は棚から缶詰を二種類取り出すと丸い8センチほどの深さの皿を手に取った。缶詰のふたを開けると、
空色の大き目の皿に一方の中身を、もう一つの薄いピンク色の小ぶりの皿にもう一方の中身をあける。
そうしてその二つを両手に1つずつ持つと、鍵のかかっていない扉を器用に肘でレバーを下げるようにして
押し開けて庭に出た。
「おーい、ごはんよぉ〜!」
あまり広くはない、それでも綺麗に整えられた、芝生の緑が眩しい庭の隅に立って呼べば、すぐさま「ウォン」
と返事がして大きな影が走ってくる。ハッハッと舌を出しての周りをぐるぐると回るのは、金色の毛並みが
とても美しい大きなゴールデンレトリバーだった。
「ああ、ハボ。そんなにしたらお皿が置けないでしょう。落ち着きなさいって。」
が笑いながらそう言えばレトリバーは回るのをやめての正面にきちんと尻を下ろして座る。見上げて
くるその犬種にしては珍しい空色の瞳を見つめると、はきちんとそろえた両脚の前に皿を置いてやった。
「お待たせ。アンタはホントにお行儀がいいわね。」
そう言って金色の頭をわしわしとかき混ぜてやれば、空色の瞳を細めて嬉しそうに唸り声をあげる。
しゃがみ込むとそんなハボックの顎の方までかき混ぜながら聞いた。
「で、ロイはどこ?」
そう尋ねてくるの頬に鼻先を押し付けると、ハボックはそのままの顔をグイと上に向かせる。上を
向いた拍子に、の目に庭の桜の木の上でこちらを見下ろす真っ黒な猫の姿が入ってきた。
ハボックの頭を押さえて立ち上がると、枝の上で寛ぐ黒猫に向かって言った。
「ロイ、ごはんよ。下りてらっしゃい。」
だが、ロイと呼ばれた黒猫は枝の上で前脚を突っ張って伸びをするとまた枝の上で丸まってしまう。
「ちょっと、ロイ!下りてきなさいってば!」
が空いた手を腰にあてて枝を見上げながら強い調子で言っても、ロイはどこ吹く風と言った様子で
目を閉じていた。
「もう…っ、下りてこないとごはん抜きよ?」
そう言えば足元のハボックが心配そうにクゥンと鳴く。
「ああ、アンタはいいの。先に食べてなさい。」
は慌ててハボックの頭を撫でるとそう言った。だが、ハボックは腰を上げて数歩歩くと枝の上のロイに
向かってバウと鳴いた。その声に、目を瞑っていたロイは片目をあけてハボックを見下ろす。そんなロイに
もう一度軽く吠えたハボックに、ロイが枝の上で立ち上がったかと思うと。
ヒュウッ…ドスンッ!
枝の上からハボックの背中めがけて飛び降りた。
「キャウンッ」
飛び降りたロイは、わざとハボックの背に爪を立てて踏ん張るとなんでもなかったように地面に下り立つ。
涙目でロイを見つめるハボックにはしらんぷりで、空色の皿の上をどすどすと歩くとに向かってニャアと
鳴いて、餌を要求した。
「…アンタねぇっ!」
一連の動きをビックリして見つめていたは、ロイの全く悪びれた様子のない態度に呆れたため息を
零すと、それでもその前に皿を置いてやる。それからハボックの背中を見て特に怪我をしたわけでは
ないことを確認するとハボックをギュッと抱きしめてロイを見つめた。
「もう、どうしてアンタってハボに意地悪するの。」
そう言われてもしらんぷりで皿に顔を突っ込んでいるロイにもう一つため息をつくと、はハボックの頭
を撫でながら言った。
「ほら、アンタも食べなさい。」
その言葉にロイに並んで皿に顔を突っ込んではぐはぐと食べ始めるハボックの頭をポンと一つ叩いて、
はゆっくりと立ち上がった。うーんと伸びをすると大人しく餌を食べる二匹を見つめる。
ロイがの家に来たのは2年ほど前だ。猫が欲しいと言っていたに、友人が子猫が生まれたのだが
見に来るかと声をかけてくれ、は喜び勇んで遊びに行ったのである。かごの中に入れられた子猫は
全部で5匹。どれもモノトーンを基調にした可愛い子ばかりだった。どの子も可愛くてなかなか1匹に決められ
なかったが、ようやく選んだのは真っ黒な毛並みが美しい、一番小さな子猫だった。だが、
この子にする、と友人に告げた途端、相手は困ったように首を傾げた。
「その子、エラく気性が荒いのよ。」
すぐ他の子にケンカ売るし、ちっとも懐かないし、できれば他の子にしたら?
そう言われてはカゴの隅で蹲る子猫を見た。艶やかな毛に覆われた顔の中で、細い線のようになった
瞳がを見返している。暫く見詰め合っていたはにっこりと笑うと子猫に向かって手を伸ばした。
シャアッと威嚇する子猫を容易く抱き上げると、は友人に向かって告げた。
「やっぱりこの子にするよ。」
そうして毛並みも瞳も真っ黒な子猫はのうちの子になった。ワガママでマイペースな子猫と、しょっちゅう
ケンカしながらも、それでもはロイと名づけたその子が大好きだったし、ロイもほんの時折、
甘えて見せたりして、おおむね2人の関係は上手く行っていた。
そんな2人の前に半年前、もう一匹の同居人が現れた。ゴールデンレトリバーのハボックだ。飼い主の引越し
で飼いきれなくなったからと処分寸前だったのを、が引き取ってきたのだ。が初めてハボックを
家に連れてきた時、はリビングの片隅で丸まっていたロイに向かってハボックを紹介した。
「今度一緒に暮らす事になったハボックだよ。ハボック、この子はロイ。仲良くしてね。」
そう言われてロイに鼻先を寄せたハボックをちらりと見上げたロイだったが、次の瞬間こともあろうにハボック
の鼻面を思い切り引っ掻いたのだ。
「キャウンッッ!!」
「…ロイーーーッッ!!」
引っ掻いた途端ダッシュで逃げ出したロイに叫んで、だがハボックを放っておくわけにもいかず、は血の
滲むハボックの鼻先をティッシュで押さえて手当てをしてやったのだった。
それから暫く、ハボックは引っ掻き傷が耐えなかった。引っ掻かれるのが嫌なら近くに寄らなければいいような
ものだが、ハボックはことあるごとにロイにすりより、ロイに引っ掻かれては悲鳴を上げていた。それでも
何度も繰り返されるそれにいい加減ロイの方が根負けして、いつの間にやら二匹は何となく一緒にいるように
なったのだが。
「それでも相変わらずアンタって、ハボに冷たいわよねー。」
食べ終わって毛繕いをするロイを見下ろしてそう言うを、ロイはちらりと見上げると尻尾を振ってゆっくりと
歩き出す。それを見たハボックは慌てて餌を飲み込むと庭のつつじを回ってパタンと揺れた黒い尻尾を追っかけて
いってしまった。
「でもって、相変わらず報われなくてもついてくのね、ハボは。」
はそんな二匹を見送って苦笑すると、綺麗に食べ終わった皿を持ち上げたのだった。

