chapter 5


 低く垂れ込めた灰色の空からついに耐え切れなくなって落ち始めた雨が、アッと今に本降りのそれとなって降り注いでいる。ロイは執務室の窓から外を見やりながら、金色の頭が帰ってくるのを待っていた。


『お菓子?』
『今日だけの限定販売なんだ』
 視察の帰り道、ほんのちょっとだけと寄り道を提案したロイにハボックが時計を見た。
『残念ですけど、既に会議に遅刻してるんスよ』
『5分の遅刻も10分の遅刻も変わらんだろう?』
『中尉の怒り具合が違います』
 未練たらたらのロイにハボックはため息をつくと苦笑して言った。
『じゃあ、アンタを司令部に送り届けたらオレが買いに行きますから、それならいいでしょ?』
 そう言うハボックにロイは二つ返事で頷いたのだった。


 慌てて返ってきてみれば、会議は主要なメンバーが急病で休みとかで延期になっていた。司令部の前でロイを下ろし、車を警備兵に預けてそのまま買いに行ってしまったハボックにはそれを伝える術もなく、帰ってくる前に降らなければいいが、と思っていたロイの願いも空しく、雨は音を立てて降っている。
 ロイはふっとため息をついて雨の流れる窓にコツンと額を寄せた。つまらないワガママを言うんじゃなかった。きっと今頃ハボックはどこかの軒下で帰るに帰れず困っていることだろう。
 ロイがそう思ってもう一つため息をついた時、扉の向こうでぎゃあぎゃあと騒ぐ声が聞こえてきた。
「ハボックっっ!!その形(なり)で入ってくんじゃねぇよっ!先に着替えて来いっ!!」
「すぐ済むからちょっとだけ」
 聞こえてきたハボックの声にロイは慌てて扉に駆け寄ると司令室に顔を出した。
「ハボック?!」
「あ、たいさ」
 ロイの声に答えて振り返ったハボックは全身ずぶ濡れだった。
「お前…」
「あー、たいさ、コレ」
 ハボックはそう言うと丸めて持っていた上着の中からケーキ屋の袋を取り出す。
「一応、ビニールの袋に入れてもらったし、上着で包んで持ってきたから無事だと思うんスけど」
 そう言って菓子の袋を差し出すハボックを見つめて、ロイの心臓がドキンと跳ねた。手の震えを隠してハボックから袋を受け取る。金色の髪から流れる滴がハボックの頬を伝って首筋を流れていく。濡れてべったりと張り付いたシャツからは体の線がはっきりと窺え、おそらくは走ってきたのだろう、雨の匂いとともにハボックの匂いが強く感じられて、ロイはくらりと眩暈がした。
「すまなかったな、ワガママを言って」
「いいんスよ」
「もう少し雨が小降りになるまで待っていればよかったのに」
「でも、たいさ、楽しみにしてたから早く渡してあげたかったし」
 そう言って笑うハボックが愛しくて抱きしめたくなる手をぎゅっと握ってこらえる。
「早くシャワーを浴びて来い」
「そうします」
 答えてハボックはロイの瞳に浮ぶものに気づいてほんの少し首を傾げた。だが、それが何なのかハボックが理解する前に、ロイはハボックに背を向けて執務室へと入ってしまう。ハボックはほんの少しどうすべきか迷っていたが、ブレダに怒鳴られて慌ててシャワールームへと向かったのだった。


2007/4/13