金剛石 15


「ここにこうして二十周年の祝賀式を執り行う事が出来ますのもご支援ご協力頂きましたみなさまのおかげと───」
 延々と続くスピーチにロイは来賓用の椅子の背にうんざりと体重を預ける。立場上こういった場所に招かれるのはしょっちゅうだったが、この手の式典が大嫌いなロイとしてはもうあと五分も耐えられないと脚の上で組んだ手をギュッと握り締めた。
(大体なんだ、このホールは)
 ロイはそう思いながら視線だけでぐるりとホールの中を見回す。ゴテゴテと装飾が施されたそれは、見た目もさることながら機能の面でも褒められた代物ではなかった。
(よくこれで建築基準法をクリア出来たな)
 無駄な装飾のおかげで出入口が極端に狭く、また人の動線を無視した通路や配置がスムーズな移動を妨げている。有事の際には本来なら起きないですむ混乱を招くのは必至で、ロイはこんな建物の建築申請に許可を出した役人の常識を疑いたくなった。
「次に東方司令部副司令官ロイ・マスタング大佐からスピーチを頂きます。マスタング大佐はご存じの通り焔の錬金術師としてその名を馳せており」
(くだらん事を)
 延々とロイの功績について美辞麗句を並べ立てる進行役の声にロイはあからさまに顔を顰める。これ以上聞いていられるかとロイは立ち上がると、たった今まで不機嫌に顰めていた顔ににこやかな笑みを浮かべて進行役からマイクを奪い取った。


 舞台の上の来賓用の席に座るロイをハボックはホールの片隅から見つめる。式典が進むにつれロイの秀麗な顔に不機嫌な色が浮かぶのを見て、込み上がってくる笑いをグッと飲み込んだ。
(変な奴)
 今までの自分の上官は多少の差はあるものの誰もが己の身分を誇示したがったものだった。こんな式典の場が大好きで少しでも長く壇上にとどまり一言でも多く話そうとしていたが、ロイはそういった上官達とは真逆の考えを持っているようだった。
(その上)
 と、ハボックはロイの事を考えるとついついそちらへ向いてしまいそうになる気持ちを慌てて引き戻す。軽く首を振ってハボックは鋭い視線をホールの中へと投げかけた。
(早く終われっての)
 ハボックはホールに響きわたる実のないスピーチに眉を顰める。昨日の最終チェックでも不審物は見あたらなかったし、不審者が入ってこられないよう出入口で厳重なチェックもしている。これ以上ないほどにロイの周りには気をつけたつもりではあるが、それでもハボックはこみ上げてくる不安を打ち消すことが出来なかった。
 勝手にすればいいと何度も思った。あれだけ忠告しても自分を側に置くことをやめないと言うなら、ロイがどうなろうが自分には関係ないと思おうとした。だが。
 士官学校に入ったばかりの頃初めて目にしたロイ・マスタングという若い士官。こんな軍人がいるのかと淡い憧れと共に将来の目標になった人物の事を、ハボックは長くは胸に留めてはおけなかった。運命という名を借りた暴風雨がハボックから最後の夢も希望も根こそぎ奪い取ってしまったからだ。ハボックはただ真っ青なその瞳に皮肉な光をたたえて自分を取り巻く世界を見つめるようになった。そんな中ロイの元への異動は最高の皮肉だと思っていたのに。
 何度も繰り返されるロイの言葉に、向けられる強い視線に、戸惑いながらもとっくに捨てたはずの希望が蒼く深い水底から淡いきらきらとした泡を纏って浮かび上がってこようとする。何度も押し込め沈めようとして、それでも叶わず浮かび上がってくるそれが水面に顔を出した時、纏つくきらきらとした泡の正体がロイへの恋慕だと気づいたハボックは、もう一度その泡を小箱に閉じこめ自分の中の蒼い水底に沈めた。誰にも、ロイにすら気付かせぬままロイを守るという決意と共に。
(早く終われ)
 ハボックがそれだけを念じながら蒼い瞳をロイに向けた時、パキンという音が頭上から響いた。


2011/04/22


→ 金剛石16