| 第六話 |
| 『大佐っ、外の見ました?』 わふわふとハボックが金色の毛を揺すってリビングに飛び込んでくる。夏になって毛足の短い清涼感のあるものに変えられたラグの上に寝そべっている私の側に寄ってきて、ハボックは興奮気味に言った。 『風船葛、実がいっぱい生ってきたっスよ!』 『それがどうしたと言うんだ』 花が咲いたら実が生るのが当然だ。くだらないとばかりに欠伸をすると、私は足の上に顔を乗せて目を閉じた。 今年の夏、ヒューズは暑さ対策だといってリビングの窓の前に風船葛を植えた。ヒューズが毎朝水を撒くのにハボックは必ずついていって、風船葛がすくすくと育っていくのを見守っていた。小さな花が沢山ついた時にはそれは大喜びして庭を駆け回ったり、花弁に鼻を寄せて匂いを嗅いだり、またそれをいちいち私に報告に来たりと喧しかったのだ。 『えーっ、でも花はあんなに小さかったのに、実はどんどん大きくなってるんスよ!凄くないっスか?!』 『そりゃあ風船葛だからな』 私は以前風船葛の実を見たことがある。最終的にどんな実が生るのかよく知っていたが、ハボックは花も実も見るのは初めてのようだった。 『どんな実になるのかなぁ、あの調子だともっと大きくなりそうっスよね』 ハボックはワクワクと期待に空色の目を輝かせて言う。 『育ったら食ってみよう。食べ出がありそうっスよね』 『おい、風船葛は』 「ハボック!風船葛に水やるぞー」 『あ!はいっ、今行きますっ』 言いかけた私の言葉を遮るように扉から顔を覗かせたヒューズが言う。ワンと元気よく答えたハボックはいそいそとヒューズの後を追って出て行ってしまい、結局私は言いかけた言葉を伝えそびれてしまった。 『まあ、いいか』 風船葛は食べられないと教えたかったが、きっとそのうち気づくだろう。私はそう結論づけると、涼しい部屋の中のんびりと昼寝を楽しむことにした。 『大佐ぁ、風船葛、また昨日より大きくなったっスよ』 それからと言うもの、いつにも増してハボックは風船葛の様子を報告に来る。最近はだんだんと色づいてきた実もあるようで、ハボックの期待は風船葛よりも大きく膨らんできていた。 『どれくらいしたら食べ頃っスかね。きっと噛んだらジュワッとして旨いんだろうなぁ』 わふわふとハボックは楽しそうに言う。薄目を開けて見ていれば、ハボックは今日もまた水やりするヒューズにくっついて風船葛を眺めに出ていった。そうして。 『大佐ッ!もうそろそろ食べてもいいっスよね!ねぇ、大佐も一緒に食いましょうよ』 リビングに飛び込んできたハボックが言う。ラグの上に横たわる私の体に前足をかけるとユサユサと揺さぶった。 『ねぇ、大佐ってば』 『……もしかしてお前、まだ気づいてないのか?』 私はハボックの足を払いのけてそう尋ねる。茶色く色づいてきた風船葛、もういい加減食べられない事に気がついているだろうと思ってばかりいたが、どうやらそうではなさそうだった。 『風船葛は食えんぞ』 『またまたー、そんなこと言って!あんなに膨らんで美味しそうなのに食えない訳ないじゃないっスか』 ハボックはどうやら自分があんまり食べるのを楽しみにしているのを見て、私がからかっていると思ったらしい。じゃあ、先に行ってますから大佐も来てくださいね、と言うとハボックは庭に出て行ってしまった。 『────おい』 私は眉を顰めてムクリと立ち上がる。後を追って庭に出た私は、風船葛のカーテンの前、肩を落として座り込むハボックの姿を見つけた。 『おい、まさか食べたのか?』 そう声をかけてからハボックの足下に二つに破けた風船葛の実が落ちていることに気づく。破けた実の中身はスカスカの空っぽで、中には小さな黒い種が三つ入っているだけだった。 『ハボック』 『空っぽだなんて』 呼びかければしょんぼりとしてハボックが言う。 『こんなに大きな実なのに、噛んだらプシューって』 『だから食えんと言ったろう?』 『だってこんなに大きいのにッ』 大声で言って振り向いたハボックの空色の目には涙がいっぱい浮かんでいる。それ程までに楽しみにしていたとは思ってもみず、それだったらちゃんとどんな実がなるのか教えてやればよかったと、私の胸にどっと後悔が押し寄せた。 『毎日水やりしたのに』 水やりしていたのはヒューズだと思いはしたものの、ここは言わずにおく。 『どんなに旨いか、すっげぇ楽しみにしてたのに!』 ハアアアと大きなため息をついてハボックは地面にヘたり込む。思った以上に落ち込んでいるハボックを私はじっと見ていたが、ふと思いついて緑のカーテンに近づいた。沢山実った実の中でも大きいのを選ぶと、破かないように気をつけて実を噛み採った。その実を鼻先でつついてポンと上に跳ね上げるとハボックに向かって投げ上げる。高く上がった実は放物線を描いてハボックの頭の上にポンと落ちた。 『っ?』 頭の上で跳ねる感触に驚いたハボックが顔を上げて辺りを見回す。ころころと転がる実を見つめるハボックに、私はもう一つ実を放り投げた。 『っ!』 ポンと頭の上に実が落ちて、首を竦めたハボックが私を見る。空色の瞳が見つめてくるのを感じながら、今度はハボックには投げずに自分の鼻の上でポンポンと実を跳ね上げた。 『大佐』 それを見たハボックが嬉しそうにワフンと鼻を鳴らす。 『キャッチボールしましょう』 『お前、受け止められなかったじゃないか』 『見てなかったからっスよ!ねぇ、大佐、パスして、パス!』 『……落としたら押し潰しの刑な』 元気になってキラキラと輝く空色に、私は風船葛の実をポーンと大きく跳ね上げた。 2013/08/10 |
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