金狼  後編



 帰りは行きとは違って殆んど言葉を交わすこともなく黙々と歩き続けた。ロイはこのまま何も言わずに今日が終わってしまうのが嫌だったが、だからと言って何を言ったらいいのかも判らなかった。自分でも説明のつかない気持ちを抱えて、ロイはただ前を行くハボックの背中を見つめて歩き続けた。
 ハボックの家がすぐそこの距離に来たとき、ハボックが不意に立ち止まった。自分の考えに没頭していたロイは、急に立ち止まったハボックの背にぶつかりそうになって、慌てて足を止めた。
「ハボック?」
「マスタングさん、アンタ、誰かに狙われる覚え、あります?」
 そう言われてロイは辺りに潜む殺気に気がついた。考え事をしていたとは言え、こんなあからさまな殺意に気がつかなかった自分が信じられない。
「覚えならないことはないな」
 ロイがそう答えた途端、ハボックがロイを突き飛ばした。
 ガウンッ!ガウンッ!
 いつの間にか鳥達の声が聞こえなくなっていた森の中に銃弾の音が響き、さっきまで2人が立っていた場所を数発の弾丸が抉る。ハボックは地面の上をごろりと一回転すると地面を蹴って立ち上がり、すぐ側の繁みに飛び込んだ。ドカッと殴る音と共に、銃を持った男の体が木の枝をなぎ払って転がりでてきた。男の体を追って飛び出してきたハボックは、軽くジャンプすると銃を持った腕の上に片膝をついてぐっと地面に押さえつける。バキッという骨が折れる音と男の絶叫が聞こえたが、もうその時にはハボックは次の標的にむかって動いていた。
「マスタングさんっ、木の陰に入っててっ!」
 ロイの脇をすり抜けざまハボックは叫ぶと、飛んできた弾丸を地面にダイブするような格好でよける。そのまま前に両腕をついて前周りの要領で転がると銃を構えた男を殴り飛ばした。
「ハボックっ」
 ロイは胸ポケットから発火布を取り出して手にはめたが、指を擦り合わせようとしてハッとした。
(ダメだ、こんなところで焔を錬成したら森に火がつく…っ)
 そうこうする内に掠め飛んでくる銃弾をよけて、ロイは木の陰に隠れた。
「くそっ」
 まさかこんなところで襲撃されるとは思ってもおらず、銃の類は持って来ていなかった。ロイは木の陰から襲撃者をなぎ倒していくハボックの様子を覗き見て目を瞠った。地面を蹴って飛び上がると伸身のまま宙返りする姿に男達も唖然としてハボックを見上げる。トンと軽く地面に下り立ったと同時に蹴り上げた脚で立ち尽くした男をぶっ飛ばしたハボックはロイの方を振り返って目を瞠った。自分の方を見つめるロイの後ろに銃を持った男がいる。
(ダメだ、間に合わないっ)
 ハボックがそう思った瞬間、その唇から聞きなれない言葉が迸った。その途端、ハボックの体が金色の光に包まれる。その金色の光がロイを後ろから狙う男のもとへ奔り、その男をなぎ倒した。
「ぎゃあっ」
 悲鳴をあげて地面に倒れ付した男の上のそれの纏う光がゆっくりと消えていき、そしてそこには。
 輝く金色の毛に空色の瞳を持つ美しい獣が男の体を押さえつけていた。
「金色の狼…」
 呆然と呟くロイの前で狼は男の腕に噛み付き、その手から銃を奪い取る。そうして男の体を押さえつけたままその美しい体を反らせて空へと吠えた。
 オオオ――――ン…ッ!!
 森のしじまを縫って響き渡る声に森がざわりと波立つ。そうして無数の形にならぬ物たちの気配に包まれた時、ロイ達を襲った男達はすっかり戦意を喪失して我先にと逃げ出していた。
 それからどれほどの時間が過ぎたのだろうか、狼が「オン」と短く吠えると、辺りを包んでいた気配がふっと消えた。そして狼の体を金色の光が包み。
 光が消えた時にはハボックが立っていた。
「ハボック…」
 呆然と見つめるロイにハボックは悲しそうに微笑むとロイに言った。
「家に戻りましょう。アンタが聞きたいことには答えますから」
 そうしてハボックはロイを促して家の中へと入っていった。


