写真



「この間の視察の時の写真、お偉いさん達の分、焼き増ししといてくれよ」
 そう言ってブレダがネガとスナップを入れたファイルを休憩所のソファーに座るハボックに投げて寄越した。
「えーっ、何でオレがぁ?」
「いいじゃないか、俺、急ぎの書類があんだよ」
 んじゃ頼むわと言い置いて行ってしまったブレダの背にイーッと歯を剥いて、ハボックはソファーにどかりと座りなおした。ファイルをぱらぱらと捲りウンザリしたため息を漏らす。
「こんなおっさん達の写真、配ったところでなんになるって言うんだよ」
 写っているのは腹の出た脂ぎったオヤジばかりだ。うへぇと顔を歪めたハボックはあるページでファイルを捲る手を止めた。そこに写っているのはロイのバストショットの写真だった。カメラの方とは僅かに視線を外したその顔は微かに微笑んで、何かを喋ろうとするように口を開きかけている。
(大佐の写真なんて、初めて見るかも…)
 ハボックはまじまじとその写真を見つめた。ロイと暮らすようになって、一段と一緒に過ごす時間が増えて、ロイの顔をじっくり見る機会ならいくらでもあるが、こうして写真でみるとなんだか違う人を見ている気がした。
(やっぱ整った顔してるよなぁ)
 流石女性にモテモテなだけあって、目鼻立ちの整ったいい男だと思う。自分とは全然違った色合いの容姿。ハボックは写真をしげしげと見つめた。それから視線をあげて辺りを窺う。
(写真…もらっちゃ拙いかな…)
 ファイルからそっと写真を引き出す。
(大佐はこんな写真、いらないだろうし、もしどうしても必要ならネガだってあるし…)
 ハボックはそっと写真を上着の胸ポケットへ滑り込ませた。
(焼き増しの手間賃ってことで…)
そうしてハボックはファイルを手に立ち上がると司令室へと向かった。


 写真の焼き増しを手配すると、ハボックは外勤へと出て行く。今日は先日老朽化が原因で破損した水道管の補修工事だ。
「軍隊っつうより、土木会社に就職したみたいだよなぁ…」
 今日もきっとロイの顔を見る時間すらないだろう。夜になれば会えるとはいえ、やっぱり顔をみれば嬉しいし、やる気も沸いてくるものだ。いつもならこんな時はへこんだりするものだが、ハボックは胸ポケットを軽く撫でるとうっすらと笑った。
「隊長、なんか機嫌いいですね」
「ま…な。ほら、さっさとやっちまおうぜ」
 ハボックは照れくさそうに笑うと上着を脱いで手近の資材の上に置いた。そんなハボックを軍曹は不思議そうに見ている。
「なんだよ?」
「いやあ、いつもなら乱暴に放り投げるのに、今日に限ってやたら丁寧だなあと…」
「…余計なことに気、回してる暇あったら働けっての」
 ハボックはちょっと乱暴に答えると仕事に取り掛かった。後、数日もすれば補修工事も終わるところまできている。中で書類と向き合っているよりこうして外で体を動かした方が楽なハボックにとっては、文句はいっても外勤は意外と好きなのだった。
「でも、今日はちょっと暑いかも…」
 ハボックは額の汗を拭いながら呟いた。
「今日の大佐のサボり場所は資料室の奥あたりかな」
 こう暑かったらわざわざ外にサボりには出ないだろう。今日なら自分でなくても大佐の行方を捜すのは楽そうだ。
 ハボックがそんなことを考えながら手際よく作業を続けていると、後ろから大きな声が聞こえた。
「バカっっ!!今バルブをまわしたりしたら…っっ」
ザバア―――――ッッ!!
 その声に驚いて振り向いたハボック達へ向けて、水が塊りになって降り注ぐ。
「どわあっっ!!」
「うわあっっ!!」
 水の勢いに押されて、ハボック達は泥沼と化した地面に倒れこんだ。
「ぶはっ!!早くバルブを閉めろっっ!!」
 ハボックが腕で顔に当たる水を遮りながら叫ぶ。その声に誰かが慌ててバルブを閉めたのだろう、水は徐々に勢いをなくし、やがて止まった。後にはぐっしょりと濡れそぼたれたハボック達が呆然と座り込んでいた。
「―――なにやってんだ?!」
 泥水の中に座り込んだ軍曹が怒鳴る。しどろもどろになって言い訳する男達を見上げていたハボックは、突然ハッとして立ち上がると資材の上に置いておいた上着を手に取る。ハボック同様水が滴るほどぐっしょりと濡れたそれの胸ポケットを探ってハボックはがっくりと肩を落とした。
(写真…)
 まるで洗濯したような上着の中にあったそれは、濡れそぼたれて無残な様相を晒していた。うな垂れるハボックの背後から軍曹の声が飛ぶ。
「隊長!取りあえずこのままじゃいられないんで着替えに戻りますよ!隊長も、ほらっ!」
 ハボックの肘の辺りを引っ張った軍曹は、ハボックが引かれるままにふらりと倒れそうになるのにギョッとする。
「隊長っ?!どこか痛めましたか?」
 その声に振り向いたハボックの泣きそうな顔に周りにいた数人がハッとした。
「…んにゃ、なんでもない…」
 上着を手にとぼとぼと歩き出すハボックを追って、ずぶぬれの男達が歩き出す。青い濡れ鼠の群れは市街に泥の足跡を残しながら司令部へと帰って行った。


