桜人
まだ寒さの残る山間(やまあい)の桜の里を、ロイは大事な人の姿を探して歩いていた。たまたま出張で近く
まで来ていた2人はせっかくだからとイーストシティに帰る道すがら、この山間の隠れた桜の名所に一泊
していたのだ。個室についた露天風呂は目の前に見事な桜の枝が張り出し、ゆったりと湯に浸かりながら桜を
楽しむことが出来た。ロイは桜の花と、湯に浸かって綺麗な桜色に染まったハボックの肌をたっぷりと堪能し、
そうしてハボックを抱きしめたまま眠りについたはずだった。
「まったく、どこに行ったんだ、アイツは。」
もうすっかり夜も更けた里は、あちこちに植わった桜の枝を満開に飾る花びらで、里全体が淡い光に包まれて
いるように見えた。もともと少ない民家の立ち並ぶ辺りを抜けて、ロイは桜の森へと入っていく。どれもこれも
素晴らしい桜の木々の更にその奥に、一際見事な桜の巨木があった。花びらが降り積もったその根元に
横たわる金色を見つけてロイはぎくりとする。
「ハボックっ!」
慌てて駆け寄って見下ろせば、綺麗な空色の瞳がロイを見上げた。
「あー、たいさぁ。」
のんびりとしたその声に、一気にロイの力が抜ける。
「…何をしてるんだ、お前は。」
声に怒りを滲ませてそう聞けばハボックが横たわったまま空を指差した。
「桜を見てたんです。」
そう言われてロイは頭上を振り仰ぐ。真っ暗な空を背景に桜の花が淡いピンク色の光を放ちながら浮かび
上がっていた。風もないのにはらはらと降ってくるさまはまるで空から剥がれ落ちてくるかのようだ。ロイは
暫く黙って見つめていたが口を開くと言った。
「見事だな。」
「大佐みたいでしょ?」
そう言うハボックをロイはビックリして見下ろす。
「私みたい?」
「焔を錬成する時の大佐みたいです。」
そう言って微かに笑うハボックにロイは首を傾げた。意味が判らないと言う顔をするロイにハボックが言葉を
続ける。
「錬成する瞬間大佐の体からね、あの花びらみたいに光がふわぁって広がるんスよ。」
気づいてなかったんスか、と聞かれてロイは首を振った。
「そんなこと今まで言われたことないぞ。」
気のせいじゃないのか、と言われてハボックは頭(かぶり)を振る。
「あんな綺麗なもの、気のせいなわけないじゃないっスか。」
そう言って笑うハボックのほうこそ、桜の褥にその金色の髪の毛を広げて横たわるさまがとても綺麗だと
ロイは思う。
「大佐もここに来て桜を見ませんか?」
綺麗ですよ、と笑う空色の瞳に誘われて、ロイはハボックの隣りに腰を下ろしてハボックの顔を覗き込んだ。
「たいさ…それじゃ桜が見えませんよ?」
「咲いている桜も綺麗だが散った桜も綺麗だぞ。」
ロイはそう言うと降り積もった花びらを掬ってはらはらとハボックに振り掛ける。
「なにやってるんスか、アンタ。」
くすくすと笑うハボックの金色の髪に花びらを散らしてロイはうっとりと笑った。
「桜漬けだな。」
そう言って身を寄せて来ようとするロイに向かってハボックは自分の周りに降り積もった花びらを、掬うように
して跳ね上げる。ばあっと吹き付けてきた花吹雪に思わず腕で顔を庇ったロイの耳にハボックの笑い声が
聞こえた。
「大佐も桜漬けっスよ。」
「お前な…。」
顔を顰めるロイの髪にハボックが手を伸ばす。
「大佐、髪が黒いから花びらが光って見える…。」
そう言って花びらを摘むハボックの手をロイはぐっと掴んだ。花びらを摘んだ指を口元に持っていき唇を寄せる。
ぴくりと震えて目を伏せるハボックにロイはゆっくりと口付けていった。
2007/4/9
遅くなりましたがロイハボ版桜ネタです〜。桜も大きなものだと散った花びらが17m四方に散らばるのだとか。桜の絨毯に寝転ぶハボが書きたくて
書いてみました。是非ご想像のほどを!桜人とは桜の花を愛でる人のことです〜。