act.9  wall2


「今日こそは乗り越えてやるっ」
 シャツの袖を捲り上げて、演習場の壁の前に立つロイの姿にハボックはため息をついた。
「なにもそんなムキにならなくても…」
 実際の所、ロイがこんな壁をよじ登るような場面に遭遇することなどありはしないのだからとハボックは思ったが、それを言ったところでロイが聞くとも思えなかったので、ハボックは敢えて言おうとはしなかった。
「上から引っ張りましょうか?」
「昨日みたいにまた上から圧し掛かられたら堪らん」
 ロイに言われてハボックは顔を赤らめた。そんなハボックをちらりと見やってロイは言う。
「何もしなくていいから、お前はソコで見ていろ」
 こんな壁くらいなんでもない、と呟いてロイは壁に向かって走り出した。ダンッと壁を蹴りあがり必死の思いで壁の上を掴んだはいいが、上に体を引き上げようとして曲げた腕はすぐさままっすぐに伸びてしまった。壁の表面にでろんとぶら下がるロイの姿に、ハボックは思わずプッと噴き出してしまう。ロイは手を離して地面に降りると顔を赤らめてぼそぼそと呟いた。
「い、今のはタイミングが悪かったんだ。次こそは…」
 そう言うと再び壁に向かって走り、数歩壁に足をつくと壁の上部に手をかける。そして。
 やはり同じようにでろんと壁にぶら下がるロイの姿に、ハボックは今度は我慢できずにゲラゲラと笑い出した。
「きっ、きさま…っ」
 真っ赤になってハボックを睨みつけるロイにハボックは「すんません」と笑いの合間にきれぎれに呟いて、それでもなお腹を抱えて笑っていた。
「笑うくらいなら手を貸したらどうだっ?!」
 そう怒鳴りながらハボックを睨むロイをハボックは涙が滲む目で見つめた。
「だってさっきアンタ何もしなくていい、って…」
「うるさいっ!そういう風に気が利かないから出世しないんだっ!」
 半ば八つ当たり気味にそう言われて、ハボックはひでぇとぼやきながら壁の側へ立った。ロイはふんっと鼻をならすと壁を睨みつける。そうして三たび壁に向かって走り出すと壁の表面をダンッと蹴り上げた。ロイが壁の上部に手をかけるのと同時に、壁の側に立っていたハボックがロイの体を下から支える。上に押し上げてやろうと思い切り力を込めたハボックの手のひらにムニュッと不思議な感触が伝わってきた。
「え…?」
 その柔らかい触感にハボックが押すのを躊躇っていると頭の上からロイの怒声が飛んできた。
「しっかり押せっ、ハボックっ!」
「うわっ…はいっっ!!」
 言われるままに押し上げた手のひらに力を込める。ムニッと気持ちのよい握り心地にハボックがまじまじと上を見上げ、そして。
 自分が押し上げているのがロイの尻だと判るとハボックの顔が火を噴いた。咄嗟に力が抜けたハボックをロイが再び怒鳴りつける。
「もっと強くっ!!」
「や、そのっ」
「ハボックッ」
「ハイッッ」
 ムギュッと。押し上げると言うよりは握り締めたに近いその動きに流石のロイも「あっ」と叫んでびくんと体を震わせた。闇雲に押し上げるハボックの手がロイの尻を揉むように握り締め、ロイは思わず壁から手を離してしまった。
「ひゃっ…」
 落ちてきたロイの体の重みを咄嗟に両手だけでは支えきれず、上を見上げたハボックの顔の上にロイの形の良い尻が降ってきて。
 気がついたときにはハボックの顔はロイの尻の下に敷かれていた。
「うわあっ!」
 自分の尻の下にハボックの顔がある事に気がついたロイは文字通り飛び上がる。よろよろと体を起こした真っ赤な顔をしたハボックと目が合い、ロイは何度かぱくぱくと口を動かした後、ようやく言葉を口にした。
「なっ、なにするんだっ!」
 涙目になって「おムコに行けなくなったらどうするんだっ」と訴えるロイにハボックは自分の両手をまじまじと見つめる。まだその手に残る感触に、ハボックはごくりと喉を鳴らすと掠れた声で呟いた。
「あ、の…オレが責任…」
「何をやってらっしゃるんです、こんな所で」
 ハボックの掠れ声をかき消すように硬質な声が降ってくる。はっとして振り仰いだ2人の目に冷たく見下ろしてくるホークアイの姿が飛び込んできた。
「「中尉…」」
「大佐、至急の書類が山積みです。こんな所で遊んでないでさっさと戻って下さい」
 ピシリとそういうホークアイにロイは心の中で叫んだ。
(あと少しだったのにーーーっっ!!)
 だが、そうホークアイに告げるわけにもいかず。
 ロイはがっくりと肩を落とすと、ポケッとへたり込むハボックをちらりと見やってホークアイと共に歩き出したのだった。


2007/1/17