた。
「母親を追って車の前に飛び出そうとした子供を引き止めて抱き上げたんですけどね、暴れて持ってたおもちゃでガツーンって…」
「殴られたわけか」
「わざとじゃないんですけどね。母親は随分恐縮してましたけど」
「当たり前だ。もうちょっとで目にあたるところじゃないか」
 そっとサングラスに手を伸ばせば今度は抵抗せずに外させた。傷は右目のすぐ横に迫っていて、下手をすれば眼球を傷つけていたかもしれない。
「医者には見せたのか?」
「後で医務室行ってきます」
「そうしろ」
 サングラスを返すと、今度は胸ポケットに差し込んで、取敢えず仕事していいっスか、などと呑気に聞いてくるのでため息をついて執務室へ入った。
 閉めた扉にもたれかかって長く息を吐く。
 全く、私の知らないところで怪我をしてくるなんてとんでもない。しかもあんな危ないところ。あの綺麗な空色の瞳に傷でもついていたらと思うと、たとえ相手が子供でもぶん殴ってやりたい衝動に駆られる。そこまで考えて、物騒な自分の想いに苦笑した。例えそれが誰であろうと、どんなに小さな怪我だろうと、ハボックに害をなすものはきっと許せないだろう。それほどアイツに溺れている自分を正直もてあますことがある。でも、想いは止められないから。
 私がもてあました分はアイツにしっかり持ってもらうことにして。
 取敢えず、今夜は傷を舐めて治す野生の獣たちのように、アイツの傷を治してやろう。
 そう決めて、仕事を片付けるべく書類を手にした。


2006/6/16


いや、タダ単にサングラスかけたハボが書きたかっただけ…(汗)