愛執染着5


「あれは昨夜散々ヤられたってカンジだな」
 と、ブレダ少尉がたった今司令室に入ってきたハボック少尉を指差しながら囁いた。
「えっ?」
「抜かずの3ラウンドくらいは軽いね」
 ニヤニヤしながら言うブレダ少尉にからかわれているのだという事は、とってもよく判っているのだが、それでも顔が赤くなるのを止められるわけもない。
「ブ、ブレダ少尉っ!変な事言うの、やめて下さいよっ!」
 僕がムキになって答えると、
「上司の体調くらい把握しておかないとなぁ」
 とブレダ少尉はしれっとして言って、平然と書類に向かってしまう。僕はといえばどうしていいか判らずに、ただオタオタとペンたてをひっくり返しては慌てて拾い集めたりしていた。
「はよー…」
 ハボック少尉がかったるそうにそう言いながら席に腰を下ろそうとして一瞬動きを止める。それからそろそろと椅子に座ると、はあ、とだるそうにため息をついた。
 ハボック少尉とマスタング大佐がいわゆるデキている関係だと知ったのはいつだったろうか。多分最初に気がついたのはホークアイ中尉で、その後すぐがブレダ少尉。僕がようやく知った時は司令部のほとんどがとっくに気がついていた。確かにあそこまであからさまにベタベタしていたら――と言っても、ベタベタしてるのは大佐の方ばかりで、ハボック少尉は恥も外聞もない大佐の態度に辟易しているようで、時々思い切り右ストレートなど食らわせているのだけれど――気がつかない方がどうかしているのだが。ブレダ少尉などはなかなか気がつかなかった僕に「信じらんねぇ」と言うけれど、でも、普通男同士が付き合っているなんて考えやしないだろうと思う。しかも、かたやアメストリス軍にロイ・マスタングありと言われたほどの女タラシで、かたや接近戦を得意とする大男だ。その二人がつきあってるなんて信じろと言われてもおいそれと信じられるものではないだろう。しかも、男同士で付き合うと言うことはどちらかが女役ということで、それがこのハボック少尉だなんて…。正直こんな真昼の太陽みたいな印象の人が男同士でどうこうなんて想像もつかない。そんなことを考えていたら、無意識にハボック少尉を見つめていたようで。
「オレの顔になんかついてるか、フュリー?」
 突然ハボック少尉にそう声をかけられて、僕はびっくりして飛び上がってしまった。
「や、や、や、べっ、別についてないですっっ」
 慌てて答える僕をブレダ少尉がニヤニヤ笑って見ている。ハボック少尉は納得いかないように首を傾げたが、肩を竦めると書類を手に取った。僕はそれ以上追及されない事にホッと息をついて、再びハボック少尉の様子を窺った。
 意外に長い睫に縁取られた瞳は綺麗な空の色で、ちょっと下がり気味だけど決してその容貌を損ねたりはしていない。むしろ人懐こいカンジで、にっこり微笑まれたりしたらドキドキしそうないい男だと思う。部下の信頼も厚くて、咥え煙草で何事もめんどくさそうな外見に反して仕事も出来るし、これでどうして女の人にモテないんだろうと、ずっと疑問に思っていたら、実は大佐が裏で手を回して、男も女も少尉に近づこうとする人は全部排除していたのだと知って、かなりびっくりしたものだ。そんな大佐だって、女の人にモテモテで、とっかえひっかえデートしていたくらいなのに。
 それがよりによってこの二人だなんて、世の中判らないものだよなぁ、などと思っていたら。
「フュリー曹長」
 僕のすぐ側に立ったホークアイ中尉に声をかけられて慌てて立ち上がった。
「は、はいっ」
 そんな僕を中尉は驚いたように見つめて、でもすぐにっこりと笑った。
「申し訳ないのだけど、資料室で探してきて欲しい書類があるの。お願いできるかしら?」
「はい、勿論ですっ」
「この書類なんだけど」
 そう言って中尉は5つほど書類名の書いた紙を差し出した。
「少し古い資料だから奥のほうへ入ってしまっているかもしれないけれど、お願いね」
「はい」
 僕は頷いて紙を受け取ると、司令室を後にした。

