08. 首筋


「飽きた」
 ロイはそう言って手にしたペンを放り投げる。朝からずっとかかりきりだった書類の山は昼を挟んで午後になっても一向に片づかず、もういい加減うんざりしてロイは窓の外を見上げた。
「退屈だ」
 有能な副官が聞けば目を吊り上げそうなことを呟いて、ロイはため息をつく。誰かこの退屈を何とかしてくれないかとロイが思っていると、ドカドカと足音が響いて乱暴に扉が開いた。
「あーっ、もーっ、ほんっと暑いっスねぇ」
 おざなりなノックと共に執務室に入ってきたハボックは、そう喚きながらドサリとソファーに腰を下ろす。喉を仰け反らせるように顔を仰向けてソファーに体を預けると、片手をひらひらさせて細やかな風を喉元に送った。
「外回りか、ご苦労だったな」
 窓に向けていた視線を戻してロイはハボックに言う。ハボックはそれに答える代わりに目を閉じてハアとため息をついた。
 ロイの執務室は空調がきいていて心地よい空気が部屋を満たしている。大部屋も勿論同じように空調がきいてはいたが、大人数がいる大きな部屋より執務室の方がずっと快適に感じられた。
「ここ、気持ちいい……」
 ハボックはそう言って首筋を掠めて過ぎる冷気を堪能する。目を閉じていれば暑い中体を動かしてきた疲れが睡魔を連れてきて、ハボックはスウスウと寝息を立てていた。
「おい」
 ストンと落ちるように眠ってしまった部下を、ロイは眉間に皺を寄せて見つめる。両手をソファーに投げ出し喉を晒して眠りこける姿をロイはじっと見つめていたが、ニヤリと笑うと抽斗から折り畳み式のナイフを取り出した。パチンと開いて銀色に光る刃に舌を這わせる。足音を忍ばせてハボックに近づくと無防備に眠る男を見下ろした。
「丁度書類仕事に飽きたところだったんだ。遊ばせて貰うぞ」
 ハボックが聞いたらとんでもないと怒りそうな事を平気な顔で呟いて、ロイは大きく開いたハボックの足の間に膝をつく。手にしたナイフの刃をハボックの喉元に押し当てて、晒された首筋に舌を這わせた。
「ん……」
 首筋を這い回る濡れた感触に、ハボックがゆっくりと目を開ける。己の首筋に顔を埋めるロイの黒髪に気づいたハボックは、慌てて身を起こそうとしてチクリと首筋に走った痛みにそのまま凍り付いた。
「な……っ、なにしてるんスかッ、大佐ッ?!」
「ん?退屈凌ぎ」
「なに馬鹿なこと言って────」
「動くとザックリいくぞ」
 ロイはそう言ってナイフを押し当てる手に軽く力を込める。そうすれば微かな痛みが首筋に走って、ハボックは身を強張らせたまま視線だけでロイを見た。
「大佐っ」
「じっとしてろ」
「でもっ」
 幾らなんでも本気で自分を傷つけるつもりはないだろうと思うものの、場所が場所だけに本能的な恐怖を抑えきれない。ハボックが言われるまま身動きせずにいれば、ロイが首筋にきつく吸いついた。
「アッ」
 チクリとした痛みにハボックが短い声を上げる。続けざまに感じる痛みにハボックは眉を顰めた。
「痕つけちゃヤダっ」
 もともと軍服をきっちりと着込む方ではない上に、こう暑ければ必要がない限り上はTシャツ一枚だ。普段から見えるところに痕はつけるなと言ってるのにとハボックが訴えれば、ロイが答えた。
「煩い奴だな。じゃあこうしようか?」
 ロイは言って喉元に当てていたナイフを立てて、その切っ先で首筋をなぞる。そうすれば晒された白い肌に薄く傷がついて血が滲んだ。
「旨そうだ」
 目を細めて滲む血を見つめたロイはねっとりと舌を這わせる。首筋につけられた浅い傷を舐められればピリとした痛みと共にゾクゾクとした何かが背筋を駆け上がって、ハボックは顔を歪めてロイを呼んだ。
「たいさっ」
「おい、勃ってきてるぞ?」
 ロイはそう言ってハボックの脚の間についた膝でハボックの股間を押す。厚い軍服の布地を押し上げている楔を指摘されて、ハボックはカアアッと顔を赤らめた。
「ふふ、可愛いな、ハボック」
 ロイは低く笑うと首筋にナイフを滑らせキツく唇を押し当てる。白い首筋に幾つも紅い筋と花びらを散らされて、ハボックは重い軍靴で床を蹴った。
「大佐っ、お願い、も、やめて……ッ」
 ビクビクと震えながらハボックが泣きそうな声で訴える。そうすれば、ロイがハボックに圧し掛かるようにしてその瞳を覗き込んだ。
「朝からずっと書類仕事で退屈で堪らなかったんだよ。…………退屈凌ぎ、付き合ってくれるだろう?ハボック」
「────イエッサ……」
 返る答えにロイはニンマリと笑って、見開いた瞳に涙を滲ませるハボックに深く口づけ、喉元にあてていたナイフでTシャツをピーッと切り裂く。そうして。
「隊長、このクソ暑いのによくそんなハイネック着ていられますね」
「えっ?!いや、そのっ」
 もごもごと口ごもって顔を赤らめるハボックに、またもいらぬ妄想を掻き立てられる部下たちだった。


2012/07/10