| キス |
| ハボックの唇は忙しい。 今日はハボックと初めて二人きりで出かける日、所謂初デートだ。勿論今までだってハボックと二人で出かけたことがないわけではない。だがそれは仕事であったり、飲み会の帰りに偶然見つけた店に入ったりしただけであって、こうしてプライベートな時間を約束して二人で過ごすなど初めてのことで、ついこの間までは考えてもみなかった。 (よく喋るな) 初めて二人きりで出かける緊張からか、ハボックは待ち合わせの駅前広場で会ってからこっち、ずっと喋りっぱなしだ。小さな、だが趣味のよい喫茶店の奥まった一角に座ってからは益々勢いが増したように思える。いつもの三倍くらいの速度で喋り、いつもの三倍の勢いで煙草を吸う。ひっきりなしに喋りながら煙を吐き出すハボックを見れば、連想されるものをロイは思わず口にした。 「汽車みたいだ」 「……え?」 突然そんなことを言われてハボックは目を丸くする。今まで自分が話した事のどこに汽車が出てきたろうと首を傾げながら尋ねた。 「汽車って……なんスか?それ」 「汽車を知らんのか?」 「や、汽車くらい知ってるっスけど」 別に汽車そのものの意味を聞いたわけではない。もしかして今まで自分が喋ってたことはロイには全く興味がなく退屈させていたのかと、ハボックは情けなく眉を下げた。 「あの……すんません、面白い話出来なくて」 「え?」 「いや、だって……」 いきなり関係のない汽車の話などし始めたのだ、きっと自分の話が面白くなかったからだろうと項垂れるハボックにロイはクスリと笑った。 「お前、さっきからスゴい勢いで喋って煙草吸ってる」 「え?そうっスか?」 「モクモク煙吐いて、汽車みたいだ」 そう言ってロイはクスクスと笑う。 「忙しい唇だな」 言われてハボックは顔を赤らめた。それと同時に自分よりずっとロイの方に余裕があるのが何となく悔しく感じる。ハボックはテーブルを挟んで座るロイをじっと見つめて言った。 「そんなこというなら大佐の唇も忙しくしてあげましょうか?」 「私の?」 そんなことを言い出すハボックにロイは目を見開く。お喋りはともかく煙草は吸わないぞと不思議そうな顔をするロイに、ハボックは立ち上がるとテーブルを回りロイの隣に腰掛けた。 「ハボック?」 一体何をする気だろうと、ロイはハボックを見上げる。まるで無防備なロイの顎を掬うと、ハボックは顔を寄せた。 「え?」 目の前に広がる空色にロイは目を見開く。抵抗する間もなく押し当てられる唇に、ロイは見開いた目をさらに大きく開いた。 「ッ?!」 思いもしない行為にロイは頭がついて行かず目を見開いたまま凍りつく。ハボックの舌先がそっと唇をなぞって、漸く自分がキスされているのだと気がついた。 「んッ、んんッッ!」 気がついた途端火が吹き出したようにカッと顔が赤くなる。慌ててハボックを突き放そうと厚い胸板を押したものの、ハボックの体はビクともしなかった。それどころか、ハボックは逞しい腕でロイの体を抱き込むと更に強く唇を押し当ててきた。 「ッッ!!!」 ロイは何とか手を伸ばすとハボックの耳を思いっ切り引っ張る。一切容赦のないそれに、さすがにハボックが短い悲鳴を上げて唇を離せば、ロイは両手の掌をハボックの顔面に思い切り打ちつけた。 「馬鹿ッッ!!!」 「いってぇ…ッ、…と、大佐っ?」 顔面いっぱいを強打されてテーブルに突っ伏すハボックに構わず、ガタンと椅子を蹴たててロイは喫茶店を飛び出して行ってしまう。慌てて追いかけようとしたハボックは店員に袖を引かれて札を数枚投げつけると店から飛び出した。 「大佐ッ?」 キョロキョロと見回したハボックの視界の片隅に角を曲がるロイの背中が映る。 「大佐ッ!」 次の瞬間には見えなくなった姿目指してハボックは人波を押し分けて走った。 「大佐、待って!」 背後からハボックが呼ぶ声が聞こえたもののロイは振り向きもせずに走る。ハアハアと息を弾ませて走りながら、視界がぼやけるのに気づいてロイは乱暴に手の甲で目を拭った。 ロイとていい年をした大人なのだからキスの経験くらいあるし、ハボックは好きな相手だ。決してキス自体が嫌だったわけではない。だが、初めてのデートで人が集まる場所で不意打ちのようにキスされたというのが、ロイは腹が立って仕方なかった。 「馬鹿ハボっ!」 ロイは口の中で口汚く罵って走っていく。