| Chocolate jealousy |
| 「ちょっと早かったかな」 待ち合わせのショッピングモールの広場にある時計台の下へやってきたハボックは、時計を見上げて呟く。久しぶりに休日が重なったこの日、ハボックはロイと待ち合わせて食事に行く約束をしていた。 「一緒ならなんでもいいなんて言ってたけど、やっぱ大佐が好きなあそこかな……」 食事に行かないかと誘った時、なにが食べたいかと尋ねればほんの少し照れたようにそう言ったロイを思い出してハボックは目尻を下げる。普段は頼もしい上官であるロイのそんな可愛らしい一面を見るにつけ、ハボックはロイが好きになった。 「食事して、それからちょっと散歩して、その後はカフェで大佐の好きなケーキ食べて……」 今日は運良く小春日和で風もなく暖かい。寒がりのロイも手を繋いで歩こうと言ったら、きっと応じてくれるに違いない。そんなことをつらつらと考えながらハボックはショッピングモールに連なる店に目をやる。近くのスイーツショップは季節がらバレンタイン用のチョコレートが並べられ、女の子たちが想いを寄せる相手へのプレゼントを選んでいるのが見えた。 「そっか、そんな季節なんだ」 去年のバレンタイン、決死の覚悟でロイに告白した。フラレたらどこか僻地に異動申請を出すつもりで「好きだ」と告げれば、真っ赤に顔を染めたロイから返ってきたのは同じ言葉。信じられない思いで手を伸ばせばすんなりと腕に収まってきた細い体を抱き締めてキスを交わした事を思い出して、ハボックの頬が弛む。 「今年はちゃんとチョコレートを渡そう」 去年は告白することばかりに頭がいってチョコレートを贈ることまで頭が回らなかった。今年はロイの為にチョコを選んで渡す事にしよう。ハボックはそんなことを考えてスイーツショップに並ぶ色とりどりのチョコレートを眺めていた。 「しまった、遅くなった」 懐中時計で時間を確認してロイは言う。パチンと閉じた時計をポケットに突っ込み、賑わう通りを歩く人々の間をすり抜けるようにして足早に歩いた。 今日は久しぶりにハボックとデートだ。ここのところ事件や事故が立て続けに起きて、超多忙な日々が続いていた。デートをするどころか言葉を交わす時間すらないような状況だったのだが、漸く一息ついて今日は久しぶりに一緒の休みだ。ハボックを誘ってどこかへと思っていれば、先にハボックから食事の誘いを受けて、ハボックも同じように考えていてくれたのだと嬉しくて堪らなかった。久々のデートと思えば夕べは胸がドキドキして眠れず、おかげで今朝は思い切り寝坊してしまった。慌てて飛び起き用意もそこそこに家を出てきたのだが、どこかおかしいところはないだろうかとロイは己の格好を見下ろす。軍服姿のハボックも格好いいと思うが私服姿はもっと格好いいのだ。そんなハボックの隣に並んで恥ずかしくないだろうかと、ロイがコートの襟元を整えた時、丁度待ち合わせのショッピングモールに着いた。ロイは一直線に中央に位置する広場へと向かう。時計台の下、背の高い姿が佇んでいるのを見つけて駆け寄ろうとしたロイは、ハボックの視線が向かっている方向を見て足を止めた。 「女の子……」 ハボックが見ている先にはスイーツショップでたくさんの女の子たちがチョコを選んでいる。楽しそうにチョコを選ぶ女の子たちは一様に可愛らしく、選んでいるチョコに負けず甘い香りが漂うようだった。その時、なにを話していたのかキャアと可愛らしい笑い声が起きる。ハボック好みのボインの女の子がチョコを抱き締めて笑うのを見たロイは、その視線をハボックへと向けた。そうすれば。 女の子たちを見ているハボックの顔が嬉しそうに弛む。煙草を咥えた唇が楽しげに何か呟くのを見た瞬間、ロイは回れ右して今来た道を引き返していた。 「あれ?大佐?」 スイーツショップに並ぶチョコレートを眺めていた視線を広場の入り口に向けたハボックは、見慣れた姿が広場を出ていこうとしているのを見て目を見開く。慌てて追いかけて歩き出すと、遠ざかろうとする背中に向けて声をかけた。 「大佐っ?どうしたんスかっ?」 待ち合わせをしているのにどうして声もかけずに行ってしまうのか。何事かあったのかとハボックは大きなストライドで追いつくとロイの腕を掴んだ。 「大佐っ!」 ハボックは呼んでロイの腕をグイと引く。そうすればロイが思い切りハボックの手を振り払った。 「触るなッ!」 「な……っ」 思いがけないロイの反応にハボックは目を見開く。