| 愛執染着3 |
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「あっ…や、もう…やめっ…」 ベ ッドの上で逃げようともがく体をロイは引き戻した。 「たい、さっ…も、やめて…っ」 「ダメだ…」 懇願するハボックの言葉を切り捨てて、ロイはハボックの中に埋めた自身をぐいと突き上げる。途端、ハボックの唇から掠れた悲鳴が零れて、含んだロイをぎゅっと締め付けた。その淫猥な動きにロイは満足げに笑う。喘ぐハボックを思うままに犯して、ロイは恋人の体を飽くことなく堪能した。 「はあ…」 自分の体に回されたロイの腕を外してハボックはゆっくりとベッドから脚を下ろした。結局昨夜も散々に好きにされて体がだるくて仕方がない。ハボックが仕事に差し障るのは絶対にイヤだと何度も強く言ったおかげで、休日前でない時はエッチは精々2回まで、というのが暗黙の了解になっているのだが。だがしかし。 「あんの、クソエロおやじ…」 ハボックは覚束ない足取りで浴室まで来ると、熱いシャワーを浴びる。ロイが眠る前にきれいにしてはくれた様だが、熱いシャワーでも浴びないことには、とても体が動き出しそうもない。 精々2回の暗黙の了解を得て喜んでいたのも束の間、今度はなかなか達かせてもらえなくなった。要はイッた回数イコールエッチの回数と解釈したロイが、ハボックを散々追い上げるものの達かせようとしなくなってしまったのだ。おかげで、追い上げられて切羽詰った状態で散々焦らされる結果となり、辛さのあまり、以前なら絶対口にしなかったようなエゲツナイ言葉で強請るように強要され、言った所ですぐに解放されるわけでもなく、結果的には以前より疲弊しているようなハボックなのであった。 「くそー…、何とかなんないかな、あの人…」 ハボックは浴室から出るとガシガシと髪を拭きながら独りごちる。そうして暫く考えた後、ハボックは自分の部屋に行くと眠るロイを起こさないよう、カバンに服を詰め込んだ。そっと部屋を出て玄関にカバンを置くと、ちょっと逡巡してキッチンに戻る。ロイが起きてくる時間に合わせてコーヒーをセットすると、冷蔵庫からレタスとトマトとベーコンを取り出して、手早くサンドイッチに仕上げた。それから、ロイが眠る部屋まで行くとロイの手の届かない場所から大声で言った。 「たーいーさーっ!今日は直行で会議でしたよねっ!朝飯作ってありますから、それ食べて、あと1時間もしたら迎えの車が来ますから、ちゃんと起きてくださいね!」 ハボックの声にベッドの上でロイがむにゃむにゃと声を返す。ハボックはそんなロイを見ながら付け加えた。 「それから、オレ、アンタが真面目に心を入替えるまで、暫くこっちに帰ってきませんからっ!それじゃ!」 ハボックはそれだけ言うと逃げるようにそそくさと家を後にする。玄関の扉が閉まって数秒たったところで、ベッドの中のロイがガバリと飛び起きた。 「帰ってこないっ?どういうことだ、ハボック!!」 そう言った所で既にハボックの姿はなく。ロイはベッドから飛び降りるとクローゼットの扉を開けた。 「軍服がない…」 普段、そこに掛かっているはずのハボックの軍服数着と、洋服が数枚消えている。ロイはばたばたと階段を駆け下りるとキッチンを覗いた。空っぽのそこにはコーヒーのよい香りが漂うだけだった。 「何を考えているんだ、アイツはっ!」 ロイの空しい叫びに答える者は誰もいなかった。 司令室に入って、ブレダの顔を見るなりハボックは言った。 「ブレダ、今日から暫くお前んちに泊めて―――」 「断る!」 最後まで聞くこともせずにそう答えたブレダにハボックは目を丸くする。 「…おい、理由ぐらい聞いてから決めたって…」 「どうせまた、大佐とくだらないケンカでもして家、出てきたんだろうが」 「くだらないとは何だよ!」 