調理法2



「そこのダンナ、ちょっと寄ってかないか?」
 通りを歩いていたロイは道端に店を開いていた胡散臭げな男に声をかけられて立ち止まった。
「レシピいらないか?レシピ」
 そう言う男にロイはあからさまに眉を顰めて答える。
「悪いが料理はしないのでね」
 そう言って歩き出そうとするロイを男は慌てて引き止めた。
「ただのレシピじゃないんだ!アンタのレシピだよ」
「私の?」
 自分のレシピと言われてロイは思わず男の方へ向き直った。
「私のレシピとはどういうことだ?」
「文字通りの意味さね。そのレシピ通りにすればアンタが一人出来上がりって寸法よ」
「人形が出来るのか?」
「人形じゃない、アンタが出来るんだよ」
 『アンタ』の部分を強調して男が答える。不信感丸出しで見つめるロイの視線に男は苦笑した。
「だまされたと思ってやっていきなよ。な?」
 熱心に勧める男にロイは曖昧に頷く。が、ふとあることを思いついて男に尋ねた。
「私以外の人間のレシピも作れるのか?」
「勿論作れるよ」
 男はあっさりと答える。
「フルネームと性別と年齢さえわかればね」
 そう答える男にロイは眉を寄せた。
「随分簡単だな。そんなのでレシピが作れるのか?」
「まあ、まかせときなって」
 自信満々でそう言う男にロイは肩を竦めるとレシピを作って欲しい人物の名前を告げた。


 結局男に薦められるままにレシピを2通作ったロイは、材料を買いに紹介された店へと向かった。金色の飾り文字で店名が書かれた店の前に立つと眉を顰める。ドアベルを鳴らしながら店に入ると、暗い店の中、足を止めた。その暗さに目が慣れてくると、店の中を見渡しながらゆっくりと歩を進める。そうしていると店の奥から黒い上下にじゃらじゃらと装飾品をつけた女が出て来た。
「何かお探しですか?」
 そう問われて、ロイはポケットから紙を1枚取り出した。
「ここに書いてあるものを全部揃えたいんだが」
 女はロイから紙を受け取るとざっと目を通して答える。
「少々お待ち下さい」
 そう言って奥に引っ込んだ女を待つ間、ロイは棚に並んだものを眺めた。飾り文字で中身を記した瓶や袋がぎっしりと詰め込まれた中から1つ取り出して中を透かしてみる。とろりとした液体の入ったその瓶には「lust」と書いたラベルが貼ってあった。それを戻すとその隣の瓶を取る。するとそこには「envy」の文字が。
「碌でもない店だな」
 ロイはそう呟くと瓶を元に戻した。
「お待たせしました」
 その声に後ろを振り向くとさっきの女が籠に材料を詰めて持っていた。微かに眉を顰めたロイに女は籠を差し出す。
「いくらだ?」
 ロいは女が告げた金額を払うと材料を受け取って店を出た。


 ロイは家に戻ると材料をテーブルの上に並べレシピを広げる。そこには次のような文字が記してあった。
  「ジャン・ハボックのレシピ
    1.ポット 15.66 kgと中濃ソース 38.34 kgに利益という名の調味料と大地のぬくもりのいう名のスパイスを
      加えます。
    2.これらを良く混ぜ合わせます。
    3.次に59分間焼き上げます。
    4.最後に隠し味として悲しみを少々振りかけて、適当に盛り付ければでき上がり!! 」
 ロイはレシピを前に腕を組むとうーん、とうなった。自慢じゃないが料理などしたことがない。だが、混ぜて焼くだけなら自分でもなんとか出来るのではないだろうか。ロイはそう考えて材料を手に取った。
「まずは材料を合わせてかき混ぜるんだな」
 ロイはそう呟くとキッチンの戸棚をあける。
「たしかハボックはこの辺のものを使ってハンバーグをこねていたような…」
 先日ハボックがハンバーグの材料を混ぜるのにボールを使っていたのを思い出して、ロイは戸棚の中を覗いた。
「これか」
 ロイはいくつも重なったボールの中から一番大きなものを取り出すとテーブルに運ぶ。ロイは苦心して材料を放り込むとよく混ぜ合わせた。それを更にオーブン皿にあけると額に浮んだ汗を拭う。それからオーブンの前に立つと再びうーんと唸った。
「オーブンなんてどうやって使うんだ…?」
 自慢じゃないが料理など、以下同文。ロイはキッチンの戸棚の中を引っ掻き回してオーブンの使用説明書を見つけると必死になって読み始めたのだった。