 コトリとロイの前にコーヒーのカップを置くと、ハボックはロイの向かいの椅子に腰かけた。その空色の瞳でロイを見つめると口を開く。
「どうぞ。なんでも聞いて下さい」
 ロイは正直混乱しきっていて何から聞いていいのやらさっぱり判らなかった。だが、取り敢えず一番疑問に思っていることを口にする。
「あの金色の狼は君だったんだな」
 言われてハボックは苦笑すると答えた。
「騙すつもりはなかったんスけど」
「変身できるのか?」
「変身っていうのとはちょっと違うっていうか…」
 ハボックは首を傾げてちょっと考えると話し出した。
「オレの一族っていうのは、昔から狼の精霊に守られて生きてきたんスよ。もう遠い昔からずっと…」
 ハボックはそう言うと視線を宙へ泳がせた。
「あれは変身っていうより狼の精霊を受け入れるっていうか、魂を適合させるんです」
「魂を?」
 訳がわからないという顔をするロイにハボックは言葉を続けた。
「さっきオレが言った言葉、アレ、精霊の名前なんです。名を呼ぶことで精霊の魂を自分の中に受け入れる。そうするとアンタが見たようになるっつうか…」
 ハボックは上手く説明できずに口ごもった。
「君の一族はみんな精霊を受け入れることができるのか?」
「いいえ」
ハボックは答える。
「身体能力はね、普通の人間に比べて随分と高いと思いますよ、一族の人間なら。でも、精霊を受け入れるのはまた別の問題なんです。精霊の魂と自分の魂が適合しなきゃダメなんスよ。そして、そういう適合者は年々減ってる」
 ハボックは少し躊躇った後、言葉を続けた。
「オレはね、最近じゃ稀なくらいがっつりシンクロしてるらしいっスよ。いや、これまでにもいないくらい、なのかな」
 ハボックはそう言うと顔を歪めた。
「そのせいか知りませんけど、あそこにいるとすげぇ期待されてんのがわかるっていうか、もう息つまりそうで…」
 ハボックは唇を噛み締めると俯いて言った。
「オレ、ホントはここを出たい。こんな限られた場所じゃなくて、いろんなとこ見てまわりたい。でも周りがそれを赦さない」
「ハボック…」
 ロイはなんと言ったらいいか判らなかった。だから立ち上がるとハボックの側へいくとその体をそっと抱きしめた。ハボックは驚いたように目を見開いたが、次の瞬間泣きそうに顔を歪めるとロイの胸に顔を埋めた。そうして暫くの間2人は抱き合ったままでいたが、ハボックはロイを押しやると言った。
「マスタングさん、アンタはもう帰って下さい。ホントは今すぐそうした方がいいと思うけど、もう日が暮れるから朝になったらすぐ」
「ハボック、私は…っ」
「すんません、余計なこと喋りすぎました」
 ハボックはそう言うとガタリと席を立った。
「すぐメシの支度しますから。メシ食ったら早く休んで、明日の朝、日が昇ったらすぐ村まで送ります」
「ハボックっ!」
 ロイはハボックの腕を掴んだが、ハボックはその手を振り払うと逃げるようにキッチンへと入ってしまった。


 その後、ロイが何を言ってもハボックは口を開かなかった。そうして重苦しい夜が明け、ロイはイーストシティへと戻らなければならなかった。3日前に辿った道を無言のまま2人は歩いていく。最初に来たときは随分距離があったと思ったのに、気がつけばあっと今に村の入り口にたどり着いていた。
「それじゃ、もう会うこともないと思いますけど…」
 道中気をつけて、ハボックはそう言うとロイに背を向けて歩きだす。ロイは暫くその背を見つめていたがゆっくりと村の中へと入っていった。だが。
 胸の中に湧き上がる衝動に、ロイは後ろを振り返った。すると、それに気がついたようにハボックもロイを振り返り。
 ロイはハボックに向かって駆けていくとその体を抱きしめる。そうして噛み付くように口付ければハボックの腕がロイの背に回り、二人は深く深く唇を合わせた。ゆっくりと唇を離すと空色の瞳が揺れながらロイを見下ろしていた。
「迎えに来る。必ず迎えに来る。だから…っ」
 ロイが振り絞るようにそう告げると同時に、ハボックはロイの腕を振り払うと森の中へと駆けていってしまう。
「待ってろっ!必ず来るからっ!」
 その背に向かって叫ぶロイを振り向いたハボックは泣きそうな顔をして、そうして。
 金色の光が輝いたかと思うと、もうそこにはハボックの姿は消えてなくなっていたのだった。


2007/1/15


nekoさまからの59999打リク「ハボ狼男。東部の思いっきり田舎で狼の精霊に守られてひっそりと暮らしている一族の出身。狼に変身出来て身体能力が優れているけど人を襲ったりしない。ぐらいの設定で『出会い話』を出来ればロイハボで」でした。「狼男」というよりリクの中の「精霊」の方に萌えを感じてしまってこんなカンジになってしまいましたー(汗)「え?ここまで?」とか言わないように。だってリクはあくまで『出会い話』なので出会ってみました(笑)続き…あるのか??いやまぁ、そのうち(苦笑)
nekoさま、大変お待たせいたしましたが楽しんでいただけたら嬉しいですv