四月馬鹿2
 
 
「大佐。大事な話があるんスけど。」
ハボックがロイの机にコーヒーを置くと言う。まっすぐに見つめてくる空色の瞳を見上げればハボックが辛そうに顔を
歪めた。
「ハボック?」
そのあまりに辛そうな顔にロイが思わず手を伸ばせばハボックはスルリと身をかわす。それから震える息を吐くと言った。
「大佐。オレと別れて下さい。」
そのあまりに唐突な言葉にロイは意味が判らずポカンとしてハボックを見つめる。そんなロイにハボックは泣きそうな顔
をすると続けた。
「今まで大佐といられて幸せでした。でも、もう一緒にはいられないんス。恋人として一緒には…。でも、部下としてなら
 きっと役に立ちますからっ。だから…。」
ハボックはそう言うと泣き出しそうな顔で笑う。
「今までありがとうございましたっ」
そう言ってペコリと一礼すると、ハボックは逃げるように執務室を出て行ってしまう。ハボックに手を伸ばした時のままの
格好でロイはハボックが出て行くのを見送った。そのまましばらく放心状態で固まっていたロイは自分の手がパタリと
机に落ちた衝撃で我に返る。
「ちょ…ちょっと待て、ハボック…っ」
もうとっくに姿を消した相手に向かってロイはそう言うと椅子を蹴立てて立ち上がった。バンッと扉を開けてきょろきょろ
と司令室の中を見回したがハボックの姿はない。目に付いたブレダに向かってロイが声を上げようとするより一瞬早く、
ブレダが口を開いた。
「ハボなら演習に行きましたよ。」
「そっ、そうなのかっ?!」
それでは急いで後を追わなくてはと司令室を出て行こうとするロイにブレダの声が飛ぶ。
「言っておきますが、大佐。ハボのことは放っておいてやって下さい。」
「…どういうことだ?」
「アイツも色々悩んだんですよ。ハボのことが少しでも大事ならそっとしておいてやって下さい。さもないと。」
部下としてのアイツもなくしちゃいますよ、ブレダはそう言うと吸っていた煙草を灰皿に押し付けて立ち上がる。書類を
出してくると言って部屋を出て行くブレダの背中を、ロイは呆然と見送ったのだった。

「一体何がどうなっているんだっ?!」
状況がさっぱり飲み込めず、ロイはウロウロと執務室の中を歩き回る。落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせようと
すればする程加速するパニックに、ロイが思わず大声を上げそうになった時、フュリーの声が聞こえた。
「ハボック少尉、どうするんでしょうね、この先。」
それを聞いたロイが乱暴に扉を開けて司令室に飛び出せば話をしていたフュリーとファルマンがあからさまに体を
強張らせる。
「一体どういうことだっ」
目の据わったロイにズイと詰め寄られて二人は慌てて顔の前で手を振った。
「ぼ、ぼ、僕達は何も…っ」
「私も何も知りませんっ」
「…嘘をつくと為にならんぞ。」
シュッと音を立てて発火布を嵌めるロイにフュリーとファルマンは慌てて答える。
「僕はただっ、ハボック少尉に大事な人が出来たって噂で…っ」
「なんでもずっと片想いだったとかなんとか…っ」
引きつった声で答える二人にロイは呆然となった。
「ずっと片想い…それじゃ私とのことは何だったんだっ!」
ロイは呻くようにそう言うと司令室を飛び出していこうとする。丁度部屋に入ってきたホークアイと鉢合わせしそうに
なってなんとか踏みとどまった。
「大佐。どこへ行かれるんですか?」
書類が、と言うホークアイにロイは言う。
「すまない、中尉。どうしても大事な用事が――」
「ハボック少尉のことならっ」
ロイの言葉を遮るようにホークアイが言った。彼女の口から出た名前に思わずロイが口を噤めばホークアイが続ける。
「少尉のことならそっとしておいてあげて下さい。彼も随分悩んだようですから。」
ほんの少し眉を顰めてそう言うホークアイを見つめていたロイは、やがて引きつった笑みを浮かべた。
「私だけが何も知らなかったと言うことか?」
何も答えないホークアイにロイは司令室を飛び出す。怒りのまま廊下を駆け抜けていけば聞きなれた声が聞こえた。
ロイは足を止めると声のした方へと近づいていく。廊下の角からそっと覗けばそこにいたのはハボックとセントラルに
いるはずのヒューズだった。
「中佐、オレやっぱこんなの気が咎めるっていうか、大佐に悪くて…。」
「ああ?気にすんなよ、ロイだってちゃんと説明すりゃ判ってくれるって。」
ヒューズはそう言って笑うとハボックの肩に手を置く。その光景を見た途端、ロイの中で何かがプツンと切れる音がして
ロイは発火布を嵌めた手を突き出していた。パチンという軽い音と共にハボックの肩に置いたヒューズの軍服の袖が
燃え上がる。
「うわっちぃぃっっ?!!」
「たいさっ?!」
慌てて袖を叩くヒューズとそれを庇うようにヒューズの前に立って振り返るハボックの驚いたように見開いた空色の瞳。
それを見た途端、ロイの中に嵐のような怒りと悲しみが吹き荒れてロイは再び手を突き出した。
「わわっ、待ってっ、たいさっっ!!」
ハボックが飛びつくようにロイの手に縋ったのと、ロイが指を慣らしたのがほぼ同時だった。ハボックの金髪を焦がす
様に焔が立ち上がったと思った瞬間。
ザバアッ!!と水の塊が二人の上から降ってきて、頭からポタポタと水を垂らしながら顔を見合わせるロイとハボック
の耳に呆れた声が聞こえる。
「ホントに少尉の事になると見境がありませんわね、大佐。」
声のする方を見ればホークアイがバケツを片手に立っていた。その後ろにはブレダやファルマン、フュリーの姿も見える。
「たいさっ、嘘っスよ。今日、4月1日!エープリールフールっスからっ」
びしょ濡れのロイの袖を引いてハボックが言う。その声に振り向いてロイが聞いた。
「…うそ?」
コクコクと頷くハボックの後ろで袖を焦がされたヒューズが悔しそうに言う。
「ああ、ちきしょー、賭けはリザちゃんの勝ちかぁっ!」
「…賭け?」
訳が判らず腑抜けているロイにハボックが言った。
「ちゃんと説明しますから執務室に戻りましょう。」
ね、と笑いかけるハボックにロイは訳が判らぬまま執務室に連れ戻されたのだった。