 なんとかオーブンに材料を放り込むとロイはぐったりと座り込んだ。
「料理なんてものはハボックに任せておけばいいんだ」
 2度とオーブンなんて触るものかと思いながら冷蔵庫を開けて水を取り出すと、グラスに注ぎ一息に飲み干す。焼けるまでの間と思って本を広げるとあっという間に本に没頭してしまった。
 チン、となる音がしたが、ロイは本から顔を上げなかった。ふと、頭の片隅にひっかかるものがあって、さっきの音は何だったんだろうと思った次の瞬間、ロイは慌てて立ち上がっていた。
「オーブン!」
 ロイは慌ててキッチンに行くとオーブンの扉を開ける。慌てるあまり素手でオーブン皿に触れてしまい、熱さのあまり飛び上がった。痛む手を擦りながら鍋つかみを取ると皿を引っ張り出し、最後に残った「sorrow」と記された調味料の瓶を手にすると蓋をはずした。パッと振りかけた途端。
「あっ!」
 中蓋が外れてどっさりと調味料がかかってしまう。ちらりとレシピを見れば「少々」と記されており、ロイは仕方なしにふぅっとかかった調味料に息をふきかけて吹き飛ばした。それでも「少々」には若干多い気もしないではないが、まあいいだろうとロイは出来上がったものを皿に移した。
 待つこと数分。
 自分にはやはり料理は向いていなかったかとロイが思い始めたとき、皿の上のものがムクムクと動いたかと思うと、真ん中からパリッと割れた。割れ目の間から小さい手が覗いたかと思うと、淵に掴まるようにして中のものが身を起こした。きょろきょろと辺りを見回したソレはロイに気がつくとそのビー玉のような空色の瞳を向ける。金色の髪に澄んだ空色の瞳を持ったソレはじぃっとロイを見つめたかと思うと、また中に潜ってしまった。
「あ、おい」
 ロいは慌てて近づくと皿の上のものを上から覗き込む。すると、小さく身を縮めるようにして蹲るソレと目が合った。ロイが覗いているのがわかるとびくっと震えて益々小さく縮こまるソレを、ロイは無言で見つめていたが、やがてにっこり微笑むと言った。
「はじめまして、私はロイだ。小さいハボック。怖くないから出ておいで」
 そうして手を差し出した。暫くの間ロイをじっと見つめていたソレは、やがてゆっくり起き上がると殻の中から顔を出した。ロイの顔と差し出された手を交互に見つめていたソレは意を決したように殻から出るとロイの手の上に座り込む。その様子にロイは嬉しそうに笑うと手に乗ったソレを目の高さまで持ち上げた。膝立ちになってロイを見つめるソレににっこり笑うと話しかけた。
「やあ、ハボ」
 ロイがそう言うと小さなハボックは不思議そうに首を傾げて「はぼ?」と呟いた。
「ハボはお前だ、私はロイ」
 ロイはハボ、と小さいハボの胸を指し、ロイと自分を指してみせる。何度か繰り返すと、ちびハボはロイの顔を見てにっこり笑った。
「ろ〜い」
(かっ、かわいいっっ)
 始めてみた瞬間からかわいいとは思っていたが、にっこり笑って自分の名を呼ぶちびハボの可愛さに、ロイはぶっ飛びそうになる理性を必死の思いで引き寄せた。
 指先でちびハボの顎をくすぐるとぺたんと尻餅をついて気持ちよさそうに目を閉じる。うっとりとロイの指に懐く姿にロイはグラリと眩暈がした。
(おっ、おちつけっ、ロイ・マスタング!こんなミニサイズにまで妙な気をおこしてどうするっ!!)
 ロイが必死に自分を宥めているのを知ってか知らずか、ちびハボはぺたんと座り込んだままロイを見上げた。ロイは思わずその胸元や首筋を指先で撫でてやる。するとちびハボが
「ろい…」
 と呟いてとろんとした目で見上げてきたものだから、ロイは慌ててちびハボをテーブルの上に下ろすと数歩後ろに下がった。
「たっ、頼むから私の理性を試すようなことをするのはやめてくれ」
 そんなロイをちびハボはきょとんとして見上げていたが、ぶるりと体を震わせると小さくクシャミをした。
「そうか、裸じゃ寒いだろうな。だが、お前に合うような服なんてうちには…」
 ロイはきょろきょろと辺りを見回していたが、自分のシャツのボタンを二つほどはずして襟元を開けると、テーブルの
上に座り込むちびハボを摘み上げた。
「とりあえずここに入っていろ」
 そう言って、ちびハボを胸元に放り込む。ちびハボは最初驚いた様子だったが、もぞもぞと動いて居心地いいように座りなおすと小さな手を伸ばしてロイの頬に触れた。
「ろ〜い」
 そう言って擦り寄ってくる温もりにロイは思わず笑みを零した。
「かわいいな、お前は」
 そう言ってちびハボの頭を撫でてやりながら、ロイは金髪の恋人のことを思い浮かべる。
「アイツもお前みたいだったらいいのに」
 恥ずかしがってなかなかスキといってくれないどころか、恋人同士となった今でさえ階級で呼んでくるハボックがちびハボの半分も素直に甘えてくれたらいいとロイは思う。
「本でも読むかな」
 ロイはそう呟くと2階へと階段を上がっていった。