睨んでくる黒曜石が怒りをたたえているのに気づいて、ハボックは目を瞬かせた。 「なに怒ってるんスか?」 「なにを、だと?」 一体全体なんなんだと、全く訳が判らずにハボックが尋ねればロイは怒りのあまり歯軋りする。落ち着かせようとハボックが伸ばしてきた手を、ロイはパンッと払いのけた。 「女の子に見とれて鼻の下を伸ばしてたくせにッ!」 「────は?」 「お前好みのボインだったものな!あんなデレデレした顔してっ、イヤラシイ奴ッ!」 そう怒鳴ってロイはフンッと鼻を鳴らして踵を返す。一瞬ポカンとしたハボックは、ハッと我に返るとロイの腕を掴んで引き留めた。 「ちょっと待ってくださいよッ!いつオレがデレデレした顔で女の子に見とれてたっていうんスかッ?」 ハボックにしてみれば全く身に覚えのないことで罵られたのでは堪らない。腕を掴んだ手にグッと力を込めてロイを引き寄せるようにして言えば、ロイはハボックをきつく睨んだ。 「自覚がないのか?手に負えんな。女の子のボインがそんなに好きなら見てないでさっさと口説きにでもなんでも行けばいいだろうッ!」 「アンタね、それ、本気で言ってるんスか?」 「あんなイヤラシイ目で見るくらい好きなんだろうッ?このスケベッ!」 「な……ッ」 あまりの言いようにハボックがムッと顔を歪める。 「オレはイヤラシイ目で女の子見たりしてないっス」 「うそつき!スイーツショップの女の子を舐めるような目で見てただろうッ」 「あれは」 ロイの言葉にハボックがハッとして何か言いかけるのを聞いて、ロイはカッとなってハボックを突き飛ばした。 「このヘンタイッ!スケベッ!」 「ちょ……ッ、人の話聞けよッ!」 「煩いッ、お前なんて大ッ嫌いだッ!!」 「あ……ッ、大佐ッ」 大声で叫んだロイは、引き留めるハボックを振り払ってその場から駆け去ってしまった。 ハボックの制止を振り切って家まで駆け戻ったロイは、クッションを掴むと力任せにソファーを殴る。ボスッボスッと怒りに任せて殴ってハアハアと肩で息をしながら立ち尽くしていたが、倒れ込むようにボスンとソファーに腰を下ろした。 「ハボックの馬鹿……ッ」 折角久しぶりのデートだったのにと、ロイはクッションを抱き締める。とっても楽しみにしていただけにハボックが女の子たちを楽しそうに眺めているのを見て猛烈に腹が立ってしまった。 「大嫌いって言ってしまった……」 腹立ち紛れにそう怒鳴ってしまったが、落ち着いてくればその言葉が持つ意味の大きさに落ち込んでしまう。 「ハボックがいけないんだ、女の子のボインに見とれてたりするから……」 ロイはハボックが悪いんだと呟いて、抱き締めたクッションに顔を埋めた。 「おはようございます、大佐」 「おはよう、フュリー曹長」 司令室の扉を開けば飛び出してきた元気な声にロイは笑みを浮かべて答える。ちらりと目をやって自席で煙草を咥えて書類を書いているハボックの横顔を見たが、ハボックが顔を上げようともしないのを見てギュッと唇を噛んで執務室へと向かった。そのままハボックとは言葉を交わさす執務室へと入ってしまう。ロイは閉じた扉に寄りかかると、小さくため息をついた。 「朝の挨拶もなしなんて」 とはいえ、自分から声をかけるのも悔しい。キッと目を吊り上げてロイは執務室の机につくと積まれた書類に手を伸ばした。 コンコンと扉をノックする音に答えればハボックが入ってくる。カリカリと書き込む手を止めずに、それでも全身でハボックの気配を伺うロイの前にハボックが書類を差し出した。 「サインお願いします」 その声にロイが視線を上げれば無表情に見下ろしてくる空色と目が合う。ロイは引ったくるように書類を受け取るとガリガリとサインを認め、ハボックに突き出した。 「どうも」 短く答えて書類を受け取ったハボックは、それ以上は何も言わずに執務室を出ていってしまう。いつもなら二人分のコーヒーを手にやってきて、コーヒーを飲む間息抜きの雑談をしていくというのに。 「別にいいさ、コーヒーなんて飲みたくないし」 ロイは殊更声に出して言うと、乱暴な仕草で書類をめくった。 結局その日、ハボックとは仕事の関係以外では口をきかなかった。執務室を出て大部屋を横切る時もハボックの方を見なかったから、ハボックが自分を見ていたのかどうかもロイには判らなかった。 仕事を終えて一度家に帰ったロイは、私服に着替えて街に出る。気がつけばこの間待ち合わせていたショッピングモールの広場へと足が向いていた。