02. 額


 リビングのソファーにどっかりと腰を下ろし、両腕をソファーの背に預けるようにもたれかかって、ハボックは咥えた煙草を燻らせる。向かいの椅子にはロイがやはり寛いだ格好で腰掛け、ソファーに脚を投げ出したその膝の上に広げた本をゆっくりと捲っていた。
 ハボックはロイのその整った横顔をじっと見つめる。本を読むのに顔を俯き加減にしているせいで顔にかかる前髪を、ロイは時折煩そうにかき上げていた。その前髪に隠されている額がハボックは実のところとても好きだった。普段は童顔を気にしたロイが髪を下ろしているのでじっくり見ることは出来ないが、情事の最中に前髪をかき上げ汗に濡れたその額に口付けるのが密かな楽しみだったりする。明晰な頭脳を持つロイらしく、その額は標準より僅かに広く生え際は山の形にも似てとても美しかった。
(前髪、あげりゃいいのに)
 ハボックは細めた瞳でロイを見つめながらそう思う。漆黒の髪に縁取られた白い額が、勿体無くも隠されている事がどうにも我慢できなかった。
 それでも暫くの間じっと見つめたままでいたが、ハボックはだらけた仕草でソファーに預けていた腕を下ろすと咥えていた煙草を灰皿に押し付ける。それから勢いよく立ち上がりリビングの入り口まで大股で行った後、振り向いて見たロイは相変わらず本に没頭してその額を前髪に隠していた。
 リビングを出たハボックは洗面所に行き、自分が普段髪をセットしているのに使っているスタイリング剤のボトルを手に取る。フフンと唇に笑みを浮かべるとリビングにとって返し、本を読んでいるロイの前に立った。
 読んでいる本の上に影が差してロイは僅かに眉を寄せると本から顔を上げる。そこで初めてハボックが傍に立っている事に気付いて首を傾げた。
「ハボック?」
 座っている所為で長身のハボックは益々背が高く見える。一体なんなんだろうと無表情に自分を見下ろすハボックの空色の瞳に、ロイが落ち着かなげにもぞりと動いた時。
「大佐。オレがセットしてあげますね」
 そう言ってハボックが満面の笑みを浮かべる。
「は?セット?」
 突然の申し出にキョトンとするロイの前で、ハボックは持っていたスタイリング剤を手に取ると、ロイの前髪をかき上げ撫でつけ始めた。
「えっ?おいっ!何するんだっ、ハボック、やめろッ!!」
 いきなり額を曝け出されて、ロイはジタバタと暴れる。だが、ハボックはそんな抵抗などものともせずにロイの前髪を綺麗に後ろに撫で付けて、満足そうなため息を漏らした。
「できた」
 突然の事に驚いてまん丸に見開いた黒い瞳の上には、綺麗に撫で付けられた髪に縁取られた白い額が現れている。満足げにその額を見つめるハボックに対して、ロイは酷く不満そうな顔をすると上げられた髪を下ろそうと手を上げた。
「おおっと、ストーップ!!」
 せっかく撫で上げた髪を乱そうとする不埒な手をハボックは慌てて押さえる。そうすればロイがキッとハボックを睨みあげた。
「何をするんだ、お前はっ!髪っ、下ろさせろっ!!」
「嫌っスよ、勿体無い」
「何が勿体無いだ、そんなの勝手にやったお前が悪いんだろうっ!」
「そうじゃなくて、せっかく綺麗なオデコなのに隠してるのが勿体無いなぁって」
「は?」
 笑みを浮かべてそう言うハボックをロイはポカンとして見つめる。それから眉を顰めて言った。
「綺麗って、額に綺麗もなにもないだろう?」
「ありますよ、大佐のオデコ、綺麗でオレ、すっげぇ好きっス」
「生憎私は好きじゃないんだ」
 残念だったな、と言って髪を元に戻そうとするロイにハボックが言う。
「ねぇ、大佐。今日だけでいいっスからそのままでいてくれませんか?今日は休みで何処にも出かけないでしょう。だから今日だけオレに大好きなアンタのオデコ、見させてください」
 ね?と微笑む空色の瞳にロイの頬に朱が差した。
勝手にしろ」
 恥ずかしそうに目を背けて言うロイの額に。
「ありがとうございます、大佐」
 恭しく口付けてハボックが言った。



09/02/06