act.5 massage3



 ロイはタオルを握り締めたままソファーにムスッとした顔で座り込んでいた。せっかくハボックにマッサージをするよう仕向けたのに眠ってしまうとは。
「何たる不覚…っ」
 これまで恋愛ごとはそれこそ数え切れないほどこなしてきたが、肝心な時に眠りこけてしまったなんて、そんな失態は初めてだ。ハボックにマッサージされて、強張った体の中の滞った血の流れが正しく流れ出したようで、えらく気持ちよくなって眠くなってしまったのだ。
「それもこれもアイツがマッサージが上手すぎるのがいけない」
 それに眠ってしまった自分に何もせずに放って置くハボックの神経も許せない。大体好きな相手が無防備に寝こけていたらキスの一つもしたくなり、キスをしたらそれ以上のことをしたくなるものではないのだろうか。それともハボックが自分を好きだと思ったのはこちらの思い込みで、実は自分の片思いなのだろうか。
「いや、そんなことはあるもんか」
 ロイはぶんぶんと首を振ると拳を握り締める。そうして「よし。」と頷くとすっくと立ち上がり執務室の扉を開けた。
「ハボックっ」
「あ、大佐」
 呼ばれてハボックはペンを置くと立ち上がって執務室の所までやってきた。
「目、覚めたんスか?」
 そう言うハボックが、なんだか疲れた顔をしているのを見て、ロイは眉を顰めた。
「なんだか疲れた顔をしてるな」
「はあ、まあ…」
 誰の所為だよ、と思わず言いたいのをぐっと堪えてハボックは小さくため息をついた。そんなハボックのくたびれた様子にロイははたと妙案を思いつく。
「ハボック、ちょっとこっちへ来い」
「なんスか?」
「いいから」
 ロイはハボックを執務室へ引っ張り込むと扉を閉める。そうして困った顔をしているハボックににっこりと笑いかけた。
「上着を脱いでソファーに横になれ」
「は?」
「疲れてるんだろう、マッサージしてやる」
「えっ?いいっスよ、そんなの」
 時間がたってようやく少し落ち着いてきたと言うのに、一体何を言い出すんだとハボックはうろたえる。
「オレ、仕事あるし」
 それに目が覚めたなら、ロイにも仕事をして欲しいものだ。だが、何やらきらきらと目を輝かせるロイにはハボックの気持ちはまるで届いていないようだった。
「私の命令が聞けないのか?」
 ここぞとばかりに上官の立場を振りかざすロイに、ハボックはむうと黙り込んだ。
「さっさとしろ、ハボック」
 どうあってもロイはマッサージをする気らしい。それならちょっと肩でも揉んで貰って終わらせてしまった方が得策かもしれない。ハボックはため息をつくと軍服の上着を脱いでソファーの背にかけると、自分はソファーに腰を下ろした。
「じゃあ、ちょとだけ肩、揉んでもらえますか?」
 そう言って、自分を見上げるハボックの、シャツの上からでもはっきりと判る鍛えられた体に、ロイはどきんと心臓が跳ねるのを感じる。だが、何でもないように笑うとハボックに言った。
「肩だけなんてけち臭いこというな。いいから早く横になれ」
「いや、でも…っ」
「ハボック。」
 有無を言わさぬロイの態度に、ハボックは脱力するとのろのろとソファーに横になった。背の高いハボックは横になると思い切り脚がソファーからはみ出してしまう。ハボックはロイを見上げると口を開いた。
「あの、せめてさっきのタオル…」
「ごちゃごちゃうるさいぞ」
 ロイはそう言うとハボックが横たわるソファーに片膝をついた。近くなる体温に、ハボックがぎくりと体を強張らせたのがはっきりと判る。
「あの、やっぱいいっスから…」
 ハボックがぼそぼそと言いながら体を起こそうとするのを、ロイはその背中に手をついて体重をかけるとソファーに
押し戻した。
「ぐえっ」
 ロイにのしかかられる形になったハボックの唇から潰れた声が零れるのにロイはくすりと笑うと、その肩にそっと手をあてた。ぐっと力を入れてその厚い筋肉を揉み込んでみる。
「んっ」
 途端、ハボックのが洩らした吐息に気を良くしてロイはゆっくりとハボックの肩を揉み解していく。最初は多少力の入っていたハボックの体から徐々に力が抜け、ハボックがそっと息を吐くのをロイはうきうきと見守っていた。一方、ハボックはなるべく余計なことを考えないよう、心の中で(マッサージ、マッサージ)と呪文のように呟き続ける。
(マッサージと思えば結構イイかもしんない…)
 ハボックがそんなことを考え始めた時、ロイの手が背中へと滑っていく。ハボックはあからさまにびくりと体を震わせると肩越しにロイを見上げて言った。
「あのっ、たいさ、もう十分っスからっ」
 だが、ロイはそれに答えずに徐々に手をハボックの肩から背中、腰へと移していく。
(どこまでやる気だよ…っ)
 ハボックがびくびくしていると、ロイの手がハボックの腰の柔らかい部分をきゅっと揉み込んだ。
「ひゃあっ」
 くすぐったさに思わず素っ頓狂な声を上げたハボックの腰から下、いわゆるお尻と呼ばれる部分にロイの手が下りていった時、流石のハボックも肩越しにロイに向かって叫んだ。
「ちょっと、アンタっ!どこ触ってんスかっっ!」
「うるさいな、ここもマッサージされると意外に気持ちいいもんだぞ」
「しなくていいですっっ!!」
 別の意味で気持ちよくなってしまったらどうするんだ、と内心焦ったハボックがソファーから身を起こそうとした時、ロイの手がするりとハボックの双丘の間を滑り落ちた。
「あ」
「うひゃあっっ」
 ロイにしてみればいきなりハボックが起き上がろうとしたからそうなってしまっただけなのだが、ハボックは真っ赤になって体を反すとガバリと起き上がった。
「なにやって…っっ」
 怒鳴ろうとしたハボックといきなり起き上がられてびっくりしたロイは、どちらもピタリとその場で固まってしまった。なぜなら。
 ハボックの顔のほんの数センチ先にロイの顔があったので。
 それはもう、殆んど唇が触れ合わんばかりの距離で。
 ハボックが突然体を起こしたのと、ロイがマッサージをしようと体を屈めていたことから起きた偶然だったのだが、急な展開にそれこそ二人は身動きできなくなってしまった。ずっと好きだった相手が、その吐息を感じられるほどの距離にいる。その事態に先に我に返ったのはロイのほうだった。
「ハボ…」
 囁くような声で名を呼ばれて、ハボックはハッとするとみるみる首まで真っ赤になり、そして。
「うわあっっ」
 思い切りロイをソファーに突き飛ばした。
「すみませんっっ、ごめんなさいっっ!!」
 ハボックはそう叫ぶとソファーから転がるように下り、上着を引っつかんで執務室を飛び出していく。突き飛ばされたロイはソファーに尻餅を付いた状態で腰掛けたまま呆然とその背を見送っていた。が。
「バカッッ!!」
 そう怒鳴ると側にあったタオルを思い切り扉に投げつけたのだった。


2007/1/11