繁華街を通り抜けても走る足を止めずにいれば、辺りは静かな住宅街へと変わっていった。その頃になってロイは漸く速度を緩める。カッカッと響くロイの靴音に被さるように荒々しく走る足音がしたかと思うと、グイと腕を引かれてロイはキッと背後を振り向いた。 「大佐っ」 「離せッ」 ロイは言って思い切り腕を振ってハボックの手を振り解く。プイと前を向いて歩きだそうとすれば再び腕を掴まれて、ロイはハボックを思い切り睨んだ。 「触るなッ、馬鹿ッ」 「大佐、ちょっと待っ」 「煩いッッ!!」 言いかけるハボックに耳を貸さず、ロイはハボックの足を思い切りガンッと踏みつけた。 「〜〜〜ッッ!!」 痛みのあまり声も出ずに蹲るハボックに背を向けてロイはその場を走り出す。今度はそのまま一気に走って家まで辿りつくと中に飛び込み鍵をかけた扉に背を預けた。 「はあ……」 背を預けたままロイはため息をつく。そのままずるずると座り込んでギュッと抱え込んだ膝に顔を埋めた。 今日のデートをロイはとっても楽しみにしていた。いつの間にか惹かれあい、紆余曲折あった末に漸くこぎ着けた初デートなのだ。きっととても楽しいものになるに違いないと思っていたのに、それなのに。 「ハボの馬鹿……」 ロイは呟いて唇を指でそっと撫でる。ハボックとの初めてのキスがあんな形で終わってしまったことが、ロイは悲しくて仕方なかった。 「馬鹿…ッ」 そう呟いてロイが膝に顔を埋めた時。 ドンドンッと扉を叩く音にロイは飛び上がる。よりかかっていた扉を見上げれば、鳴り響く音に続いてハボックの声が聞こえた。 「大佐っ、帰ってるんでしょ?開けてください!」 ハボックは言ってドンドンと扉を叩く。だが、ロイはそれには答えず蹲ったまま両手で耳を塞いだ。 「大佐っ?お願いっスからここ開けてください!」 答えがないのにも構わずハボックは扉を叩いて言い募る。 「あんなところでキスしてすんませんでした!でも、大佐ばっかりすげぇ余裕で、オレのこと汽車とか言うしっ、なんか悔しくて、大佐にもオレと同じにドキドキして欲しくてキスしたらそうなるかなぁって!だからついあんなところでキスしちゃってッ!」 「ッッ!!」 よく通る声でキス、キスと喚きたてる声にロイは俯けていた顔をバッと上げる。慌てて見上げた扉の向こうでハボックが更に声を張り上げた。 「ねぇ、大佐!あんなとこでキスしたの、怒ってるなら謝ります!でも、オレ、決して半端な気持ちでキスしたんじゃ───」 ハボックがそこまで言った時、バンッともの凄い音と共に扉が開く。真っ赤な顔で睨みつけてくるロイに、扉を開けてくれたとホッとして口を開く前にハボックはもの凄い勢いで家の中に引っ張り込まれた。 「うわっ?!」 たたらを踏むように体を泳がせてハボックが中に入るとロイは開けた時と同じ勢いで扉を閉めて鍵をかける。振り向いてヘラリと笑うハボックに向かってロイは怒鳴った。 「あんなところでキスキス喚く奴がいるかっ!この馬鹿ハボっ!!」 あんな大声で喚かれたのでは近所に筒抜けになってしまう。明日からどんな顔で外を歩けばいいのかと、ロイは頭からカッカッと湯気を出して怒鳴るとクルリと背を向け家の奥へと逃げるように入っていった。 「あっ、待って、大佐!」 怒鳴られて首を竦めたものの、ハボックは家の中に入れてもらえたことに安堵してロイの後を追う。ロイがリビングのソファーにドサリと腰を下ろすのを見て、ハボックはゆっくりと近づくとロイの側に跪いた。 「大佐」 プイとそっぽを向いたままのロイを呼んでその手を握る。ピクリと震えるロイを見上げて握る手に力を込めた。 「ごめんなさい、大佐。オレ、いっつも考えなしで……。でもっ、大佐が好きだからっ、だから、オレっ」 そう言って握り締めてくる手に、ロイはちらりとハボックを見る。真摯な光をたたえる空色にロイはフゥとため息をついた。 「大佐……?」 呆れられてしまったのかとハボックは恐る恐るロイを呼ぶ。体ごとハボックに向き直り、見上げてくる瞳を見つめ返して言った。 「お前との最初のキスがあんなじゃ嫌だ」 「大佐」 「やり直せ、さっきのはなかったことにしてやる」 「大佐…っ」 頬を染めて言うロイにハボックの顔がパッと明るくなる。ハボックはロイの手を握ったままその隣に腰を下ろすとロイをじっと見つめた。 「大佐……好きっス」 「……それはさっき聞いた」 そんな風に言い返されてハボックは眉を下げる。