| いつまでもずっと |
| 「大佐、これ、貰ってください」 そう言って包みを差し出されて、ロイは驚いたようにハボックを見上げる。優しく頷くハボックに震える手を伸ばして包みを受け取りリボンを解けば、小さな箱の中に並ぶチョコレートの粒にロイの目が更に大きく見開かれた。 「ちょっと不格好になっちまったけど、味は保証するっスよ。アンタがいっつも食べてるチョコなんかよりずっと旨いって自信があるっス」 そんな風に自信満々言い切る言葉が聞こえてロイはチョコレートを見つめていた視線を上げる。見開く瞳に溢れてきた涙を、ハボックが指でそっと拭った。 「貰ってくれるっしょ?」 ハボックの言葉にロイがチョコに視線を戻せばその弾みに涙の滴がチョコに落ちる。ロイは涙に濡れたチョコを摘んで口に放り込んだ。 「────しょっぱい」 「そうっスか?」 呟くロイの顎をハボックの指先が掬い顔が近づいてくる。大好きな空色が視界いっぱいに広がったと思うとゆっくりと唇が重なってロイは大きく目を見開いた。反射的に開いた唇の隙間からハボックの舌が入り込んで、蕩けかけたチョコを攫う。甘い舌に己のそれを絡めとられて、ロイは震える指でハボックのシャツを握り締めた。 「甘いじゃないっスか……」 触れあうハボックの唇が笑いを含んで囁く。 「しょっぱいんだ」 「そうっスか?じゃあもう一粒」 そう言ったハボックがチョコを口に含んでロイに口づけた。 「ほら……甘いっしょ?」 忍び込んでくる舌先の甘さに、ロイの瞳からもう一粒涙が零れ落ちた。 「たーいーさー」 「────ッッ!!」 窓の外の空を見上げてボーッとしていたロイは、不意にその空と同じ色の瞳に間近から覗き込まれて椅子の上で飛び上がる。顔を真っ赤にするロイを見て、ハボックがクスリと笑った。 「なに考えてたんスか?大佐」 「べっ別にっ、なにもッッ」 ロイは慌てて答えると、ハボックの手から書類を引ったくる。ガリガリとサインを認めて乱暴に差し出せば、ハボックの大きな手が書類を受け取った。 「ありがとうございます」 言ってニッと笑うハボックの笑顔をロイは眩しいものを見るように見上げる。書類を持ったハボックの手首に白く時計の痕がついている事に気づいて軽く目を瞠った。 「時計はどうしたんだ?」 いつもつけている腕時計がないのを見て尋ねれば、ハボックが眉をしかめた。 「ああ、なんか調子悪くって。買い換えようと思うんスけどなかなか買いに行く時間がないんスよね。とりあえず昔使ってた奴使ってるんスけど、使い勝手悪くってまいっちまいますよ」 ハボックは言って尻のポケットから古い腕時計を取り出す。一度眺めてまたポケットに戻すとロイの頬に手を伸ばした。 「ボーッとしてたけど、大丈夫っスか?疲れてない?」 「別に疲れてなんかッ、ないッ」 「そうっスか?」 触れてくる掌から逃れるように顔を赤らめて仰け反るロイにハボックが笑みを浮かべて手を下ろす。 「じゃあ演習行ってくるっスね」 「あ、ああ」 手が離れて一瞬ホッとしたロイは、次の瞬間掠めるように触れてきた唇に飛び上がった。 「ごちそうさまッ!んじゃ行ってきまーす!」 「ば、ばかッッ!!」 笑って執務室を飛び出していくハボックにロイは真っ赤になって怒鳴る。パタンと扉が閉まって、ロイはドサリと椅子に腰を下ろした。 「ばか……」 微かに触れた唇の感触にさっき思い出していたバレンタインデーの日の記憶が重なって、ロイは指先で唇に触れる。そっと目を閉じればドキドキと心臓が鳴る音が聞こえて、ロイは甘いため息を零した。 古書店で本を買った帰り道、行きつけの洋菓子店に寄ったロイは、店先に掲げられたポスターを見て足を止める。パステルカラーで縁取られたポスターには大きな字で「ホワイトデー」と書かれてあった。 (そうだ、ホワイトデー……) バレンタインデーにハボックからチョコを貰って、その後キスまでしているのだから今更バレンタインデーの返事でもないのだが、それでもやっぱり自分の気持ちもきちんと形で示したいと思う。横目でポスターを見上げながら店内に入れば、ホワイトデーのお返し用にと様々なクッキーやマシュマロが並んでいた。 (ここのクッキーは大のお気に入りだが……) イーストシティにも色々な店があるが、中でもここのケーキやクッキーはロイの一番のお気に入りだ。自分が好きなものをハボックに食べて貰ったら嬉しいかも、と棚のクッキーに手を伸ばしかけたロイの脳裏に、ふとバレンタインデーに貰ったチョコが思い浮かんだ。 (あのチョコ、手作りだった) 意外にもハボックは料理上手だ。ロイにくれたチョコも少々形は不格好だったが、味の方は格別だった。きっとロイのことを想いながら一つ一つ丁寧に作ってくれたのだろう。