| 万愚節2 |
| 「大佐、ひとつお願いがあるんスけど」 真剣な顔でそう言い出すハボックにロイは書類を書いていた手を止めて顔を上げる。その思いつめたような空色の瞳を問いかけるように見返せばハボックが言った。 「オレと別れて下さい」 そう言われてロイはパチリとひとつ瞬きする。それから机の上のカレンダーを見るとくすりと笑った。 「騙されないぞ、ハボック。去年私に騙されたからって、同じ嘘とは芸がないな」 ロイはそう言って背もたれに寄りかかると笑ってハボックを見上げる。だが、ハボックはひとつため息をつくと言った。 「オレはちゃんと言いましたから」 そう言うとハボックはロイの返事を待たずに執務室を出て行ってしまう。顔に笑みを貼り付けたまま閉じた扉を見つめていたロイはやがてポツリと言った。 「嘘だろう…?」 だがその問いに答えるべき人物は既に部屋にはおらず。ロイは慌てて立ち上がると執務室を飛び出したのだった。 きょろきょろと司令室を見渡すがハボックの姿はない。丁度電話を終えて受話器を置いたフュリーにロイは聞いた。 「おい、ハボックはどこだ?」 「えっ、あ、すみません。出て行かれたみたいですけど、僕、電話中だったのでどこに行かれたかはちょっと…」 フュリーの言葉にロイは一瞬迷って、だが司令室を飛び出す。廊下の左右を見て、根拠もなくただ闇雲に走り出した。 (どうして急にあんなこと…っ) 『オレと別れて下さい』 ハボックの言葉が頭に浮かんで、キュッと心臓が縮み上がる。ロイは唇を噛み締めると必死にハボックの姿を探した。休憩所を覗き売店を覗き司令部の中を駆け回るがハボックは見つからない。駆けていた脚が段々と速度を落とし、ロイはとぼとぼと司令部の廊下を歩いていった。 (どうして…) そう思ってロイは必死に理由を考える。 (そりゃ私はいつもハボックに我が儘ばかり言ってるが…) ハボックが笑って赦してくれるのをいい事に、ロイはいつも我が儘ばかり言っている自分の姿を振り返った。 (素直じゃないところもあるけど…) にっこり笑って好きだと告げてくるハボックのあまりにまっすぐな瞳に、ロイは素直に自分の気持ちを伝えられないのが常だ。ホントは自分もハボックが好きなのだがつい天邪鬼な気持ちがもたげてなかなかそうと告げられない。それどころかハボックのしょ気た顔が見たくてわざとつれなくして見せたりしているのだ。 (そういえばこの間はハボックがせっかくつくってくれたシチューをダメにしたっけ…) ハボックがせっせと朝から煮込んだシチュー。夕方出かけていたハボックに代わって仕上げてやろうなんて気を起こしたロイは、うっかりシチューを焦がしてしまった。帰ってきたハボックが肩を落として後始末をしているのを見てられなくて謝りもせずにロイは部屋にこもってしまったのだ。 (その前は確かハボックが干した洗濯物を…) 次から次へと浮かんでくる自分の所業にロイの足取りはどんどん重くなっていく。廊下の真ん中で立ち止まったきりロイはじっと自分の足元を見つめた。 (愛想をつかされたのかもしれない…) 思い返せばハボックの優しさに甘えるばかりで自分は何もしてこなかった。傍にいるのが当たり前で慣れきってしまっていたのだ。 「ハボック…」 ぽろりと涙と共に零れた名前に。 「なんスか?」 応える声が聞こえてロイは慌てて振り返った。 「ハボックっ?!」 「あれっ、大佐、何泣いて――って、たいさっ?!」 不思議そうに見つめてくる空色の瞳にロイはハボックにギュッとしがみ付く。ぎゅうぎゅうと腕に力を込めると言った。 「スキっ…好きだっ、ハボ…ッ、もう我が儘言わないからっ」 そう言ってしがみ付いてくるロイをハボックは目を丸くして見下ろしていたが、くすくすと笑い出す。驚いて見上げるロイの視線の先でハボックがニヤニヤと笑っていた。 「うわー、すげぇ儲けた気分っス。まさかここまで言ってもらえるとは」 「ハボ…?」 「オレの演技、真に迫ってたっスか?」 ポカンとして見上げていたロイの頭にハボックの言葉が意味をなして届いた途端、ロイの顔がみるみるうちに険しくなる。 「ハボっ、お前…っっ」 「去年騙されたお返しっス」 実に楽しそうに言うハボックを突き放すとロイはその脛を思い切り蹴りつけた。「いてぇっ!」と悲鳴を上げるハボックをおいてロイは怒りと羞恥で顔を真っ赤にしてズンズンと廊下を歩き去ったのだった。 「はい、大佐。ストロベリーロールケーキっス」 ハボックは生クリームとフルーツで綺麗に飾りつけたイチゴとラズベリーを巻き込んだロールケーキが載った皿をロイに差し出す。ロイは無言のままそれを受け取るとフォークで切り取り口に運んだ。 「…ザーネアイスは?」 「まだ固まってないっスよ」 「遅いっ!!」 「無茶言わんで下さい」 「お茶っ!!」 「はいはい」 ハボックはひとつため息をつくとキッチンへと戻っていく。ロイはクリームのたっぷりつまったケーキを口に入れるともぐもぐと食べた。結局あの後、ハボックの嘘にすっかり臍を曲げてしまったロイを宥める為に、ハボックはロイに言われるままロイの好物を作り続けていた。 「はい、紅茶」 少ししてハボックがキッチンから紅茶の入ったカップを持ってくるとロイに差し出す。そのよい香りに誘われるようにロイが紅茶に口をつけたのとハボックが言ったのが同時だった。 「熱いから気をつけて――」 「アチッ!」 熱い紅茶に舌を焼かれて悲鳴を上げるロイにハボックが肩を落とす。 「――って言おうと思ったんスけど」 「遅いっ!!」 口元を押さえて睨みつけてくるロイにハボックはひとつため息をつくとロイの手からカップを取り上げる。ソファーの背に手を置くようにしてロイの上に屈み込むとそっと口付けた。 「んっ…」 ロイの舌を何度も自分の舌で舐めると唇を離す。 「少しは痛いの治まりました?」 そう聞いてくる空色の瞳からロイはフイと視線をそらすとムスッとして黙り込んでしまった。ハボックはそんなロイの頬を撫でると言う。 「ねぇ、いい加減機嫌直してくださいよ」 そう言われてロイはチラリと横目でハボックを見ると言った。 「…まだ痛い」 言って瞳を閉じるロイに。 ハボックはくすりと笑うと深く口付けていったのだった。 2008/03/17 |
| 今年は「ハボから“別れよう”バージョンで」と言うお声を頂いて書いてみたのですが。ハボにそう言われた事もショックだけど、まんまと騙されて普段なら絶対に口にしないような事までいってしまったのがメチャクチャ悔しいロイですー。今年はどっちのカプもなんとなくバカップルで終わってる気が…。まあ、たまにはそんなのも(苦笑) |