「ねえ、ハボ。ロイはどこ?」
今日も今日とて姿の見えないロイの行方を、はリビングでボールにじゃれていたハボックに聞いた。
「バウ」
とボールを抱えて見上げてくる空色の瞳を見返して、は窓の外へ目をやる。さっきまで晴れ渡っていた
空は、急激に黒い雲に覆われてきていた。
「夕立が来そうなの。」
そう言うにハボックがボールを置いて腰を上げた。ロイは雨と雷が大嫌いだ。以前、たまたま外にいて
夕立に見舞われたロイは、ぐっしょり濡れそぼたれた体を拭いてやろうとしたが全く手を出せないほど
半狂乱になって大変だったのだ。
「ハボ?」
困ったようにが名を呼べば、ハボックは尻尾を揺らして庭へと飛び出していった。軽く吠えて辺りを
見回すが黒いしなやかな姿は見当たらない。地面に鼻先をつけて匂いを辿ろうとしたハボックの頭に
ポツリと最初の雨粒があたった。
「バフッ」
雨粒は5粒を数えた後は固まりになって降ってきて、辺りは叩きつけるような雨で覆われてしまった。
慌てるハボックがきょろきょろと周りを見回したとき。
カッ、と。
世界が色をなくして真っ白になったと思った次の瞬間。
ドォンッ!
物凄い音がして雷が落ちた。
飛び上がるようにして駆け出したハボックはそこここの植木の中に次々と頭を突っ込む。そうしてようやく
見つけ出した黒い塊にバフンと声を掛けるとその首筋を軽く咥えた。恐怖に固まった体をなるべくそっと
持ち上げると、ハボックは手近のデッキチェアの下へと潜り込む。強張るロイの体を前脚の中に優しく
包み込むと、そっと顔を寄せて雨からも雷からもその小さな体を護るように覆い被さった。最初のうちは
ハボックの脚の間で小刻みに震えていたロイの体がいつしか震えなくなり、ロイは柔らかくて暖かい
ハボックの体に包まれて、安心したように目を閉じたのだった。

「うわぁ、スゴイ嵐…。ハボ、ロイのこと見つけられたかなぁ。」
は滝のように窓の表面を流れる雨を見つめて呟いた。もう少し早くハボに探してもらえばよかった。
そうすればきっとこんな嵐の中、2匹を外で過ごさせることなどせずに済んだのに。
早くやんでくれとヤキモキしながら外を見つめるの視線の先で、永遠にやまないのではないかと
思えるほど吹き荒れていた嵐は、それでもいつしか峠を越えて空は明るさを取り戻しつつあった。
は傘を取るとまだ少し雨の残る庭へと出て行く。
「ハボー?ロイー?どこにいるの?」
きょろきょろと辺りを見回すの耳にバウッというハボックの声が聞こえてきた。慌てて声のする方へ
いってみれば、デッキチェアの下から空色の瞳が覗いていた。
「ハボ!ロイは一緒なの?」
覗き込みながらそういうにハボックはほんの少し顔を上げる。その金色の毛の中に黒い塊を見つけて
はホッとしたように微笑んだのだった。