そんなチョコのお返しに幾ら自分の気に入りの店のクッキーとはいえポンと買って渡すのはなんだか味気ないきがする。 (でも、私に手作りクッキーなんて無理だぞ) 必要に迫られれば料理もするが、決して得意なわけではない。ましてやクッキーなど作れるはずもなかった。 (どうしよう、何か気の利いたものはないか?) なにも買わずに店を出たロイは考えながら通りを歩いていく。ハボックが喜びそうな、ちょっと気の利いたなにか。 (なにをあげたら喜んでもらえるんだろう) ハボックの事だからどんなものでもロイの気持ちがこもっているものなら喜んでくれるに違いない。それでもやっぱり自分でも納得のいくものをあげたくて。 (ハボックが喜びそうなもの……一体なにが) 「────あ」 眉間に皺を寄せて考え込んでいたロイは、不意に頭に浮かんだ考えに目を瞠る。 「そうだ、腕時計」 いつも使っているものが調子が悪いと言っていた。なかなか買いに行く時間がないとも。 「よし、腕時計だっ」 ロイは今きた道を引き返すと時計屋目指して通りを走っていく。バンッともの凄い勢いで扉を開けて店の中に飛び込んできたロイに、店主は一瞬驚いた顔をしたもののすぐにニコニコと笑って話しかけてきた。 「いらっしゃいませ。どう言ったものをお探しでしょう?」 「そうだな……職業柄堅牢性のあるものがいい。衝撃を吸収して壊れにくくて防水機能もあった方がいいな。タイマー機能も欲しい。後は……」 なにが必要だろうとロイが考える間に店主がショーケースの中から時計を取り出しベルベット張りのトレイに置いた。 「こちらはどうでしょう。衝撃にも強いですし勿論防水機能もついています」 そう言って店主が差し出した時計をロイは手に取る。表のデザインを眺めバンドに触れて小さく首を振った。 「もう少しごつい感じのはないかな。手が大きくてがっちりした男なんだ。これだとちょっとイメージが違う」 「でしたらこちらはどうですか?これなんかも」 店主は言いながら時計を何本かトレイに並べる。その中からロイはブラックの文字盤にイエローで文字が刻んであるものを手に取った。 「これは……」 「ああ、それは元々特殊軍用時計を開発していた会社が作ったものでして。耐久性にも優れていますし、防水機能やタイマーの他に気圧計や高度計も内蔵されています」 店主はロイの手から時計を受け取り、縁についた小さなボタンを押しながら言う。 「それにこの文字が夜でも視認性に優れていましてね。重々しいデザインですがそれでいてなかなかにファッショナブルだと人気の商品ですよ」 「なるほど」 ロイは店主からもう一度時計を受け取りじっくりと見つめる。この時計がハボックの腕を飾るのを思い浮かべて、にっこりと笑って頷いた。 「これを貰うよ。プレゼント用に包んでくれ」 「かしこまりました」 ロイの言葉に店主も笑みを浮かべる。ロイから時計を受け取りバンドについていた値札を外してロイに見せた。 「────え?」 値札を見たロイは札入れを取りだそうとした格好のまま凍り付く。考えていた金額より一つゼロが多いそれに目を丸くしていれば、店主が心配そうに言った。 「お支払いは現金で?」 「えっ?あ、いや、カードで頼む」 そう言ってロイが取り出したカードが一部の富裕層しか持てないカードなのを見て、店主は安心したような笑みを浮かべる。支払いをすませ綺麗にラッピングされた包みを受け取って店を出たロイは、数歩進んで足を止めた。 「腕時計がまさかあんな値段だとは……っ」 デザインや機能にばかり目がいって値段は全く見ていなかった。正直なところ国家錬金術師であるロイにしてみれば少々値が張るとはいえ払えない金額ではない。だが。 「貰ってくれないかも……」 たとえホワイトデーのお返しだとしても何事にも堅実なハボックがこんな高価なものを受け取ってくれるとは思えない。それでもハボックのために一生懸命選んだ時計だ。出来ることなら受け取って使って欲しい。 「どうしよう……どうすれば」 時計の包みを手にロイは途方に暮れて立ち竦んだ。 「おはようございます、ハボック少尉」 「おう、おはよう、フュリー」 司令室の扉を開ければフュリーの笑顔に迎えられて、ハボックはニッと笑って挨拶を返す。自席に腰を下ろしながら執務室の扉を見遣った。 (今日はホワイトデーか……大佐、覚えてるかな?) バレンタインデーにチョコを渡して告白した。キスだってしてロイの気持ちは判っている。それでもやっぱりホワイトデーのこの日、ロイの気持ちをはっきりと示して欲しかった。 (キャンディー一個でいいんだけどな。大佐がいつも食ってるクッキー一枚でも) そうして「好きだ」と一言告げてくれれば、きっとそれだけで世界中で一番幸せな男になれるに違いない。 (大佐……大好きっスよ、だから) ハボックがそう思いながらそっと目を閉じた時、ガチャリと執務室の扉が開いた。 