巧克力


「たいさ。今年はオレからのチョコはないものと思って下さい。」
バレンタインを数日後に控えたある日、ハボックがロイにそう言った。かちゃかちゃと食べ終わった食器を片付け
ながらさらりと言われた言葉に、ロイは思わず頷きそうになる。
「…ちょ、ちょっと待てっ!どういうことだ、それはっ」
慌てて言い返したロイにハボックは平然と答えた。
「どういう、って言葉通りの意味っスよ。」
「なんでバレンタインのチョコがないんだ?!」
まさか他に好きなやつが出来たとか言うんじゃないだろうな、と目を吊り上げるロイにハボックはにやりと笑った。
「そうだったらどうします?」
「お前…っ」
ガタンと椅子を蹴って立ち上がるロイにハボックは慌ててテーブルの後ろに逃げ込んだ。
「冗談ですってば。」
「本当かっ?!」
「ああもう…」
ハボックはため息をつくと疑いの眼差しを向けるロイに言った。
「だって、どうせアンタ、山ほどチョコ貰ってくるじゃないっスか。食べきれないほど貰うんだから無くてもいいでしょ。」
「何言ってるんだ、お前。そんな義理チョコの山、いくらあったところで…」
「くれる人にとっては義理チョコじゃないでしょ。」
ぴしゃりと言われてロイは口をつぐんだ。
「義理チョコじゃないチョコレート、毎年いっぱい貰ってんだからいいでしょ、って言ってんですよ。」
ハボックはそう言うと汚れた皿をシンクに突っ込んだ。
「そういうわけですから、今年はオレからのチョコはありません。」
そういい捨てると、ハボックは2階へと上がっていってしまう。ロイはそんなハボックの背を見送って首をかしげる。
「何を怒ってるんだ、あいつは。」
たとえどれほど沢山のチョコを貰った所でハボックから貰うたった一つのチョコに敵うものなどないというのに。
ロイはハボックの気持ちが理解できずに首を捻るのだった。

「大体無神経なんだよ、あの人は。」
ハボックは寝室の扉を後ろ手に閉めると、そのまま扉に寄りかかって呟いた。毎年ロイの元には山ほどのチョコ
レートが届く。勿論仕事上の付き合いで贈られるものもないとは言わないが、その大半は本命チョコだ。郵送で
届くものも直接手渡されるものも、ロイは一つも断ることはなかった。にっこり笑って受け取るロイの姿に、相手
がどれほど期待するか、わかっているのだろうか。ロイにしてみればハボックという存在がある以上、例えどれ程
チョコを受け取ってもその気持ちまで受け取ったつもりはさらさらないのかもしれないが、そんなの勝手な言い分
だとハボックは思う。
「そりゃ、菓子作りの腕ならそんな負けた気はしないけどさ…」
でも、綺麗で柔らかくていい匂いのする女の子に貰うチョコと、自分のように馬鹿デカイ、可愛さの欠片もない男
から貰うチョコとでは比べ物にならない気がする。
「張り合う気になんてなりゃしないっての…」
とても敵う筈のない勝負をするほど自分という存在に自信が持てない。ハボックはずるずると座り込むと抱えた
膝の上に顔を伏せて深いため息をついた。

「大佐っ!これ、預かってきましたよ。」
郵送で贈られてきたのだというチョコの山が入ったダンボールを、執務室に運び込んでブレダが言った。
「相変わらずモテモテっすねぇ。」
ブレダの言葉にフュリーたちも頷く。
「ホント、羨ましいですよ。」
あ、このチョコ、高いんですよね、などとワイワイと物色するフュリーたちをロイはぼんやりと見つめていたが
不意に口を開くと言った。
「悪いが全部送り返してくれ。」
「…はあっ?」
ロイの言葉にブレダが素っ頓狂な声を上げる。
「え、いやだって、せっかく贈ってきたのに…」
「そうですよ、送り返せだなんて。」
だが、ロイは首を振ると繰り返した。
「送り返してくれないか、受け取るわけにはいかないんだ。」
真面目な顔をしてそういうロイにブレダたちも返す言葉を失う。
「毎年全部受け取ってたのに…」
それでも頑として受け取る気配のないロイに、ブレダは仕方なしにもう一度段ボール箱を抱え上げたのだった。

「チョコ、送り返すって…なんで?」
誰が送り返すのかで散々もめた末、結局段ボール箱いっぱいのチョコを押し付けられて帰ってきたブレダに
ハボックが聞いた。
「知るかよ、こっちが聞きてぇ。」
あんだけ送り返すのにどれだけかかんだよ、とぼやくブレダを見つめてハボックは考えた。
(なんで?この間オレがあんなこと言ったから?でも、毎年幾つ貰ったって自慢してたのに…)
ロイの真意がわからずハボックが首を傾げているとブレダが言った。
「明日は直接持ってくる子が沢山いるんだろうけど、それも受け取らない気かね?」
ハボックはブレダの言葉に目を瞬かせて唇を噛み締めた。