「痴話喧嘩なんてくだらないに決まってんだろ」 「痴話…って、あのなあっ」 「とにかく、絶対断る!大佐がらみの事にオレを巻き込むな」 取り付く島のないブレダに、ハボックは口を噤むと、次の瞬間ぱっとフュリーを見た。 「だったら、フュリー!お前泊めて―――」 「僕もお断りします!」 「なんでだよっ」 「命は惜しいですからっ」 「じゃあ、ファルマン!」 「私もお断りです!」 「〜〜〜っっ!!」 冷たい同僚達にハボックは怒りのあまり言葉もない。そんなハボックにブレダはため息をついて言った。 「悪いことは言わないからよ、とっとと帰って大佐に謝っとけ」 「何でオレが謝らなきゃいけないんだよっ」 悪いのはあっちなのに、と口を尖らせるハボックにブレダはうんざりして言う。 「お前が大佐に敵うわけないだろ。とにかくこっちに火の粉を飛ばすなよ」 「も、いいっ!お前らには頼まない!」 ハボックはカンカンに怒ってそう言うと、司令室を出て行ってしまった。 「帰ってこない…。」 もうだいぶ夜も更けた頃。ロイはリビングのソファーに座ってぼそりと呟いた。今日は会議だ何だと席を外す機会が多く、ハボックの方も演習やら外勤やらで席に戻ってこず、結局話すどころか顔を合わす機会すらないまま1日が過ぎてしまった。それでもいくらなんでも夜になったら戻ってくるのではないかと、淡い期待を抱いて待っていたのだが、連絡すらないままいつの間にやら夜が更けていた。 「どうして、ああすぐヘソを曲げるんだ、アイツは」 好きな相手を抱きしめて放したくないと思うことがそんなにいけないことだろうか。むしろ、ハボックこそ淡白すぎないかとロイは思う。 「もっと欲しがってくれてもいいじゃないか」 あくまで自己中心的な男はそう呟くと悶々と眠れない夜を過ごすのだった。 「ブレダ少尉!」 司令室の扉を開けるなりロイが怒鳴る。ああ、またか、とウンザリしてブレダはロイを見やった。 「なんですか、大佐」 「ハボックがお前のうちに―――」 「泊まってませんから。」 間髪を入れず返ってくる答えにロイは口を噤む。疑うようにみればブレダは肩を竦めた。 「疑うならどうぞ見に来てくださいよ。来てないっすから」 そういうブレダにロイは今度はフュリーを見る。フュリーはぶんぶんと頭を振って否定した。 「大佐、ハボのヤツ、確かにオレ達に泊めてくれって言いはしましたけどね、みんな断ったんですよ」 「…でも、昨夜は帰ってこなかった」 「どこか野宿でもしたんじゃないんですか?」 フュリーがそう言うとロイは思い切り顔を顰めた。 「そんな物騒な。誰かに襲われでもしたらどうするんだ?!」 真剣にそういうロイに皆心の中で「襲うのはアンタだけだ」と思ったのは間違いない。ちょうどその時、司令室の扉が開いて、ハボックその人が入ってきた。 「ハボック!お前昨夜は―――」 ハボックに言い募ろうとロイが口を開いた時、ハボックの後ろからホークアイが入ってきた。ハボックは体をずらしてホークアイを先に通すと自分は涼しげな顔でその後ろに立つ。 「大佐、昨日お願いした書類はもう出来てますでしょうか」 「ぅ…」 冷ややかにそう尋ねられてロイは言葉に詰まった。 「昨日あれほど申し上げましたのに、まさか終わっていないなどということはありませんわね」 ホークアイにそう言われてロイは冷汗を流した。昨日はハボックのことが気になってとても仕事をする気になどなれず、処理しなければいけない書類が残っているのは判っていたが、早々に帰宅してしまったのだ。ロイは引きつった笑いを浮かべるとホークアイに言った。 「いや、勿論、殆んど出来ているとも、殆んど!」 「大佐」 冷たい視線で睨まれて、ロイはすごすごと執務室へと向かう。恨めしげにハボックを見れば楽しそうに笑う空色の瞳にロイは思わず蹴飛ばしてやりたい衝動に駆られた。 ロイがホークアイと共に執務室に消えてしまうと、ブレダはハボックを見やった。