もうすっかりと暮れた広場の中、ロイは時計台を見上げる。あるはずのない姿を探して辺りを見回せば、スイーツショップに並べられた彩りも鮮やかなバレンタインチョコが目に入った。 「バレンタインデー……」 そう言えばバレンタインデーまであと三日だ。もしこのままハボックと仲直り出来なければ、一緒にバレンタインを過ごすこともできないのだろうか。 「…………ハボックが謝ってきたら赦してやらないこともないんだ」 浮かんだ不安を消し去ろうとわざと強気にそう呟いて、ロイはスイーツショップに背を向けて逃げるように広場を後にした。 だが。 一日が過ぎ二日が過ぎてもハボックとの関係は変わらなかった。口をきくのは仕事で必要な時だけ。ハボックが謝ってきた時にどう答えるかのシュミレーションをロイは何パターンも考えたが、それが生かされることはなかった。 (このままバレンタインデーになったら) ハボックはチョコレートをくれるだろうか。それとも。 「……ッ」 もし、ハボックがチョコレートをくれないままバレンタインデーが過ぎてしまったらどうしよう。そもそもケンカの原因は自分のつまらないヤキモチだと判っていて、ロイは唇を噛み締める。これからデートだというのにハボックが女の子に見とれていたのが悔しくて、それほどまでにハボックが好きで。 「ハボック……」 それでも素直に“ゴメンナサイ”とは言えないまま、書類の上にポタリと落ちた滴がインクを滲ませた。 「おはようございます、大佐。これ、今日のスケジュールだそうです」 「おはよう。ああ、そうか。今日中尉は休みだったな」 フュリーが差し出すファイルを受け取ってロイは言う。それを手に執務室に入るとハアとため息をついた。 ケンカして口をきかないまま、今日は遂にバレンタインデーだ。ロイは泣きたい気持ちをこらえてギュッと唇を噛むと椅子に腰を下ろす。渡されたファイルでスケジュールを確認すれば、今日は珍しく午後に会議が一つ入っているだけだった。 「……一日中会議でもよかったのに」 どんなにくだらない会議でも、多少なりと気が紛れて余計なことを考えずにすむだろうに。ため息をついてロイは、ファイルを閉じて脇によけると書類をめくる。普段なら朝のコーヒーを淹れてくれるホークアイはおらず、余計にくさくさする気持ちをどうすることも出来ないまま書類を睨みつければコンコンと扉をノックする音がした。 「コーヒー持ってきたっス」 そう言って入ってきたハボックがトレイに乗せたカップを机の上に置く。何か言ってくれるかと期待してロイはハボックを見上げたが、ハボックは軽く頭を下げただけで出ていってしまった。 「…………ッ」 ロイはキュッと唇を噛んでコーヒーのカップを見つめる。そっと手を伸ばして一口飲めば、好みに合わせて砂糖もミルクもたっぷり入れたはずのコーヒーが妙に苦く感じられた。 昼休みの時もハボックはコーヒーを淹れてくれたが言葉を交わすことはなかった。普段ならとても美味しいはずの自分好みに淹れられたコーヒーも妙に味気ない。己のつまらない嫉妬心がもたらした状況に、ロイはどうすることも出来ずに途方に暮れる。このままバレンタインデーが過ぎてしまうのだろうかと思いながら、ロイは今日の唯一の予定である会議へと向かった。 実のない会議は疲労を増すばかりで、ロイはのろのろとした足取りで司令室に戻ってくる。お疲れさまでしたとフュリーが言うのにおざなりに頷いて大部屋を見回したが、ハボックの姿はどこにもなくてロイはしょんぼりと肩を落として執務室へと入った。疲れきった様子でドサリと椅子に腰を下ろす。泣きたい気持ちをこらえて書類に手を伸ばせば、コンコンとノックの音が響いた。 「コーヒーっス。どうぞ」 入ってきたハボックが今日三度目のコーヒーをロイの前に置く。もうハボックを見る勇気もなくて顔を上げられずにいれば、ハボックはそれ以上何も言わず執務室を出ていった。 「……ッ」 不意に悲しい気持ちがこみ上げて、ロイは溢れそうになる涙を乱暴に手の甲で拭う。気持ちを落ち着かせようと置かれたカップを手に取ろうとして、ロイはカップになにやら茶色いスティック状のものがたててあることに気づいた。 「なに……?」 一体なんだろうと、ロイはスティックに手を伸ばす。少し持ち上げればふわりと漂う甘い香りにロイは目を瞠った。 「え……チョコ?」 漂う香りは紛れもないチョコレート。