「ハボック、コ、コーヒーを頼むっ」 「えっ?あ、はい」 ロイの言葉に答えてハボックが立ち上がれば、ロイがどことなくぎこちない仕草で腕を上げる。その細い手首に似つかわしくない厳つい腕時計が巻かれているのを見て、ハボックは目を丸くした。 「早くしろよっ」 ロイはそう言って執務室に引っ込んでしまう。そうすればフュリーがハボックを見上げて言った。 「大佐の時計、見ましたか?なんかすっごいごっつい腕時計してましたね」 「ああ、あれ、ミリタリー仕様のすっげぇいい奴だよ」 「そうなんですか?」 「うん。オレの給料じゃとても手が出ないな」 「えーっ、さすが大佐!でもあんまり似合ってなかったですよね」 「だな」 遠慮のないフュリーの言葉に肩を竦めて、ハボックは給湯室に向かう。ロイのためにミルクと砂糖をたっぷりと入れたコーヒーを用意するとトレイに乗せて司令室に戻った。 「コーヒーお持ちしたっス」 軽いノックと共に扉を開けてハボックは執務室に入る。大振りな執務机の上にカップを置いて、ハボックは窓辺に立つロイを見た。 「大佐、コーヒー」 「────ああ」 ロイは頷きながら時計をはめた腕を持ち上げ軽く振る。細い腕には合っていない時計は盤面がクルリと腕の反対側に回って、ロイは思い切り顔をしかめた。 「おい」 「はい?」 ムスッとして呼ばれたハボックは、何かロイの気に障るようなことをしただろうかと小首を傾げる。そんなハボックにロイは腕時計を外して突き出した。 「お前にやる。私には似合わん」 「えっ?だってこれ、滅茶苦茶高い奴っしょ。貰えないっスよ」 「いいからッ!やるといったらやるんだっ、なにも言わずに受け取れ!お、お前ならきっと似合うだろうッ!」 そっぽを向いたまま時計を突き出すロイの顔が紅く染まっている事に気づいて、ハボックは目を瞠る。なかなか受け取ろうとしないハボックを、ロイはちらりと見て言った。 「お前にやる!ハボック!」 そう言うロイの紅く染まった頬と不安そうに揺れる黒曜石を見て、ハボックはロイが本当に言いたい事が聞こえた気がした。 「──判ったっス。じゃあ貰いますね」 ハボックはそう言って手を伸ばすと腕時計を受け取る。日焼けの痕が残る左の手首に時計をはめてしげしげと眺めた。 「お、ピッタリっス。どう?似合うっスか?」 言って時計をはめた腕を見せればロイの目が大きく見開く。 「うん……思った通りすごく似合う。────あっ、じゃなくてっ、たまたま似合ってよかったッ」 うっとりと見つめていたロイがハッと慌てた様子で言って顔を背けるのを見て、ハボックはクスリと笑った。 「大佐」 ハボックは腕時計をはめた腕でロイを背後から抱き締める。 「ありがとうございます、大佐。すっげぇ嬉しいっス。一生懸命選んでくれたんスね」 「べ、別に私は……っ」 顔を赤らめながらも素直には頷かないロイをハボックはギュッと抱き締める腕に力を込めた。 「一生分ホワイトデー貰っちまったから、これから一生バレンタインチョコあげるっスね、大佐」 「ッ!」 耳元に囁く声にロイが弾かれたように振り向く。 「貰ってくれるっしょ?」 にっこりと笑う空色に。 「し、仕方ないなっ、貰ってやるッ!」 半ば泣きそうになりながらロイがそう答えれば。 「大佐……大好き」 囁きと共に優しいキスが振ってきて、ロイは腕時計をはめた逞しい腕をそっと握り締めた。 2016/03/08 |
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 市川さまから頂きました「ハボックに腕時計をホワイトデーにあげようとして似合う物をと選んだら高額になってしまい、受け取ってもらえないかもと心配したロイが自分に買ったけど合わなかったのであげると言い、ロイの照れ隠しをわかった上で受け取るハボック。“今後の一生分のホワイトデー貰ったからこれから一生バレンタインチョコあげますね”なんて!」というネタでございました。腕まくりしてゴツイ腕時計してるのが好きなんですとおっしゃる市川さまにお応えすべく頑張ったつもりですが如何でしたでしょう。最初時計はG-SHOCKかなと思ったのですが、色々調べていたら本格派ミリタリー腕時計のルミノックスっていうのをみつけましてね。これだ!ッて言うことで、ロイがハボックにあげた時計はルミノックスをモデルにしてます。実際のお値段はそこまで高くないようですが、ハボックが給料で買えない時計なのでそれなりのお値段したってことで(笑)なんだかロイが子供っぽくなってしまった気もしますが、ともあれ久しぶりのハボロイネタ、頑張って愛をドボドボ注いでみました。お楽しみいただけましたら嬉しいですv市川さま、楽しいネタをありがとうございましたv |