(作ったことは作ったんだよね…)
ハボックはキッチンの戸棚の奥にそっと隠してあった綺麗にラッピングしてあるソレを取り出すとため息をついた。
ロイに今年はチョコはない、と言ったものの、やはり毎年想いを込めて作っていたのを今年だけはやめることが
出来なくて、こっそり作ったものを戸棚の奥に隠しておいたのだ。ハボックは暫くその箱を見つめていたが、首を
振ると元あった場所に押し込む。そうして冷蔵庫の扉を開けると夕飯の支度を始めたのだった。

「マスタング大佐、これ…」
差し出されたソレをロイは首を振るとやんわりと断った。
「気持ちは嬉しいんだが…」
受け取れないと言えば相手が酷く落胆した表情を浮かべる。綺麗な女性にこんな顔をさせてしまうのならいっそ
受け取った方がいいのではないかという考えがロイの頭をよぎった。
(いや、やっぱりそういうわけにはイカンだろう。)
ロイは心を鬼にすると次々とやってくる相手を断り続けた。

「大佐、マジで一つも受け取ってないらしいぜ。」
司令室に入ってくるなりそういうブレダにハボックは目を丸くする。
「一つも?だって直接持って来てるんだろ?」
「そうなんだよ、嘘みたいだよな。」
ドサリと腰を下ろしてブレダが答えた。
「今年はどうしちゃったんでしょうね。」
フュリーが不思議そうに言えば、ブレダがハボックの顔をじっと見た。
「…なんだよ?」
見つめられて居心地悪そうにハボックが言えば、ブレダが口を開いた。
「まさかお前に操立てとか。」
「なんだよ、操立てって。」
「ああ、そうかもしれませんね。」
ファルマンまでが頷くのにハボックは眉を顰めた。
「操って、なに。大体それとチョコを受け取らないのと何の関係があるんだよ。」
「だってお前と大佐ってつきあってんじゃん。」
ズバッと言われてハボックの顔が紅くなる。そんなハボックを見ながらブレダは言葉を続けた。
「付き合ってるヤツがいるのにチョコを貰うのは悪いとおもったんじゃねぇの?」
「だって、去年までは全部受け取ってたじゃんっ」
むきになってそういうハボックにブレダが言った。
「お前、何か言ったんじゃないの?」
そう言われて口をパクパクさせるハボックにブレダはウンザリとしたため息をついた。
「いや、愛されてますねぇ。」
「んなわけないだろっ!」
「おかげで段ボール箱山ほどのチョコを送り返させられるって訳だ。」
「ブレダッ」
にやにやと笑うブレダに居た堪れなくなったハボックは、ガタンと席を立つと司令室を飛び出してしまうのだった。

(結局一個も受けとらなかったって…)
信じらんねぇ、と呟いてハボックは夕食を作る手を止めた。今年のバレンタイン、ロイは結局郵送で贈られたものも
手渡しできたものも唯の一つも受け取らなかった。まさかそんなことになるとは思いもしなかったハボックは
どうしたものかと唇を噛み締めて戸棚を見つめる。
(やっぱあげた方がいいのかな。でも今年はなし、って言っちゃったし…)
ハボックがどうしようとおろおろと考えていると、ロイがキッチンに入ってきた。
「ハボック、水を…」
「うわあっ」
水をくれと言おうとしたロイは素っ頓狂な声を上げて飛び上がるハボックに目を丸くする。
「…どうした?」
「えっ、いや別に、なんでもないっス。」
慌ててそう答えるハボックにロイは目を眇める。
「なんでもないってことはないだろう。」
ロイはそう言うとずいとハボックに近寄った。
「一体なんだ。はっきり言え。」
ロイに睨まれてハボックはうろうろと視線を彷徨わせる。
「ハボック。」
名前を呼ばれてハボックは観念したようにロイを見つめた。
「なんで今年はチョコ、一個も受け取らなかったんスか?」
上目遣いにそう聞くハボックにロイは驚いたように目を見開いたがなんでもないように答えた。
「お前が受け取るなと言ったんだろう。」
「オレは今年はチョコあげません、って言っただけで、チョコ受け取るななんて言ってません。」
「でも受け取って欲しくなかったんだろ。」
そう言われてハボックは絶句する。ロイはそんなハボックを見つめると言った。
「お前以外から貰うチョコなんて、私には意味がないからな。私が欲しいのはお前のチョコだけだ。」
さらりとそう言われてハボックの顔がみるみるうちに真っ赤になる。
「もっとも今年はもらえないらしいが。」
残念だが仕方ない、と笑ってキッチンから出て行こうとするロイをハボックは慌てて引き止めた。
「なんだ?」
「いや、その…」
ハボックはぶつぶつと呟くと戸棚の中からチョコの入った箱を取り出す。
「こ、これ…」
真っ赤になってそれを差し出すハボックをロイは驚いたように見つめていたが、やがてにっこりと微笑んだ。
「私に?」
「い、いらないならムリにとは…」
ロイの笑顔に心臓が飛び出しそうになりながらハボックが呟けば、ロイはハボックの腕ごとチョコを引き寄せる。
「嬉しいよ、ハボック。」
囁きと共に振ってくる口付けを、ハボックはドキドキしながら受け止めたのだった。


2007/2/1


冬ですね企画ssテーマ「バレンタイン」です。タイトルの「巧克力」は中国語でチョコレートのこと(の筈)。いや、タイトル思い浮かばなかったもんで(汗)
たまにはえっちなしで甘々のロイハボも良いかと。