ハボックは涼しい顔で席に座ると煙草に火をつけている。 「ハボ、お前、昨夜はどこにいたんだよ」 ブレダが小声でそう聞くと、ハボックは済まして答えた。 「ん、ナイショ」 「内緒ってお前…」 「だってお前らに言ったらすぐ大佐にバレちゃうじゃん」 そらそうだけどよ、とぼやくブレダにハボックは笑った。 「いいじゃん。お前達に迷惑かけてないんだし」 そう言うハボックにブレダは内心顔を顰めた。痴話喧嘩自体が既に迷惑だ。ハボックが家に戻らない限りはロイの機嫌は最悪だろうし、そのとばっちりを受けるのは間違いなく自分達だ。プライベートを思いっきり職場に持ち込んでくる二人にブレダはうんざりとため息をついた。 何とかして二人きりになろうとするロイを、今日一日ハボックは仕事のスケジュールと書類の山と、そしてホークアイを盾にかわしきると、そそくさと帰路に着く。ロイがまだ山のような書類を抱えて身動きが出来ないのを知りながら、ワザとらしく「お先に失礼します」などと言いおいて帰っていくハボックに、ロイは腸が煮えくり返った。 「フュリー曹長!」 ロイは怒りに目をぎらつかせてフュリーを呼ぶ。「なんで僕が」と視線で泣きをいれるフュリーの肩をポンポンと叩くとブレダは人身御供とばかりにフュリーをロイの前に突き出した。 「な、なんでしょうか…?」 びくびくとお伺いを立てるフュリーにロイは一言言った。 「ハボックの後をつけろ」 「ええーっ!何で僕が…っ」 「四の五の言わずにとっとと行け。見失ったらどうなるか判ってるだろうな」 本気の視線でそう告げられて、フュリーは縮み上がると慌てて司令室を飛び出していく。そんなフュリーを気の毒そうに眺めるブレダにファルマンが囁いた。 「3日ですかね」 「…明日には終わんだろ」 本気になったら容赦のないロイのことだ。きっと明日にはハボックの居場所を突き止めて連れて帰ることだろう。 (どうせなら仕事で本気になって欲しいもんだよな…) きっとホークアイが一番そう願っているだろうと考えながら、ブレダは煙草に火をつけた。 司令部の建物を出ると、ハボックはなるだけ人目につかない道を通りながら目的地へと向かう。若干遠回りをしてハボックがたどり着いた先は、軍部の若い連中が多く入居する軍の寮だった。 昨日、ブレダたちだけでなく、わりと親しい同期の連中からも一夜の宿を断られて、ホテルか野宿かと悩んでいたハボックに、寮に住むハボックの小隊の部下達が救いの手を差し伸べたのだった。 「でも、寮の個室って狭いんだろ?そんなとこにオレが泊まったら迷惑なんじゃないのか?」 いくら部下とはいえ、そこまで図々しくなれなくてそう言ったハボックに部下達は一斉に首を振った。 「そんなこと全然気にしないで下さい!」 「そうです!隊長が困ってらっしゃるのですから、これくらい当然のことです!」 「隊長と同じ部屋で寝られるなんて光栄です!」 口々にそういう部下たちにハボックは感激して頷いた。 「だったらお言葉に甘えてそうさせてもらおうかな」 ハボックの言葉に部下達が歓声を上げる。かくしてハボックは独身寮の部下達の部屋に世話になることになったのだった。 「独身寮だと?!」 必死の思いで後をつけたフュリーがハボックが独身寮へ入るのを見届けると、すっ飛んで帰ってきてロイに告げた。ブレダはフュリーの覚束ない尾行によくハボックが気がつかなかったものだと思ったが、却ってあまりにつたないそれに警戒心も沸かなかったのだろうと思い至り、わざわざフュリーを行かせるあたり、さすがロイ・マスタング、侮りがたしと認識を新たにしたのだった。 「独身寮だなんて…狼の群れの中に放り込むようなものじゃないかっ!」 ロイはそう怒鳴るとがたんと席を立った。そのままコートを引っつかむと外へ出て行こうとする。 「大佐、どこへ?」 判っていながらブレダは一応言ってみる。 「寮に決まっているだろうが!」 