丹桂
通りを歩いていたロイはふと鼻腔をくすぐった甘い匂いに足を止めた。
「この香りは…」
ロイはきょろきょろとあたりを見回すと狭い路地へと入っていく。時折強くなったり弱くなったりする香りに誘われるままに
ロイは道を歩いていった。
「どこだ…?」
香りの源をみつけるのは無理かと思いながら角を曲がった途端、目の前に見事な金木犀の木が立っていた。
小さな鬱金色の花を枝一杯に咲かせたそこからは甘い香りが漂っている。ロイは一瞬その見事さに目を瞠ったが、次の
瞬間嬉しそうに目を細めた。木の近くに寄ると、その花に指を触れる。小さな花弁が寄り集まった花は秋の陽射しに
蜜色に輝いていた。顔を近づけるとより一層甘い香りが鼻をくすぐる。
その甘い香りを嗅ぎながらふと、ロイは同じ蜜色を持つ男のことを思い浮かべた。咥え煙草で自分を振り向くその姿は
ひどく見慣れたもので。少し減らせといくら言っても四六時中煙草を離さないソイツからは彼独特の香りがした。煙草の
銘柄は然程珍しいものではない。同じ煙草を吸っている人間ならいくらでもいるだろう。だが。
そのスモーキーな匂いには彼自身の香りが合わさってけっして他の人間と間違えることはない。抱きしめた彼の髪
から香るそれが、ロイの官能を煽り狂わせていく。組み敷いた体から香るそれがロイを包み、快楽に熱を持った体
は更にその香りを濃くしてロイを染め上げていくのだ。
もっともいつもいつもその香りが強く漂っているわけではなく、ミッションに備えている時の彼からはまるで香りが消え
失せてしまう。全ての感情をそぎ落とし、人間として身にまとっている諸々のものを消し去って、一陣の風のように、
獲物を狙う肉食獣のように駆け抜けていく。
その蜜色も甘く香る香りも何もかもを封じ込めて走り抜けたその後は。
より一層強く香るのだ。
ロイを引き寄せ、ロイに手折られる為に強く薫って端然としてそこにあるのだ。
ロイは知らず金木犀の花をくしゃりと握り締めていた。手を開けば甘い香りが零れていく。
小さな花をつけた一枝をぽきりと手折ると、ロイは甘く薫る自分の蜜色のもとへ、今来た道を引き返していった。
2006/9/28
丹桂とは金木犀の漢名です。相変わらずタイトルがつけられん…。今までで一番短くて一番ワケ判らない話になってます。なんかハボが臭そうで
書いててヤになりました…(がくー)