chapter 10


『好きな人がいるんだ』
 ハボックはため息とともに煙を吐き出すと、背にした建物の壁にこつんと頭を寄せる。偶然ロイが女性に告白されている場面に出くわしてしまったハボックだったが、その時ロイの口から聞いた言葉がそれだったのだ。
「大佐、好きな人がいるんだ…」
 ロイの言葉はハボックにはとても意外に思えた。確かにロイがいろんな女性と付き合っているのは知っていた。だがそれは、恋愛ゲームのようで、ロイ・マスタングという男を色鮮やかに飾る宝石みたいなものだと思っていた。たくさんの女性に囲まれながら、だがロイが誰か一人に心を奪われるなどと言うことは決してないと思い込んでいたのだ。
「でも、大佐ももう、結婚してもいい年だもんなぁ…」
 そう自分で言っておきながら、その言葉の持つ違和感にハボックは心がざわつくのを感じて落ち着かなかった。
 ロイが結婚。誰か一人きりの女性に愛を誓って、その人のことだけを見つめ愛して、いつか2人の間には可愛らしい子供が生まれたりもするのだろう。
「大佐に子供…。うわぁ、似合わねぇ」
 セントラルにいる親バカなロイの親友を思い出してハボックは顔を顰める。ロイがあんな風に子供を溺愛して、懐にその写真を山ほど入れて持ち歩く姿など、想像しようにも想像できない。それに、そんなロイはなんだかロイではない気がしてハボックは嫌だった。そう考えてハボックは唇を歪める。
「オレが嫌かどうかなんて、そんなの、大佐には関係ないよな」
 それこそ自分の勝手な思い込みだ。ロイ・マスタングという男は実は非常に家庭的で愛妻家で子煩悩な男なのかもしれないではないか。
「結婚、するのかな…するんだろうな…」
 ハボックはそう呟いてきゅっと唇を噛み締めた。ロイが結婚したとしたら自分の居場所はどうなるのだろう。
 そう考えて、ハボックはハッと息を吐き出した。
「バカじゃねぇの、オレ。そもそもオレはただの部下だって」
 自分が淹れたコーヒーを一番美味いと言って飲んでくれたり、一緒に食事に出かけたり。酔って潰れたロイを家まで送り届けてその世話を焼いたり。そんな些細なことも全て、これからは彼が選んだ女性のものだ。
 ハボックは再び煙とともにため息を吐き出す。
 空に上っていく煙と一緒に訳のわからないこの胸の痛みも一緒に消えてしまえばいいのに。
 ハボックはそう考えながら煙の消えた空をずっと見上げていたのだった。


2007/4/16