「…また中尉に怒られますよ」 「そんなこと構っていられるか!フュリー、一緒に来い!」 そう言ってロイは嫌がるフュリーを引き連れて部屋を出て行ってしまった。 「…オレ、一応引き止めたよな?」 「そうですな、一応…」 ぼそっと呟くブレダにファルマンが答える。ロイよりもハボックよりもホークアイの怒りが怖い二人であった。 独身寮に着くと、ロイは玄関先で怒鳴った。 「ハボック!ここにいるのは判ってるんだ!とっとと出て来い!」 あまりの剣幕に寮の住人達は恐れをなして物陰から様子を窺うばかりだ。ハボックも部屋の片隅に隠れながらあまりにも早く居場所がバレたことに呆然とする。 「出てこないのか?出てこないのなら…」 ロイは胸ポケットから発火布を取り出すと手に嵌める。 「あぶりだすのみ!」 そう言って手を前に出すロイにハボックは慌てて部屋を飛び出した。 「ちょっと待った!」 青い顔をしてロイの前に出てきたハボックにロイはにっこりと笑う。 「アンタ、寮ごと燃やす気ですかっ?!」 「お前がとっとと出てこないからだろう」 悪びれもせずそう言い放つロイにハボックは眩暈を覚える。それでも気持ちを立て直すとロイに向かって言った。 「とにかく、オレはアンタが心を入替えるまで帰りませんから」 そう言うハボックにロイは悲しそうな顔をした。 「ハボック…、お前は私が遅刻しまくって、中尉に迷惑をかけてもいいと言うのか?」 「はい?」 「まともに食事も取れず栄養失調になっても?」 「何言ってるんスか、アンタ…」 「お前が帰ってこなければ、私を待っているのはそういう人間らしい暮らしとは程遠い生活だということだ」 「そんな、大袈裟な…」 「大袈裟なもんか。お前が一番よく知っているだろう?私が寝ぎたないことも、放っておけばまともに食事も取らないことも」 「そうっスけど…」 二人のやり取りを聞きながらフュリーはさすがロイ・マスタングと思う。これがもし『好きだから戻ってくれ』と言ったらハボックはきっぱり拒絶していたことだろう。しかし、この言い方はもともと面倒見がよくて世話好きなハボックの弱い部分を上手に突いている。これで断れるほどハボックが冷たい人間でないことも了承済みだ。 「それでもどうしてもお前が帰りたくないというのなら、私に強制することは出来ないが…」 そう言うとロイはため息をつく。そんなロイにハボックはおたおたと手を振り回した。 「いや、でもあの…」 「仕方ない、帰る事にするよ…」 ロイはそう言うと踵を返して寮を出ようとする。ハボックはがっくりと肩を落としたロイの姿に慌てて声をかけた。 「あ、あのっ、たいさっ」 ハボックの声にロイがちらりと振り向く。その傷悴した顔にハボックはため息をついた。 「もうっ、戻りますよっ!戻ればいいんでしょ?!」 その言葉にロイの唇の端が僅かに持ち上がったのをフュリーは見てしまった。ロイと目が合ってしまってフュリーは竦み上がる。慌てて目をそらすフュリーの肩をポンと叩くと、ロイは遠慮がちにハボックに言った。 「いいのか、ハボック…?」 「だって、仕方がないじゃないっスか…」 ぼそりと言うハボックにロイは俄かに顔を輝かせるとハボックの腕を取る。 「なら、さっさと帰るとしよう。騒がせたな、諸君。ハボックが世話になった礼は今度ゆっくりさせてもらうから」 後半のセリフになにやら不穏な空気を滲ませながらロイはそう言うと、ハボックを引きずるようにして歩き出す。そんな二人をフュリー達はウンザリと見送るのだった。 結局一晩空けただけで戻る事になった家のソファーに座ってハボックは首を傾げる。 「なんかオレ、肝心なこと忘れてる気が…」 どうもいつの間にやら論点がすり替わった様な気がするのは気のせいだろうか。 「ハボック…」 隣に座ったロイに抱きしめられながらどうにも腑に落ちないハボックであった。 2006/9/15 |
| 結局はロイの掌の上のハボ、っていうお話。 |