act.8 wall



「で、何でこんなものがあるんだ」
「なんでって、そりゃここは演習場っスから」
 軍の演習場の一角にある壁の前で、不機嫌そうに言うロイにハボックは答えた。
「潜入作戦の時は必ず塀をよじ登ったりしますからね、そういう練習するのに使うんスよ」
 ハボックは壁に触れながらロイに説明する。突然ハボック達がいつも使っている演習場で自分もやってみたいと言い出したロイを、仕事に煮詰まったなと判断したハボックが気分転換に連れ出したところだった。
「ロープか何かついてないのか?」
「あのね…」
 さも当然とそう言うロイにハボックはがっくりと肩を落とすと答える。
「敵のアジトの塀にロープが垂れ下がってるわけないでしょ。大体コレくらいの高さの壁、ロープなんてなくても 登れるでしょうが」
 ハボックはそう言うと少し壁から離れた位置に立った。そうして壁に向かって勢いよく走ると壁を3歩ほど駆け上がり長い腕を伸ばして壁の上に手をかける。そのまま懸垂の要領で体を引き上げるとアッと今に壁の上に登ってしまった。
「ね?」
 そう言ってにっこり微笑むハボックを、ロイは不覚にもカッコいいと思ってしまった。そう思ったのを気づかれないようにわざと言葉に出しては違うことを言った。
「犬かと思っていたら猿だったのか、お前」
「アンタねぇ…」
 ハボックはむぅと下唇を突き出してロイに向かって言う。
「そんなこと言ってる間にアンタもやってみたらどうです?」
 言われてロイは壁から数歩下がるとハボックがいる壁の上を見上げた。
「ああ、大佐。上着脱いだ方がいいっスよ。腕、上がんないっスから」
 言われて見ればハボックは黒いTシャツ1枚だ。ロイは上着を脱いでワイシャツ姿になると、片脚を一歩引いてタイミングを計る。軽く息を吐くと壁に向かって走り出した。壁の間際の土を蹴って飛び上がると壁にダンっと脚をつくロイに向かって、ハボックが手助けしようと手を伸ばす。咄嗟に伸ばされた腕に掴まったロイをハボックはぐいと引き上げた。その時。
 襟元を開いたロイのシャツの隙間から白い肌が覗いたのにハボックはどきりとする。しかも真上から覗いた為、仰け反らせた喉から胸の飾りまでがバッチリ見えてしまった。
「っっ!!」
 思い切り意識がそちらに行ってしまったハボックは、ロイにぐいと引かれてバランスをくずしてしまう。
「う、わあっ!」
「あっ!」
 そうしてロイ諸共地面へと落ちてしまった。
「いてててて…」
 ハボックは体を起こそうと手をついた地面が妙に柔らかい事に気がつき伏せていた目を上げる。そして。
 すぐ目と鼻の先にあるロイの顔に凍り付いてしまった。ロイの方も落ちてきたハボックに圧し掛かられた痛みに文句を言おうと開いた口を閉じることも出来ずに目の前のハボックの顔を見つめている。バクバクと鳴る心臓の音が相手に聞こえているのではと、早く相手から離れなくてはと思えば思うほど、体は言うことを聞かない。ハボックは目の前のロイの僅かに震える唇がしっとりと濡れているのを見てごくりと唾を飲み込んだ。好きだと告げてその唇に口付けたらロイは一体どうするのだろう。ハボックは緊張に掠れる喉に必死に唾を飲み込むと声を絞り出した。
「たいさ…オレ…っ」
 いつにないハボックの様子にロイは内心ハッとなった。
(やっと言ってくれるのか…っ?)
 待ちに待った告白の言葉を、今日やっと聞けるのかとロイが期待に満ち満ちた目でハボックを見つめた時。
「たいちょお〜〜っ」
 間の抜けた呼び声が聞こえてハボックの小隊の部下が走ってくるのが見えた。
「っっ!!!」
 ハッと我に返ったハボックがロイの上から飛び上がり数メートル後ずさる。
「ご、ご、ご、ごめんなさいっっ!!!」
 ハボックが真っ赤になって土下座して謝っている所にちょうどたどり着いた部下が、不思議そうな顔をして聞いた。
「あれ?隊長、どうかしたんですか?」
 顔、赤いですよと言う部下に、ハボックはなんでもないと腕を振り回す。ロイはハボックに話しかける部下を忌々しげに睨みつけると低い声で言った。
「お前、名前は?」
「あ、はいっ、エドウィン・ウォーカー伍長でありますっ」
 天下の焔の錬金術師に直接声をかけられて顔を赤らめる彼は、ロイが自分を消し炭にしてやると思っていることなどこれっぽっちも想像していなかった。


2007/1/17