軽くスティックをかき混ぜれば熱いコーヒーにチョコレートが溶けて、執務室を甘い香りが満たした。ロイはドキドキしながらカップを取り上げ口をつける。その途端、いい香りと共に蕩けるような甘いチョコの味が口一杯に広がった。 「甘い……」 正直もう諦めかけたところへの不意打ちにロイは胸が一杯になる。零れそうになる涙を必死にこらえたロイは、霞む視線の先皿の上に小さく畳んだ紙片があることに気づいた。さっきはカップの下敷きになっていたため目に入らなかったそれを、ロイはそっと取り上げる。震える指先で紙片を開けば、癖のあるハボックの字で短い言葉が認めてあった。 『ヤキモチ妬くほどオレの事が好きなんスね。ホント仕方のないヒト────でも』 読めば煙草を咥えて苦笑するハボックの顔が思い浮かぶ。頭の中のハボックがまっすぐにロイを見て言った。 『でも、そんなアンタが一番好きっス』 甘いチョコレートと共に届けられた言葉を読んだ時、ロイの目からこらえきれなくなった涙がポロリと零れた。ロイはガタンと椅子を蹴立てて立ち上がると執務室を飛び出す。大部屋にハボックの姿はなく、ロイはそのままの勢いで司令室を飛び出した。ハボックを探して司令部の中を駆け回るが見当たらない。どこだろうと巡らせた視線の先、屋上に続く階段が目に入ってロイはその階段を駆け上がった。屋上へ出る扉をバンッと勢いよく開いて踏み出せば手摺りに凭れて煙草をふかすハボックの姿。晴れた空に上っていく一筋の煙を見上げているハボックに駆け寄ろうとして、ロイは数歩手前で立ち止まった。 「ハボックっ、この間は、その────」 「最初はなんであんな事言われなきゃならないんだって、すげぇ腹たったんスけど」 言いかけた言葉を途中で遮られて、ロイは口を噤んでハボックを見る。ハボックは立ち上る煙を見上げたまま続けた。 「口きかなきゃアンタ泣きそうな顔でオレの事見てるし、そのくせ自分からは絶対折れなくて、そんな風にヤキモチ妬いて意地張ってるアンタ見てたら、もう」 と、ハボックはロイに視線を移す。 「ホント仕方のないヒトだなぁって。でもって、そんな仕方のないアンタがすげぇ好きなんスよ、オレ」 末期っスよね、とハボックが肩を竦めてニシシを笑うのを見た途端、ロイの瞳からポロポロと涙が零れた。 「……と、大佐っ」 「馬鹿ッ」 泣かれて慌てるハボックの胸にロイは飛び込む。胸に縋って涙を零すロイを抱き締めて、ハボックは笑った。 「あの時、オレが見てたのはバレンタインのチョコレートっスよ。今年はアンタにでっかいの買ってプレゼントしようって思って……でも、結局あんなのになっちまいましたけど」 「……甘くて、美味しかった」 ありがとう、と囁くロイにハボックは笑みを深める。胸に埋めたロイの顔を顎を掬って持ち上げると、間近から涙に濡れた瞳を覗き込んだ。 「どれくらい甘かったか、味見させて……?」 「ハボ────んんッ」 囁けば大きく見開く空色に言葉を紡ぐ間を与えず唇を重ねる。深く唇をあわせてきつく舌を絡めとれば、ロイの体から力が抜けていった。 「ハボック……」 「好き……好きっスよ、大佐……」 「私も……私も好きだ……」 時折唇を離しては何度も好きと囁きあう。バレンタインの晴れ渡った空の下、ハボックとロイは互いの気持ちを確かめあってはキスを交わした。 2014/02/04 |
| ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ Kさまからいただきましたv 「バレンタインの何日か前にチョコレート売り場を見ていたハボを女性を見ていると勘違いしたロイが怒ってケンカ。バレンタイン当日まで仕事以外は口もきかずに冷戦状態。ロイはチョコレートが貰えるか、それともこのまま??と内心はハラハラ。14日はリザさんが休暇でお茶出しはハボだが朝・昼と普通にコーヒーを置いていくだけで口もきかず。午後の休憩の時もコーヒーを置いていったが……一見ただのコーヒーに細い棒が一本立っていた。ハボが退室してからカップをしっかり見てみると……そこにはこっそりコーヒーで溶かして飲むチョコが!チョコが溶けた後の棒をよく見ると、「焼き餅を焼くほど俺が好きなんですね。仕方のないヒト」の言葉があって……その後はloveで!」……ですv うふふ、仕方のないヒト!タマランですね!もう、その一言の為に一所懸命書かせて頂きましたvハボの手のひらの上のロイもいいですよねv Kさま、王道リクをありがとうございましたvv |