| chapter 9 |
| 「どうしても、私じゃダメですか…っ?」 ハボックは突然聞こえてきた声にピタリと脚を止めた。演習場からの帰り道、こちらの方が近道だからとあまり使われていない裏階段に回ってきたところでその声は聞こえてきたのだ。 (やば…ヘンな所に行き当たっちゃった…) 聞こえてきた女性の声の感じから、どう考えても男女間の揉め事の現場に行き当たってしまったとしか思えない。出るに出られず来た道を引き返そうとした時、聞こえてきた声にハボックはびくりと体を震わせた。 「申し訳ないが、貴女と付き合うことは出来ない」 それは、ハボックが最もよく知っている上司の声で。 「でもっ、お食事に行ったりお芝居を観に行ったりはしてくださったでしょう?」 「気が置けない友人としてのお付き合いならいくらでもするが、恋愛対象として貴女を見ることは出来ないんだ」 そう言われて相手の女性が息を飲むのが判る。 「それは私にそれだけの魅力がないってことですか…?」 震える声でそう言う女性にロイが答えた。 「いや…私には好きな人がいるんだ」 その言葉にハボックの心臓がドキンと跳ねる。どくどくとこめかみに血が上って目の前が赤く染まった気がした。 (大佐に好きな人が…) 自分の心臓の音がやけに大きく聞こえ、ハボックは手を握り締める。 『好きな人がいるんだ』 ロイの言葉が頭の中で鳴り響き、ハボックはぎゅっと目を閉じた。その時。 「ハボック?」 いきなり名を呼ばれて、ハボックは文字通り飛び上がった。 「たっ、たいさっ?!」 「こんなところで何を…」 ロイはそう言いかけてハボックの様子に口を噤んだ。そうして一呼吸おくとハボックに聞く。 「聞いてたのか?」 「すっ、すみませんっっ!聞くつもりじゃなかったんスけど…」 そう言って慌てて辺りを見回したハボックにロイが苦笑して言った。 「彼女ならもう行ったよ」 「そうなんスか…」 じっと見つめてくるロイにハボックは何を言ったらいいか判らず、思わず口をついて出た言葉に慌ててしまう。 「たいさ、好きな人、いるんスか?」 ヤバイと思ったが、一度口から出た言葉は取り戻せる筈もなく、ハボックはロイが自分の言葉を無視してくれることを願った。だが。 「ああ、誰よりも好きな人がね」 ロイの答えに思わずその端正な顔を見つめてしまう。暫く何も言わずに見つめ合った後、ハボックはぎこちなく視線を逸らすとかすれた声で言った。 「大佐にそんな風に言わせるなんて、よっぽどステキな人なんスね」 「そう、とてもね」 その声にこもる幸せそうな響きに、ハボックは居た堪れずにギュッと唇を噛み締めると殊更明るく言う。 「ははっ、ご馳走様っス。オレ、シャワー浴びるんで先に行きますねっ」 叫ぶように言うとハボックは逃げるようにその場を後にした。訳のわからない胸の痛みに靴音も荒く走り去るハボックの背を、ロイは熱く濡れた視線で見送っていたのだった。 2007/4/16 |