 ひんやりとした資料室を僕は奥のほうへと入っていった。ホークアイ中尉から頼まれた資料は、確かに奥のほうに移されてしまったようで、なかなかそれらしい資料が見当たらない。僕は一つ一つ書棚を確認しながら目指す資料を探していた。かなり奥まったところまで入り込んで、流石にここにはないだろうと見切りをつけて戻ろうとした時、足音がして誰かが入ってきたのが判った。こんな奥に資料を探しにくる人が僕以外にもいたのかと本の隙間から向こう側を覗いた僕は、そこにいた人物に思わず凍り付いてしまった。
「たいさ、なんスか、一体?」
「ん、お前、今日はこれから出突っ張りか?」
「そうっスね、多分戻るのは夕方だと思いますよ。大佐はこれから会議でしょ?」
「まあな…」
 入ってきたのはハボック少尉とマスタング大佐だった。二人は僕がいるところのもう1つとなりの通路で話をしているのだった。
「ちょっと、なんスか、この手は」
 ハボック少尉が少尉の頬を撫でる大佐の手を取ってそう言う。僕に背を向けて立っている大佐の表情は判らなかったが、僕の方を向いて立っている少尉の恥ずかしそうに目元を染めた顔は、薄暗い資料室の中でもよく見えた。
「暫く顔をみられないだろう?」
 そう言って大佐は少尉の顎を掴む。少尉は困ったような顔をして大佐の手をやんわり掴んだ。
「何言ってるんスか、子供みたいなこと」
「ほんの少しでもお前の顔が見られないのはツライんだ」
 大佐は恥ずかしいセリフをさらりと言ってのけると唇を重ねる。ぴちゃりと濡れた音がして僕はどきんと心臓が跳ねた。
 なんだか、すごい拙い所に居合わせてしまったような気がする。でも、今更どんな顔をしてここから出て行けというのだろう。どうしていいか判らずにおろおろする僕の視線の先でようやく二人が唇を離した。深く口付けていたのを証明するように二人の間を銀色の糸が結んでいる。
「たいさ、早く戻らないと、また中尉に怒られますよ?」
「まだ時間はあるさ」
 体を放そうとするハボック少尉を引き寄せて、大佐は少尉の耳元にキスをした。そうして次の瞬間、大佐の手が少尉のズボンを寛げるのが見えてしまった。
「ちょっ…、たいさっ」
 慌てた少尉が大佐の手を止めようとするが、大佐は構わず少尉のズボンを引き摺り下ろしてしまう。
「たいさっっ」
 ハボック少尉が身を引こうとするのを構わず、大佐は少尉の前に跪くと、少尉の股間に顔を埋めた。
「やだっっ、たいさっ!!」
 ハボック少尉が真っ赤になって大佐の髪を掴む。じゅぶっと音がして、否応なしに大佐が少尉に何をしているのかが判ってしまった。
「た、いさっ…はなし…っっ」
 じゅぶじゅぶと音が激しくなるのと同時に、ハボック少尉の言葉が途切れ呼吸が乱れる。書棚に寄りかかるようにして僕の方へ顔を向けた少尉の表情は、僕が今まで見たことのあるものとは全く違って、酷く淫靡で色っぽかった。僅かに開いた唇から熱い吐息を零し、空色の瞳にはうっすらと涙が滲んでいる。それはその気が全くない僕にすら物凄く強烈に色香を放って見えて、とてもあのハボック少尉と同一人物には見えなかった。
「あ、あ、も、ダメ…イく…っ」
 少尉はそう呟くと大佐の髪を握り締めて喉をそらす。ぶるっと体を震わせて小さな悲鳴を上げた様子から、少尉が吐精したのだと判った。涙を滲ませて荒い息を零す少尉は物凄く色っぽくて、僕は思わずごくりと唾を飲み込んだ。大佐はゆっくりと立ち上がるとハボック少尉のズボンを直してやり、その紅く染まった目元に口付ける。少尉は紅くなった顔で大佐を睨みつけたが、それはまるで甘えているような表情で普段の少尉からは想像もつかなかった。
「ヒドイっスよ、アンタ…」
「もっと欲しくなったか?」
 意地悪く囁く大佐の言葉にハボック少尉は耳まで真っ赤になると俯いてしまった。
「可愛がってやりたいのは山々だが、続きはあとでな」
 大佐に軽く口付けられ、ぽんと背中を押されてハボック少尉は恥ずかしそうに笑うと先に資料室を出て行った。僕は今見た事にドキドキと高鳴る心臓を必死に宥めながら、早く大佐も出て行ってくれないかと考えていた。するとその時。
「覗きは感心しないな、フュリー曹長」
 大佐にそう言われて、僕は飛び上がってしまった。咄嗟に何か言おうとしたけど喉がからからに渇いて言葉が出てこない。
「まあ、私達の方が後から来たようだから文句も言えまいが」
 大佐は肩越しに僕がいるほうの書棚を振り返って言葉を続けた。
「今日のところは大目にみるが、他言は無用だ。それとハボックには絶対言うなよ。見られてたなんて知れたらこれから先、ここでヤらせてもらえなくなってしまう」
 大佐はとんでもないことをさらっと言ってのけると、「いいな」と言い残して資料室を出て行ってしまった。大佐が出て行った途端、僕はヘナヘナと床に座り込んでしまった。一体いつから僕がここにいたと気がついていたんだろう。いや、もしかしたらここに入ってきたときから気がついていたのかもしれない。
 僕は床に座り込んだまま、今後のことを思ってがっくりと落ち込むしかなかった。


2006/10/25


今回の被害者(?)は司令室唯一の良心、フュリー曹長ですー。これを機にフュリーがその道に行っちゃうのかどうかはご想像にお任せってことで…。しかし、相変わらずうちのロイはとんでもないヤツです(汗)