「ブヒャゥンッ」
金色の毛を逆立てるようにして不思議なクシャミをするハボックを、食器を洗っていた手を止めて
見下ろした。
「やだ、ちょっと。ハボってば風邪引いちゃったの?」
昨日突然の嵐に見舞われた2匹を、嵐の峠が過ぎた頃にようやく家の中に入れたは、ぐっしょりと
濡れそぼたれたハボックの体を丁寧に拭いてやった。何枚もタオルを使って拭いているを澄ました
顔をして見上げるロイに、はため息をつくと言う。
「アンタはハボックに抱っこされてるうちにすっかり乾いちゃったのね。」
降り出した雨にその艶やかな毛を濡らしたロイだったが、暖かなハボックの胸に抱かれているうちすっかりと
乾いてしまったようで、ロイは一つ欠伸をするとすたすたとリビングを出て行ってしまったのだった。
「もう…ハボがこんなにずぶ濡れなの、半分はアンタの所為なのに…」
半ば咎めるようにがそう言えば、ハボックはバフと鳴いてとりなすようにの頬を舐める。そんな
ハボックにはくすりと笑うと、止めていた手を動かしながらハボックに言う。
「アンタはロイに甘すぎ。」
そうして寒くないようにすっかり乾かしてやったつもりだったのだが。
「ああ、鼻水も出てる。本格的に風邪だぁ。」
はとろんとした目で見上げてくるハボックをウンショと抱えあげる。
「ううっ、腰にくる…っ」
そう呟きつつ、それでも懸命にハボックを抱きかかえてはソファーで丸まるロイに向かって言った。
「ロイー、ちょっとハボックをお医者さんに連れて行くから、アンタはいい子でお留守番しててねっ!」
その声に顔を上げたロイを放って、は車のキーを掴むと玄関から出て行ったのだった。

「ブヒュッ!」
はリビングで敷き詰めたクッションの上に蹲るハボックの鼻水を拭いてやるとその体に毛布をかけて
やった。
「たいしたことないって、よかったね、ハボック。注射も打ってもらったし、2、3日大人しくしてればすぐ
 よくなるよ。」
金色の頭を撫でてそう言うと、はソファーの上のロイを見る。
「そういうわけだから、ロイ。ハボックのこと虐めちゃダメだからね。」
不服そうに見つめてくる黒い瞳をじろりと見返すと、ロイは不貞腐れたように顔を伏せた。そんなロイに
はひとつため息をつくと、ハボックの頭をひと撫でして立ち上がる。そうしてキッチンへと入って行く
後姿を、ロイは目だけを動かして見つめていたのだった。

「ハボ、大丈夫かな…」
夜中に目を覚ましたはベッドから下りるとリビングへと入っていく。クッションに埋もれて丸まる金色
の姿を見るとゆっくりと近づいていった。その時、ハボックの頭の辺りで蠢く黒い塊に気がついて足を止める。
「…え、ロイ?」
闇の中で目をこらしてみてみれば、ハボックの金色の頭をロイが懸命に舐めているのだった。
「ロイ…」
暫く呆然と2匹の様子を見ていただったが、フッと微笑むとゆっくりと近づいていく。そうしてロイのことを
そっと抱き上げると囁くように言った。
「なんだ、アンタってばちゃんとハボックのこと好きなんじゃない。」
そう言ってまん丸に見開かれたロイの目を見つめると続ける。
「ハボックなら大丈夫だよ。すぐ良くなるから。」
その言葉にミャウと小さく鳴くロイの頭に、は頬を寄せたのだった。

数日後。
庭から聞こえるハボックの声には窓を開けて顔を出した。芝生の上を見れば、ロイにまとわりついて
じゃれ付くハボックの姿が見えた。嬉しそうに擦り寄るハボックに、ロイは時折シャアッと牙を剥いて見せたが
それでもハボックの好きにさせている。
窓辺に寄りかかりながらは、仲の良い2匹の姿を嬉しそうに見つめていたが、不意に窓枠に足をかけると
庭の2匹に向かって声を掛ける。
「ずるいぞっ!私もまぜてよねっ!」
そうして窓を乗り越えて庭に飛び降りると、は2匹めがけて飛びついていったのだった。


2007/4/23


最初にひとこと。管理人、犬も猫も飼ったことがありません。ですので「こんなの絶対ヘン!」と思うところがありましても笑って見逃していただきますよう
お願いいたします〜。
私、実はドリー夢は苦手です。自分がssの中でハボやロイとイチャイチャしてたりしたら、こっ恥ずかしくて穴を掘って潜りたくなります。そんな私ですが、
ふと、ハボやロイとのんびり優しい時間の中で過ごしたいものだなぁなどと思ってしまいました。とは言え、人間の姿の2人では恥ずかしい…。そんなわけで
こんな2匹になったわけです。なんだか訳のわからない話ではありますが、2匹と一緒にのんびりまったり過ごしていただけたら嬉しいです。





犬と猫のいる生活