07. 顎のライン


「うーん」
 朝起きて、洗面所で髭をあたっていたロイは、鏡を覗き込んで唸る。顎のラインを何度も指先で撫でて、眉間に寄せた皺を更に深めた。
「…………」
 なんとなく丸くなった気がする。ここ一週間の生活を振り返ってあまりに多い心当たりにロイが益々眉間の縦皺をくっきりとさせた時、背後から声が聞こえた。
「大佐、なんか太っ────」
 その瞬間ロイがバッと振り向いて、ハボックは言いかけた言葉を飲み込む。睨むように見つめられて、目をまん丸に見開いたままハボックがゴクリと唾を飲み込めば、ロイが目を細めて言った。
「私がなんだって?」
「いや、別になにも言ってな────」
「正直に言え。でなければ燃やす」
 いつの間につけたのか発火布を填めた手をあげるロイに、ハボックは目を逸らし小さな声でぼそぼそと言う。
「ふ、太ったかなぁって」
「むっ」
 言われてロイが両手で顎を押さえるのを見て、ハボックが言った。
「大佐、体重の増減が顎に出るんスよ。体より先に」
「一番嫌なパターンじゃないか」
 多少腹周りに肉がついたと思ったら、気づかれる前に努力すればいい。だが顎のラインでは自分が気づいた時が周りも気づく時だ。
「くそう、忌々しい体質だッ」
 ギューッと両手で顎を締め付けるロイにハボックがクスリと笑う。その途端ギロリと睨まれて慌てて目逸らすハボックに、ロイはゆっくりと近づいた。
「やはりここは恋人のお前に協力して貰って一気にダイエットを────」
「ヤダ」
 ニヤリと笑っていいかけた言葉を遮られてロイは目を丸くする。そうすればうっすらと赤く染まった眦を吊り上げてハボックが言った。
「おかげでこの間は散々だったんスからねッ!みんなに恥ずかしい声は聞かれるわ、中尉に銃で撃たれるわ、あんなのもうゴメンです。ダイエットしたいなら朝早く起きて走りゃいいじゃないっスか」
 至極もっともな意見を口にするハボックが言うところの“この間”とは、やはり太ったとハボックに指摘されたロイが『セックスダイエット』と称して執務室で強引にコトに及んだ事だ。業務時間中、扉一枚隔てた向こうでは仲間たちが仕事に励む場所でのセックスを思い出せば、ハボックは今でも羞恥のあまり死ねる気がするほどで、なにがあろうと二度とゴメンだった。
「そうか、それは残念だ」
 目元を染めた瞳で睨んでくるハボックにロイは残念そうに肩を竦めて顎を撫でる。
「お前や中尉がサボらず会食に出ろというから真面目に業務に励んだ結果がこれなのに、冷たいな、お前は」
「ッ、そ、そんなこと言ったって」
 ちょっぴり痛いところを突かれてハボックは口ごもる。だが、やはりダイエットの方法としてあのやり方はいただけないと自分の正当性を主張すればロイが言った。
「判った、もう無理は言わん」
「大佐」
 ロイの答えに判ってくれたかとホッとしたハボックは続く言葉を聞いて飛び上がった。
「お前が協力してくれんと言うならエルミナ嬢にお願いするとしよう」
「えっ?!」
「ああ、いや、アルティナの方がいいかな。彼女なら喜んで私のダイエットに協力してくれそうだ」
「ちょっと、大佐ッ?!」
「それともローゼリンデにするか。彼女は情熱的な女性だからベッドでもきっと────」
「やだッッ!!」
 次々と女性の名をあげるロイにハボックが飛びつく。ロイの腕をギュッと掴んでハボックは怒鳴った。
「女の子達にそんなこと頼まなくていいっス!!オレがちゃんと大佐がダイエット出来るよう相手するからッ!!」
「そうか?それは助かる」
 その途端ニィッと笑うロイにハボックはハッとする。しまったと思ったハボックが今のは無しと言う前に、ロイはハボックの手首を掴むと部屋の外へと歩きだした。
「お前が協力してくれるなら私も好き好んで恋人でもない女性とセックスする必要もないからな。どこでする?せっかくだから高カロリーが消費出来るシチュエーションがいいな。執務室はこの間シたから今度は小隊の詰め所辺りにするか?」
「大佐っ、大……ッ、ちょっ……待って!!待っ……、ワーーーッッ!!嫌だーーーッッ!!」
 必死に足を突っ張って抵抗するハボックをロイは車に押し込むと司令部に向かう。そして数時間後。
「うん、すっきりした。やはり、こうでなくては」
 鏡を前に満足げに笑うロイの姿があったとさ。


2012/07/09