「お前も何か読むか?」
 ロイはそう言って胸元のちびハボを覗き込む。ちびハボは不思議そうにロイを見つめるとチュッとロイの顎に唇を寄せた。
「ばか、煽るな」
 ロイはそう言って苦笑すると本を手に取り書斎の椅子に座り込む。そのまま黙って本を開くと、ちびハボは大人しくロイの胸に寄りかかるようにして一緒に本を覗き込んだ。


 そうして、暫く本を読んでいたロイは不意にぎくりと体を震わせた。
(冷たくなってきてる…?)
 そう思って慌てて胸元にもぐりこんでいるちびハボを引っ張り出す。さっきここに放り込んだときは温かかった肌が今ではすっかり冷たくなっていた。そうして、ビー玉のように明るかった瞳がうっすらと膜を張ったように濁っている事にロイは気がつく。ぼんやりとロイを見上げてくる小さな顔にロイは悲しそうに微笑んだ。
「そうか…もう、いってしまうのか」
 ロイはそう呟いてちびハボの頬を撫でる。ちびハボは嬉しそうに目を細めるとロイの指に頬を寄せた。
「またいつか会いにきてくれるか?」
 ロイがそう囁くとちびハボはロイを見上げた。そして。
「ろい」
 にっこりと微笑むとまるで空気に溶け込むようにさらりと砂になって崩れ落ちていった。


 ロイは暫く机の上の砂の山を見つめていたが、ゆっくりと立ち上がると窓を開けた。そうして両手で砂を集めると窓の外へ差し出す。すると柔らかな風が吹いて、掌の上の砂をさらさらと運び去っていった。風に運ばれて消えていく砂をロイはじっと見つめる。
「ありがとう」
 ロイはそう呟くと砂が消えていった空を見上げた。


2006/10/16


以前、メールでリクを頂いたミサさまが「ロイバージョンでちびハボに名前を呼ばせるロイのお話が読みたくなる」と仰っていたのを読みまして思わず書いてみてしまいました。時間軸としては「調理法」の少し前のお話になります。珍しくロイがまとも?でも、きっとこの日の夜、ハボは訳もわからず散々な目に合わされるのではないかなぁと妄想しております。