「…つまり全てはエープリールフールの嘘だったというのか?」
「エープリールフール半分、トトカルチョ半分ってとこっスかね。」
憮然としてロイが言えば、ハボックがタオルで髪を拭きながら答える。
「オレが去年は大佐にとんでもない嘘つかれて悔しかったって言ったら、中佐がおんなじ嘘をつき返してやれって。」
「嘘だけじゃつまらないからそれを聞いたロイがどうするかって言うのを全員で賭けたって訳よ。」
ハボックの言葉を引き継いでヒューズが言った。
「ブレダ少尉が“ハボック少尉の嘘がヘタですぐバレる”、んで、俺が“その場でロイに詰め寄られて嘘だって白状しちまう”」
「ハボの嘘なんてすぐ見破られると思ったんですけどねぇ。」
ブレダが不満そうに言うのを聞きながらヒューズが続ける。
「ファルマン准尉とフュリー曹長は途中で“冷静になって気付く”、だったな。」
「ちょっと冷静になれば判りそうなものですし、今日が何の日かということが。」
「だって、普段のラブラブぶりだったら途中で気付くと思ったんですよ。」
話を振られてファルマンとフュリーが言った。その二人に苦笑交じりに頷くとヒューズはホークアイを見る。
「リザちゃんだけが“最後まで気付かずに暴走する”って言ったんだよなぁ。」
「少尉のことが絡むと冷静な判断が出来なくなるようですから。」
澄まして答えるホークアイをロイは苦々しげに見ると言った。
「みんなでそろって私を騙して…大体ハボック。ヒューズに言われたからって“別れる”なんて嘘、そんな簡単に――」
「大佐だって去年俺にそういう嘘、言ったじゃないっスか!オレが傷つかなかったとでも思ってるんスかっ?」
「う…だが私はあんな真に迫った言い方、しなかったぞっ」
「仕方ないでしょ。嘘でもあんなこと言うの、すっげぇ辛くて悲しかったんスから…。」
そう言ってその時のことを思い出したようにしょんぼりと俯くハボックにロイは目を瞠る。それから薄っすらと笑うと
ハボックの頬を両手で包み込むようにしてその空色の瞳を覗きこんだ。
「辛くて悲しかったのか?どうして?」
「そりゃオレはアンタのことが好きっスから…。」
「好き?どのくらい?」
「どのくらいって…凄く…。」
そう言って恥ずかしそうに頬を染めるハボックにロイはうっとりと笑う。
「言葉じゃ判らないな。態度で示してくれ、ハボック。」
「態度?って、どうやって?」
「そうだな…まずはキスだ…」
ロイはそう言うとハボックの唇に己のそれを重ねた。

「中佐。賭けは私の勝ちですから。」
「…判った。ラ・ヴィ・ドゥースのスイーツだったな。行こう。」
ホークアイに答えるヒューズの言葉に従って、場所柄もわきまえずいちゃつき始めた二人を置いてブレダ達はぞろぞろ
と執務室を出る。パタンと扉を閉じると全員の唇からため息が零れた。
「…なんか俺達、すげぇ馬鹿みたいな気がするんですけど。それもこれも全部中佐の所為って思うのは間違ってます
 かね。」
ボソリとブレダが言えばヒューズが思い切り顔を顰める。
「あー、判ったっ!奢っちゃる!スイーツの後は飲み放題だっ!!」
ヤケクソのようにそう叫ぶヒューズの声に、司令室の馬鹿どもは歓声を上げたのだった。


2008/3/17
 
去年はロイからの「別れよう」でしたが今年はハボからバージョンをとのお声を頂きまして。
ハボックにそんな事言われたらうちのロイハボのロイだったら大暴走だろうなぁと。殺してでも手元に置きそうって気がします。
でも結局はバカップルなだけだった(苦笑)きっとこの後は「凄く傷ついたんだ」とかなんとか言っていい様にしそうな気がします(笑)