それでも気を取り直してロイに尋ねた。 「キスしていいっスか?」 「そういうのはいちいち聞くんじゃないッ」 聞かれて“どうぞ”と答えられる訳もない。思わず真っ赤になればつられたように赤くなったハボックがゴクリとのどを鳴らした。 「大佐……」 囁くように名を呼んで近づいてくるハボックに反射的にギュッと目を閉じる。そっと唇が触れてピクンと震えれば、チュッチュッと啄むように軽いキスが繰り返された。 「好きっス、たいさ……」 キスと共に甘く囁く声が降ってくる。啄むだけのキスがやがて深いものに代わり、二人は互いの体に腕を回して抱き締めあうと相手の口内を舌で舐め回した。ピチャピチャとイヤラシい音を立てて互いの唇を貪る。ポスンと背中に当たる柔らかい感触に目を開けたロイは、自分がソファーに押し倒されていることに気づいた。 「ハボック…っ」 「もっと……大佐の全部にキスしたいっス……」 ハボックはそう言ってロイの項に唇を押し当てる。チュッときつく吸い上げれば白い肌に紅く花びらが散った。 「ハボ…ッ」 ビクッと体を震わせてロイがハボックを見上げる。濡れた黒曜石の輝きにハボックはゾクリと震えて、ボタンを外すのももどかしくロイのシャツに手をかけた。 「たいさ…ッ」 左右に引けばビッとボタンが弾けて飛ぶ。現れた白い肌に、ハボックは躊躇わずキスを降らせていった。 「アッ、や、ンッ!」 降ってくる熱い唇にロイは思わず身を捩る。ハボックはロイの体をソファーに押さえつけ、甘い肌にキスを落とした。 「ハボ…あんっ」 チュッと胸の頂にキスされて、ロイは背を仰け反らせる。チュッチュッとキスを繰り返せば、ロイは真っ赤になってハボックを押し返した。 「ハボック!」 責めるように睨んではくるものの、甘く濡れた瞳には迫力がない。ハボックはうっとりとロイに笑いかけると覆い被さるようにロイを抱き締めて、その耳元に囁いた。 「いっぱいキスさせて?たいさ……」 「ハボックっ」 「大佐の事が好きなんス」 「ッッ」 吹き込まれる低い声にロイの背筋がゾクゾクと震える。熱のこもった瞳で見下ろされればそれ以上拒むことは出来なかった。それでも恥ずかしさにギュッと目を閉じるロイに軽く口づけて、ハボックはロイのボトムに手をかける。下着ごと引きずりおろせばロイの体が明らかに強張った。 「好き……たいさ…」 ハボックは囁きながらロイの白い脚にキスを降らせる。透き通るほど白い内腿に強く唇を押しつけられ、痛みと快感にロイは短い悲鳴を上げて身を仰け反らせた。 「アッ、ひぅッ!」 幾つもいくつも花びらを散らせるとハボックは桜色に染まる細い脚を押し開く。そうして奥まった蕾にもキスを落とした。 「ヒャアッ?!」 思いもしないところに唇を押しつけられてロイの体が跳ね上がる。視線を落とせば己の股間に顔を埋めるハボックが見えて、ロイは半ばパニックになってハボックの頭を殴った。 「ぐえっ!」 思い切り後頭部を殴られて、ハボックはソファーに顔面をぶつける。その隙にロイは飛び起きるとソファーの隅に逃げた。 「酷いっスー、大佐ぁ」 ソファーにぶつけて鼻を紅くしたハボックが殴られた後頭部をさすりながら恨めしげに言う。ロイはシャツの裾を引っ張って下肢を隠して怒鳴った。 「ヘンなとこにキスするからだッ!!」 「大佐の全部にキスしたいって言ったじゃないっスか」 「だっ、だからって…ッ」 「他にもまだまだキスしたいとこいっぱいあるんスけど……大佐は本当に嫌っスか?」 言って見つめてくる欲に濡れた空色にロイは目を見開いてハボックを見つめ返す。ハボックの本気を感じてロイは目を逸らして言った。 「いっ、いきなりは無理…ッ、心の準備が…っ!」 「心の準備が出来たらいいんスか?」 「えっ?」 「そういうことっしょ?」 そう言われてしまえば返す言葉がない。 「んじゃ、次回までに心の準備しておいてくださいね」 ハボックはそう言って笑うと凍り付いているロイの唇にチュッとキスをおとしたのだった。 |
| お題「12.キス」です。………なんかハボックがおバカ?その上キスだけじゃちっともエロくならないしorz これはやはり次の「13.最後まで」に続けるべき?となんとなく続きっぽくしてみたけど、どうしようかなぁ。うーん、なかなか濃いエロスに辿りつけないハボロイエロです……。 |