 熱いシャワーを浴びてさっぱりしたハボックを、だが、軍曹は「今日はもう来ないで結構」と置いていってしまった。
「そんなぼーっとして、怪我でもされたらかないません」
 ずけずけとものを言うハボックの直属の部下は、それでもハボックの様子に気を配ってくれているのだ。ハボックは情けないと思いつつも、軍曹の気遣いに甘えてしまう。そうして1人残されたハボックは、普段から息抜きに使っている小会議室へ入るとパーティションの陰に座り込んだ。ポケットから写真を取り出してため息をつく。びしょびしょになった写真はすっかりへろへろになってしまい、ロイの顔も皺だらけになってしまった。
「あ〜あ…」
 ハボックは立てた膝の間に顔を埋めてため息をつく。10代の子供が好きな人の写真を手にしたわけでもあるまいに、と思っても、それでもやっぱり気持ちが沈んでいくのは止められない。ネガがあるのだからもう一度焼き増しできないこともないが、なんに使うのかと聞かれたら答えられないハボックとしてはひたすら落ち込むしかなかった。
「はああ…」
 てろん、となった写真を眺めてハボックは何度目かのため息をつく。その時、すっかりしょげ返ったハボックの上から声が降って来た。
「何をやっているんだ、お前は」
 その声にハッとして顔を上げると、ロイの黒い瞳が見下ろしていた。
「た、たいさっ?」
 ハボックは写真を持った手をそっと背後に回す。
「今日は外じゃなかったのか?」
「えっと、その…」
 しどろもどろになるハボックの背後に目をやってロイは言った。
「それは何だ?」
 そう言われてぎくりとするハボックに目を細めてロイはもう一度言った。
「それは何だ、少尉?」
 「ずりぃ…」と呟いて俯くハボックの背に腕を伸ばすとロイはハボックが手にしたものを奪い取った。
「…?」
 俯くハボックの金色の頭を見下ろしてロイは聞く。
「これは?」
 濡れてへろへろになった写真の中の自分の顔をちらりと見ると、答えないハボックの前に膝をついて、ロイはハボックの顎に手をかけて上向かせた。
「ハボック?」
 ハボックは視線をうろうろと彷徨わせていたが、観念したように自分の顎を掴むロイの手を見つめながら答えた。
「ブレダからこの間の視察の写真を焼き増ししてくれって頼まれて…写真のファイルを見てたら、ア、アンタの写真があったから…」
「抜き取ったのか?」
 ロイの問いにハボックは頷く。
「何故、濡れてる?」
「さっき、水道管の補修工事の現場で誤ってバルブを開いたヤツがいて、水が…」
 じわりと涙ぐむハボックにロイは僅かに目を見開いた。
「お前…」
「アンタの写真、ダメになっちゃった…」
 ロイはハボックの様子にくすりと笑うと言った。
「何故私の写真を?」
 ロイの言葉にハボックはぎくりと身を強張らせて視線を泳がせた。なかなか答えようとしないハボックにロイは焦れてその空色の瞳を覗きこむ。
「ハボック?」
「ほ、欲しかったから…っ」
「何故?」
「…っ」
 真っ赤になったハボックは言葉に詰まって、だが唇を噛み締めると俯いてしまった。
「でも、ダメにしちゃったし…」
 泣きそうに歪む顔にロイは呆れたため息を漏らす。
「お前なぁ、写真くらいでそんなめそめそと…」
 それでも、目の前のハボックの顔にロイは苦笑を漏らすとその目尻に口付けた。
「全く、写真くらいいくらでもやるから」
「え…?」
 だから泣くな、というロイにハボックは目を瞬かせる。ロイはそんなハボックの髪をかきあげると微笑んだ。
「そうだ、代わりにお前の写真を私に寄越せ」
「えっ?!いやっスよ!オレの写真なんて…っ」
「何故だ、当然だろう、等価交換だ」
「オレの写真じゃ大佐のとは等価になりませんよっ」
 そういうハボックにロイはにやりと笑った。
「どちらの意味で等価じゃないのかな?」
「えっ、どっちってそりゃ…」
 慌てるハボックにロイはくすくす笑うと言った。
「まあいい。だったら一緒に写真を撮ろう。」
「ええっ?で、でもっ…」
「撮った写真を一枚ずつ持てばいい。そうだろう、ハボック?」
 黒い瞳に優しく見つめられてハボックは言葉を失う。目尻を染めて俯くと小さく頷いた。
「決まりだ」
ロイはそう言うとハボックにそっと口づけていった。


2006/8/30


久しぶりにエッチのないロイハボを書いたら、やけにハボが乙女〜。誰だ、コイツ?ってカンジですねー。二人でプリクラとか撮ってたら萌え萌えなんですけどー。